『開かれる扉』(4)

今日は始業式のみなので、下校して自室に着いたのはお昼頃。

亜矢はキッチンで昼食を作りながら、一人呟く。


「ああ……、これからどうなっちゃうのかしら…」


テーブルでは、コランとグリアが席についてご飯を待っている。

亜矢が3人分のオムライスが乗った皿をお盆の上にのせて、やってきた。

目の前のグリアに、冷たい視線を送る。


「それに、なんであんたがここに居るのよ」

「ああ?昼メシぐらい食わせろ」


いつも毎日のように夕飯をたかりにやって来るのに、今日は昼食もか!

理由すらないグリアの自分勝手さに亜矢はムっとしたが何も言わず、グリアの目の前にお皿を置く。

ちょっと形の崩れたオムライスだった。


「あんたには、失敗したやつね」

「オイ、ふざけんな」


亜矢は構わず、次にコランの目の前にお皿を置く。


「ハイ、コランくん」

「わーい!」


コランには笑顔を向ける亜矢。まあ、こんな風景もすでにいつもの事。


「なあ、兄ちゃんがガッコウに来てるのか?」


コランが亜矢を見上げる。


「そうよ、しかも担任!魔王って忙しいんじゃないの?大丈夫なのかしら」


大丈夫じゃないのは自分の学校生活と、自分の身…とは口に出さない。


「う〜ん、そういえば最近、よく兄ちゃんが魔界からいなくなるってディアが言ってたぜ」


ディアとは、魔王とコランに仕える魔獣の事だ。

とは言っても普段は亜矢よりも少し年上の人間の姿をした青年で、性格もクールで大人しい。本来の姿は巨大な魔獣であるらしい。

コランはスプーンをテーブルに置くと、ポンッ☆という音と共に『黒い本』を手の中に出現させた。

真っ黒な表紙に、目のような紋章が書かれたその本は、魔界と人間界を繋げる扉。

コランはペラペラとページをめくると、ある1ページを開いて亜矢に見せた。


「ホラ、ここに書いてある!兄ちゃんがいないから、仕事がいっぱいで大変なんだって!」


この『黒い本』に書いた文字は、魔界にある相手の『黒い本』にも書かれるのだ。

メールのような通信手段の役割をしているのだ。

魔界の文字は亜矢には読めないが、ディアの苦労は目に浮かぶ。


「コランくん、今度『ご苦労様』って書いてあげて……」

「……うん?」


ディアさんも苦労してるのね、と何故か共通するものを感じる亜矢。


「あ、死神。あたし、これからリョウくんの部屋に行くから、食べ終わったら帰ってね」


黙々と食べ続けていたグリアはピクっと反応し、手を止めた。


「……リョウの所だと?」

「そうよ。リョウくんって料理とか得意じゃない?最近、よくお菓子作りとか教えてもらってるの」

「アヤと天使の兄ちゃんが作ったケーキとかクッキー、うまいんだぜ!!」


コランが無邪気に言うが、グリアは何か重く、鋭い眼で亜矢を見る。

え、なに?あたし、なにか怒らせるような事言った…?


「亜矢」

「え、な、なに……?」


急に真剣な顔になって言うものだから、亜矢は思わず恐る恐る聞き返す。


「リョウには、気を許すな」


グリアの口から出た意外な一言に、亜矢は再び聞き返す。


「それって、どういう意味?」


グリアは少し目を伏せた。どうやら、真面目な話らしい。


「あいつにかけられていた呪縛の事、知ってんだろ?」


それは、リョウを一年間苦しめた『呪縛』の事。


「ええ。でも、その呪縛ってもう解けたんでしょ?」


何故、今になってその話が出て来るのだろう?

あんなに辛く悲しい出来事、グリア自身も話したくないだろうに。


「あの呪縛の本当にやっかいな効果は、呪縛が解けた後にあるんだよ。まあ、全てはリョウの心次第ってコトだがな」


グリアには、思う所があった。

確かに、リョウの呪縛は解けたのだろう。

だが、心を支配する『呪縛』は『魂の器』と同じく、365日の月日をかけて完成される禁忌の術。簡単に解放されるとは思えない。

亜矢には、遠回しに話すグリアが何を言いたいのか分からない。


「大丈夫よ。リョウくんはもう、前みたいに悲しい顔はしてないわ」

「また、惑わされてんのかもしれねえぜ?」


亜矢は小さく息をついた。


「あんた、もう少しリョウくんの事を信用してあげたら?友達なんでしょ?」


その言葉に、グリアは鼻で笑った。


「トモダチ?ふざけた事言ってんじゃねえよ」


だが、少し間を開けてから再びグリアは口を開いた。


「オレ様は、どうでもいいヤツの事を考えて時間を割いたりはしねえ」


その言葉に、亜矢はちょっぴり安心した。

グリアは、リョウを信用してないのではない。彼なりに心配しているのだろう。

グリアとリョウにどんな過去があって、どんな関係なのかは亜矢は知らない。

だからこそ、自分には踏み入れない絆がそこにあるような気がした。

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