どうも、モブです。「ねーねー、どっか遊びに行こうよ」って女の子をナンパして彼氏とかに撃退されるのが俺のお仕事です。なのに今回ナンパした子がめちゃくちゃ乗り気なんです。

やまだのぼる

第1話 モブというお仕事

「ねえねえ、一人なのー? 俺らと遊びに行こうよ」

 軽薄な笑顔とともに、目の前の女の子にそう声を掛ける。

 いやいや、一人なわけないでしょ。

 こんな可愛い女の子が、ばっちりおめかしして待ち合わせのメッカみたいな駅前の広場に一人でいるわけない。

 絶対、誰かと待ち合わせてる。

 そんなことは俺も、俺の相棒のA太も重々承知の上だ。

「いえ、結構です」

 案の定、女の子は硬い表情で首を振ると、俺たちから顔を逸らす。

 ほら、やっぱり。

 だけどこっちもそんなことじゃ引き下がらない。

 俺たちがそんな引き際を心得た奥ゆかしい男だったならば、物語は始まらないのだ。

「いやいや、そんなこと言わないでさー」

 俺は彼女が顔を背けた方に回り込んで、にちゃっとした笑顔を作る。

「俺、いい店知ってんだよねー。そこ、景色きれいなんだよ」

「困ります」

 女の子がうつむく。

「困った顔も可愛いなー」

 A太がへらへら笑う。

「ねえ、芸能人に似てるって言われたことあるでしょ」

「あ、それ俺も思ったわ」

 俺は女の子の頭越しにA太とハイタッチする。

「誰だっけ、ほら今ドラマに出てるあの女優」

 それが誰かなんて、言ってる俺にも分からない。

 そもそも俺はドラマなんて見ない。言ってることは全部適当だ。

「絶対楽しいからさー」

 女の子の肩に馴れ馴れしく手を掛ける。

「え、あの、ちょ」

 女の子が泣きそうな顔をする。

 おーい、そろそろ来ないとまずいぞー。

「ほらほら、悩んでる時間がもったいないって」

 A太が女の子の手を取ると、さすがに女の子から悲鳴のような声が漏れた。

「やめてくださっ……」

「ごめん、待たせたな」

 俺たちの背後から急に男の声。

「あ?」

 振り返ると、しゅっとした体型のイケメンが立っていた。

 ぼんやりした適当なヤカラ風スタイルの俺たちと違い、上から下まで完璧に決まっている。背も、俺たちより頭一つ分くらいは高い。

「お……」

 切れ長の鋭い眼光に見下ろされ、俺はちょっとたじろいだ。

 前回のヒーローは純情不器用くんだったから、ちょっと油断してたぜ。今回のはワイルド系じゃん。

「お前ら、俺の彼女に何か用か」

 低い声で凄まれて、俺は慌てて首を振る。

「あっ、いえ別に」

「ちょっと道を尋ねてただけで」

 A太も言う。

「なっ」

「そうそう。それじゃ僕ら、急ぐんで」

 俺たちはへらへらと愛想笑いを浮かべて、足早にその場を後にする。

「えっと……あの」

 背後で女の子が戸惑った声を上げている。

「あんた、困ってたんだろ?」

 そっけない男の口ぶり。

「彼女なんて言って悪かったな」

「あ、いえ、そんな。……ありがとうございました」

 なるほど、今回はナンパ野郎に絡まれてた女の子を、彼氏の振りして助ける不愛想な男っていうパターンか。

 まあ、後はうまくやってくれ。

 この物語における俺たちの役割はここまで。もう二度とこの物語に登場することはない。

 名もなきモブ。

 それが俺たちナンパ野郎の立場だ。



「B介、次の仕事来たぜ」

 路地の縁石に座ってコーラを飲んでいたA太がスマホの画面を見せた。

「はいはい、次は午後2時から駅前広場で三件ね」

 俺は地面に飲みかけの缶コーヒーを置いて伸びをする。

「次はどんなかわいい子たちかなっと」

 A太、B介。

 これは別に俺たちの名前じゃない。呼び名がないとお互いに不便だからそう呼び合ってるってだけの話だ。

 俺たちモブには、名前なんてないのだ。

 勤めているモブ派遣会社を通して何人もの作者と契約して彼らの物語に出演しているが、今までにどの作者からも名前を付けてもらったことはない。

 この仕事を始めたばかりの頃は、「色んな作者から物語によって色んな名前を付けられちゃうから、混乱しないようにね」なんて会社の人に言われて、その気になって名前用のメモ帳なんか買ったものだが。

 あのメモ帳、とうとう一文字も書かないままどこかに行ってしまった。

 そう、俺たちは最底辺のモブ。

 最底辺も何も、モブはモブだろうって?

 皆さんご存じかどうかは知らないが、モブにもランクってものがある。

 主人公の同級生とか同僚とかだったら、モブとはいえ作者の気まぐれで名前がつくこともあるし、そうでなくても継続で同じ物語に呼んでもらえることが多い。

 だが俺たちナンパ野郎は、常に名無しの単発仕事だ。

 顔も良くないし頭も悪い。まともに学校も行ってないし、会社勤めもしたことのない俺には、同級生役も同僚役もできない。元々、できるモブは二つしかなかった。

 異世界系の盗賊か、現実世界系のナンパ野郎。

 最初に会社の人から、どっちがいいかと言われて俺はナンパ野郎を選んだ。

 盗賊の方が給料は少しだけいい。大体の現場で落命手当がつくからだ。

 序盤も序盤、第一話とかでお姫様か誰かが乗った馬車を襲撃する盗賊役は、颯爽と現れたヒーローにあっという間に惨殺されるパターンがほとんどだ。

 作中とはいえ殺されるのがとにかくきついので、軟弱者の俺はナンパ野郎にした。

 プライベートではナンパなんてしたことないが、まあ仕事と割り切ればできないこともないだろう。

 それにナンパ野郎なら、たまにバイオレンス系の作風だとヒーローとケンカになったりすることもあるにはあるが、落命手当が出るところまでいくことはまずない。

 そこまでやると、現実世界系ではやりすぎで読者が引いてしまうからだ。

 異世界系だと、盗賊を助命するとかえって読者からクレームが出ることもあるそうだから、難しいものだ。

 盗賊にしろナンパ野郎にしろ、共通しているのは、出番は一度きりでもう二度とお呼びがかからないこと。

 だから毎回毎回、新しい現場。

 これが最底辺たる所以なのだが、やっぱりこの仕事は継続が取れないときつい。

 盗賊モブの中には、冒頭の戦闘で主人公に見逃されて、その後主人公のピンチに恩返しに現れて命を落とすというそれはもうおいしい役をもらった、伝説のゾークさんという人もいるのだが、ナンパ野郎の方には残念ながらそういう有名人はいない。

 ゾークさんはほかの作品にもたくさんモブとして出演しているのだが、モブの仲間内では今でも敬意を込めてその作品での役名で呼ばれている。

 盗賊だからゾーク。

 作者がモブの名前にかける手間なんてその程度のものだが、それでも一度でいいから名前なんて付けてもらいたいものだ。

「あーあ。俺もやっぱり盗賊にしとけばよかったかなー」

 俺が言うと、A太は肩をすくめた。

「やめとけやめとけ。俺の知り合いなんか、こないだの仕事で主人公の出した炎に一瞬で焼き尽くされて、元に戻るのに一週間かかったって言ってたぜ」

「うへえ、一週間収入なし? きっつ」

「主人公も考えてほしいよな、こっちにも生活があるんだからさあ」

「なー。かっこよく剣とかで斬り捨ててくれりゃ十分じゃん」

「それだと派手さが足りないんだってさ」

「炎だと効果音がでかいもんなー」

 いやー、いくら手当がついても俺には無理だ。

 こんな仕事のせいで、保険にも入れない。

「やっぱナンパ野郎にして正解かー」

「こっちはせいぜい殴られるくらいですむからな」

 A太はごてごてとしたバッタものの腕時計を見た。

「よし、そろそろ行こうぜ」

「了解」

 俺は缶コーヒーを飲み干してゴミ箱に放り込むと立ち上がった。



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