order31. コロッケサンドと奇跡
外は季節外れの雨もようやく止み、雲の間から光がいくつか差し込んでいる。気温はほとんどが雲で覆われているため、そこまで上がっていない。それ故に、木々の花も満開までもう少しという状況だ。そして喫茶ゆずみちは、最近もあったが昼間にも関わらず扉には「CLOSE」の看板がかけられていていた。
ゆずみちの店内にはマスターと柚乃、そしてイロナがいた。
店内の4人掛けテーブルを2個動かして8人で座れるようにセッティングして、その一方に3人が座っていた。真ん中にイロナ、その両端にマスターと柚乃が座っている。
「そろそろ来るね~緊張してる?」
柚乃は横にいるイロナに話しかける。
「いえ、緊張はしていません。たぶん……」
イロナは言葉ではこう言っているものの、顔はがちがちに固まっている。
その様子を見たマスターがイロナに話しかける。
「イロナちゃん、素直にすればいいだけだよ。お父さまにも……そしてお母さまにも。いつも通りでいいよ」
「マスター様、ありがとうございます。正直、ママ……お母さんに忘れられているというのに実感はないです。でも、いろんな話を思い出して、私がどれだけ愛されていたかを思い出しました。だから……」
イロナは泣くのを我慢しているのか、話が詰まってしまう。ただ、少し深呼吸して最後まで話を続ける。
「だから、どんなことがあってもお父さんもお母さんも大切な家族だっていうことを伝えたいと思ってます。そして、謝らないでねと」
イロナは店の扉の方をじっと見ながらマスターに返事をした。
マスターはもう何も言うまいと思ったのか、席を立って飲み物を準備しに行った。
そして、その時が来た。
店の扉が開き、ベルが鳴る。いつもなら、イロナか柚乃がいらっしゃいませという合図であるが、今回は二人とも一言も発しない。二人ともその扉の方を黙って凝視していた。
そしてその扉からは……魔王とアリスが入ってきた。
「ほら、アリス。やっぱり緊張しすぎてこんなことになってたわよ」
「魔王様、わかっていたことですよ。ほら、いらないこと言わずに席に座りましょう」
イロナと柚乃は緊張の糸が切れたのか、少し気が抜けたようだ。その様子を見て、魔王は席に着く前に、イロナの方に行って話しかけた。
「イロナちゃん。少しの緊張はいいけど、そこまでがちがちはダメでしょ。世界中のどこに両親に会うのに緊張する子供がいるのよ……もっとニコニコしなさい!ほら、スマイル!」
魔王はニコニコしながら、イロナの顔の口角を触って無理やりあげた。イロナにとってあまりにもおかしかったのか、噴き出して笑ってしまう。それを見た魔王は一言、
「安心したわ。じゃあね」
と言いつつ、席に着く。
そしてちょうどマスターは7人分のお茶を準備し終えてきた。そして各人の場所に並べて置いておく。そしてお盆を片づけて、自分の場所に座った。
アリスは店の扉を開けたまま立っていた。そして、マスターが座ったのも見計らってみんなに聞こえるように話す。
「イロナ様のご両親が来られました」
その言葉の数秒後、扉から入ってくる二人の男女が現れた。
男性も女性も頭に角が生えていた。男性の方には立派な角が、女性には丸っこくて優しそうな角が。ただ、二人ともとてもやさしそうな顔つきであった。ただ、男性の方は顔つきから見てもとても緊張しているようだ。女性の方は緊張もなく、普通に喫茶店に遊びに来たという感じである。
その二人を見たイロナは自然と立ち上がった。
男性の方はその立ち上がったイロナの方を見て茫然とする。
「パパ……パパ……」
イロナは小さく二度呟いた。そしてそのまま男性の方に向かって歩く。男性はその場から動けないのか固まっていた。
そして二人は抱きしめあった。イロナは涙が抑えきれなかったのか、わんわん泣いている。そして男性の方も我慢できなかったのか、わんわん泣いていた。そして男性は呟く。
「ごめんね、あの時助けられなくて。今まで迎えに来れなくて」
その言葉にイロナも呟く。
「ううん。色んな人に助けてもらって、ここまでこれたの。だから謝らないでいいよ」
そう言いながら抱きしめ続ける。
その様子を見ていた周りからもすすり泣きが聞こえてくる。その様子を一番近くて見ていた女性が男性に話しかける。
「イロラスさん、良かったですね。これまでずっと探していた娘さんが見つかって」
その言葉を聞いたイロラスはイロナを抱きしめるのをやめて、女性の方を見てゆっくりと話しかける。
「ザイーナさん、ありがとうございます。ただ、ザイーナさんもこの子を一度ちゃんと見てあげてくれませんか?」
ザイーナは不思議そうな顔をしつつも、イロラスの横にいるイロナの方を見た。イロナもザイーナの方を見る。そして、イロナはザイーナに話しかけた。
「ザイーナさん……いや、ママ。私だよ。イロナだよ」
「……」
ザイーナは固まって何も声が出てこない。その様子を見たイロナがザイーナの方に向かって、手を握って話しかける。
「これがママの手。私の頭をよく撫でてくれた。料理も良く教えてくれた。勉強も一緒に教えてくれた。この手があったから私はこれまで生きてこれた……ママ、それでもやっぱり何も思い出せない?」
ザイーナはイロナから手をゆっくりほどき、自分の手のひらをまじまじと見る。次の瞬間、ザイーナは目を閉じて頭を抱えて叫ぶ。
「頭が……イタイ!!!!」
そしてその場でしゃがみ込む。そしてさらに叫ぶ。
「あぁ、許して!!!もう見たくないの!!!どうして、私の手がそこで離れるの!!!私は……私は目の前のその子を毎回助けてあげられないの!!!」
目の前にいたイロナとイロラスはザイーナを介抱する。そしてあまりの錯乱ぶりに座っていた魔王、アリス、マスター、柚乃が駆けつける。
イロナとイロラスがザイーナに話しかける。
「ママ、大丈夫?無理しないで!!」
「ザイーナ!無理するな!!」
それでもザイーナは止まらない。二人の介抱を振りほどき、頭を抱えてうずくまる。
「嫌だ……もう目の前で子供が死ぬのを見るのは!!!もう、この夢を見るのは!!!助けて……」
その時、ザイーナの錯乱に全員が目を奪われていたため、店の扉が開いて、人が入ってくるのを誰も気づかなかった。
「やれやれ、この店はいつ来てもこんな感じか。久々にカツサンドが食いたくてやって来たってのに」
そう小さく呟きながら女性が店に入ってくる。
その女性にはじめに気づいたのは柚乃だった。
「……ゆずさん?」
「おう。久しぶり!なんか店しまってるから帰ろうかなぁと思ったんだが、中から悲鳴聞こえたから、勝手に入らせてもらったよ」
そう言いつつ、叫んでいるザイーナの方を凝視しながら呟く。
「……うん、これはまずいね。記憶の混濁が始まっている。一体、何をしたんだ?」
ゆずに気づいたマスターが近づいて話しかける。
「いえ、イロナちゃんのお母さまが記憶喪失で、その記憶を戻そうとイロナちゃんが声をかけたのですが、それからあのように叫んでいまして……どうしたものかと……」
マスターはザイーナとその周りで介抱しているイロナ、イロラス、魔王、アリスを見ながら話しかける。
ゆずはザイーナの方だけをじっと見ながら、マスターに告げる。
「まぁ、深くは聞かない。ただ、あれはマジでヤバイ。自身のトラウマを無理やり引っ張りだされてるから、現実と記憶が混ざってる。このままじゃ最悪廃人だぞ」
「!?!?」
マスターと柚乃は声を詰まらす。そして柚乃が涙ながらに、誰に言うわけでもなく呟く。
「そんな……。ようやく親子で再会できたはずなのに……どうして……」
その様子を見ていたゆずが、ため息をつき頭をかきつつ柚乃に話す。
「柚乃ちゃん。どうしても助けたいのかい?」
柚乃はゆずの方をしっかり見て話す。
「はい。イロナちゃんが悲しむのは絶対いや。だって……私の大切な妹だから」
「そうか……なら仕方ない。柚乃ちゃんが私の名前が近いってよしみだ。今回だけ本当に特別。マスター、水だけすぐに準備して」
マスターは何をするのか不思議だったが、頼るものが無いためすぐにうなずいて、厨房に向かう。
ゆずは薬箱を開く。そして、詠唱を始めた。すると周りの物ががたがたと震える。目には見えないが膨大な魔力がそこに集まっているようだ。あまりの魔力に魔王とアリスはザイーナの介抱を中断し、そちらを見る。そして、詠唱が終わると薬箱の中には一つの小さな錠剤ができていた。
ゆずはその錠剤を手に取ると、真面目な顔でマスターに渡して伝える。
「これをあの方に。一つしかないから、絶対に飲ませて」
「……わかった」
マスターはこの錠剤が何かは聞かなかった。その錠剤を持って、ザイーナの方に向かう。相変わらず記憶が混濁していて、すでに何を話しているかもわからない。
「ザイーナさん、無理やりですがすみません!!」
そういうと、手に持っていた錠剤を口の中に押し込み、水を無理やり流しこむ。もちろんザイーナは叫び、暴れるが、イロラスがその暴れるのを止める。そして
イロナがザイーナにキスをした。
ザイーナは薬を……飲みこんだ。
その瞬間、ザイーナはぴたりと暴れるのをやめた。
そして涙を流す。
「思い出した……イロナ……あなた……」
そしてイロナとザイーナを抱きしめに行く。
イロナもザイーナも抱きしめ返す。
そして三人が泣きはじめた。
その様子をマスターと魔王とアリスはただ茫然と、柚乃は涙ながらに見ていた。
そしてゆずはカウンターに向かいながらマスターに話しかける。
「記憶の絡まりをほどく薬を調整した。まぁ正直な話、成功するかは半々ってところだったけど、うまくいったからまぁいいでしょ。さて、私はカツサンド……いや、コロッケサンドでも頂こうかしら」
マスターはゆずの方をみて答える。
「ゆずさん、今回も本当にありがとうございました。コロッケサンド、承りました!」
マスターはそういうと、厨房に行って準備し始めた。
その様子をずっと見ていた魔王が少しおびえたような声で、隣にいるアリスにしか聞こえないような小さな声呟く。
「あれは……なに?」
「……そうですね。全くもって次元が違います」
「あの……あのパラユニ、今まであって来たどの奴よりもやばいわよ。あんな調剤技術見たことない……」
そして少し二人の間で沈黙が流れる。そしてアリスの方が魔王に話しかけた。
「魔王様、関係ないかもしれませんが……昔、とある魔族の村では不治のはやり病が発生して、町一つが壊滅仕掛けたときに、それをふらっときた人間が治した話を思い出しました。まだ、人間との戦争の真っ只中の時だったので、おとぎ話か何かかと思っていましたが……」
「……」
再び二人の間に沈黙が流れる。そして魔王はため息交じりに話した。
「はぁ……これだからパラユニはせこいわ。戦闘強かったり、こんな技術持ってたり……でも今回だけは感謝しないと」
魔王は少しだけ愚痴ると、魔王はアリスと一緒にコロッケサンドを頬張っているゆずの方に向かった。
ここは、家族の再会も果たすことができる喫茶「ゆずみち」
さて、次はどのような奇跡があるのでしょうか。
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