愛しいあなたに抱かれて死にたい
Naka
「白い雲、赤い屋上」
屋上から見える景色は妙に暗かった。
雲に覆われた空はわたしの心を表しているようだ。
わたしはあの子に宛てた手紙を持ちながら、日常を過ごす街を見下ろしていた。
吐く息は白く。スカートから伸びる素足は痛い程だった。でもその痛みもわたしの胸を覆うそれに比べれば無いも同然だった。耐えられる痛みは痛みとは言わない。
本当に痛い時は、痛いとも思えない。
「……」
この高校であの子と過ごした日々は僅か数か月だけど、わたしの人生の中で最も輝いていたと言えるだろう。家族にも友達にも恵まれなかったわたしにとってあの子は初めて心を許せる女の子だった。
「そんなところで座ってないで、一緒に行こうよ」
そんなことを言いながらあの子は俯いているわたしを引っ張って行った。
わたしが踏み出せずにいた一歩をあの子はさも当然の様に越えてくる。それが妬ましいと思うよりも前にわたしはあの子に惹かれていたんだ。
わたしの初めての恋だ。
それからというもの、あの子と一緒にいるだけでわたしの胸は満たされた。買い物に行って化粧の仕方を教えてもらったし、格好いい音楽とか生き方も教えてくれた。
「どうでもいいと思ってたんだけど。私はさ」
体を巡る血液が、冷えた体をほんのりと暖める。
あの子のことを考えるだけで、わたしの頬は紅潮してしまうようだ。全く。どんだけ私はあの子が好きなんだ。
下の方からは昼休みに活動しているサッカー部が見えた。ああして普通に青春を過ごすこともきっとわたしには出来たのだろう。ちょっと前まではそんなことは考えられなかったけど、今なら分かる。人はやろうとすれば何でも出来ると。
お腹から音が鳴ってそういえばまだ何も食べてないなと思った。少食なのでお昼を食べなくともある程度は何とかなるのだけど、今日は空腹の日らしい。今から購買にでも行こうかなと思って、財布を家に置いてきたことを思い出した。
仕方が無いなと思ってポケットをまさぐると五百円玉があった。少し湿ってるけど、まあいいか。
屋上から出て、鍵を施錠してから、購買のある二階まで向かった。途中で何人かの知り合いとすれ違ったけど、特に話したりもしない。彼女らにとってわたしはあの子の付属品で、わたし個人に価値は無い。
購買に着いたけど、ワゴンの上には何も無かった。時計を見れば昼休みが始まってから十分も経っていた。そりゃあ何も残ってないだろう。ウチの学校は購買のメニューが充実している分、利用する生徒が多い。育ち盛りの男子が大量買いをするから、一人三個までのルールが追加されたけど、これは制限をキツくした方がいいなとわたしは思った。
購買のお婆さんがわたしを見て呟いた。
「そういえば今日はあの子見てないね。お休みかい」
「いえ、学校には来てますよ」
あまり話をしたくないので、それだけ言ってわたしは購買を離れた。
購買がダメだとしたらどうしようか。自動販売機にはスティック系の健康食品があるけど、わたしはああいうのは好まない。無機質な硬さは何かを食べている実感が湧かないのだ。
結局、何も買わなかった。喉は乾いてないし、変なものでこの五百円を使いたくなかったのだ。
「……」
あの子はりんごジュースをよく飲んでいた。紙パックから伸びるストローを口で加えながら、両手でスマホを操作している姿が簡単に思い出せる。思い出すと泣きたくなる。
もうあの日常は戻ってこないのだと思い知るから。
教室に戻って、あの子の席に触れた。わたしの机とは違う温かさの様なものを感じた。無論それはただの幻想で、わたしがそう錯覚しているだけなのだけど。クラスメイトからあの子がどこに居るか知らないかと聞かれたので、わたしは「知らない」と答えた。付属品には興味は無いらしく、それでクラスメイトは去って行った。
わたしには何も無い。それを自覚すると、足は自然と屋上へと進んでいた。施錠した鍵を開けて、屋上に出る。
真っ赤なカーペットを踏み鳴らしながら、私はその中心で寝ているあの子の頬にキスをした。手は恋人繋ぎに、上から覆いかぶさるようにしているので、傍から見たら襲っているように見えてしまうだろう。
手から感じる体温はとても冷たいけど、胸の中はそれ以上に熱かった。
呆然と見開かれた瞳を閉じて、長いまつ毛に触れると、わたしの熱は更に上がる。
わたしはあの子が好きだけど、あの子が別の誰かを好きでも構わなかった。あの子が男の子と付き合っても胸は痛まない。だけどあの子が誰かに殺されてしまうのだけは勘弁だった。もちろん、普通の人が普通にしてて誰かを殺すことはないし、あの子が誰かの恨みを買うタイプでも無いのは分かっていた。
「つくづくわたしは欲張りだよね」
乾いた笑みが漏れる。こんな姿を誰かに見られたら、きっと警察に通報されてしまうだろう。いやまあ今は普通に犯罪者なワケなんだけど。
あの子にとってわたしは数ある友人の一人でしかない。あの子にとってわたしは特別な存在にはなれなかった。あの子の特別は名前も知らない男子のものだから。
恋をするということは相手を支配したいという欲求を抱くのに似ている。処女やファーストキスなど人生の内に一度きりの機会を大事にするように、死というものも人生で一度しかないので貴重だ。残念ながら生を与えることは出来ないけれど、あの子に死を与えてあげることはわたしでも出来る。
後悔は無いけど、贅沢を言うならわたしはあの子に殺されたかった。
「まあ仕方ないよね。あっちに逝ったら、今度は殺してくれるかな」
屋上にあの子を呼び出した時に、彼女はわたしを異常だと罵った。それまでの友情も全てを拒絶した。でも構わない。あの子が何を言おうともわたしが好きなのは変わらないのだから。
胸の中を巡る熱さに突き動かされる様に、わたしは屋上から飛び降りた。
愛しいあなたに抱かれて死にたい Naka @shigure9521
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