異世界喫茶「ゆずみち」~勇者と魔王が異世界転生を愚痴っています~

美堂 蓮

order1. アメリカンコーヒーと愚痴

ここは魔王城と人間の町の間にある、森の中に建てられた喫茶「ゆずみち」。

この喫茶には種族問わず様々なお客がやってくる。

喫茶店としては非常にシックな店内で少し薄暗い。

店内は少し小さめでカウンター席が数席とテーブル席がいくつか置かれているだけだ。


その店内はコーヒーのいい匂いが充満している。

今は夜だからか、カウンター奥でコーヒーを作っている男性とカウンター座っている女性しか店内にはいないようだ。

そしてその女性がコーヒーを作っている男性に声をかけている。


「だからちゃんと聞いてよ……マスタ~」

「ちょっと待って。もう少しでコーヒーできるからさ」


そう言いながら、マスターと呼ばれた男性はカップにコーヒーを注ぐ。

そしてそのカップを目の前に座っている女性に差し出した。


「アメリカンコーヒーお待ち。魔王さん、相変わらず疲れているようだねぇ」

「そうなのよ。相変わらず好戦的なやつを抑えるのが大変で……。あっ、アメリカンコーヒーありがと」


そういうと、魔王と呼ばれた女性はコーヒーのカップを手に取る。

コーヒーは入れたてだからか湯気が立っているうえ、真っ黒なのでブラックであることだけわかる。魔王はカップに鼻を近づけて香りを楽しんだ後、一口飲んだ。そしてその味に口元がにやけている。


「うん!やっぱりマスターのアメリカンコーヒーは苦味が抑えられているのに味はしっかりしていて、とってもおいしい!」

「そう言ってくれるのはありがたいねぇ。まぁ、ゆっくりしていきな」


マスターはそういうと、淹れたコーヒーの豆を片づけ始めた。

カウンターでコーヒーを飲んでいる魔王は頭に角が生えていて少し服装も高そうな服を着ている。

スタイルも抜群でとっても美しいものの、少しだけ疲れているように見える。


「好戦的なやつはみんなパラユニに一度ボコボコにされればいいのよ……」

「パラユニ……あぁ、こっち側の世界に転生した異世界の人たちのことね。まぁ僕は店がつながっちゃっただけなので、転生はしていないけど異世界側になっちゃうなぁ」


マスターが苦笑しながら魔王の方を向いて話した。

「マスターはいいのよ。マスターは。おいしいコーヒー淹れてくれるし!」

「うれしいねぇ。なんもサービスできないけど」

「ケチ」


魔王はふくれながらもニコニコしている。

この会話を心から楽しんでいるようだ。

さらに口を尖らしながら続けて話す。


「こっち側にもパラユニっぽい人いるのだけど……全く好戦的じゃないのよねぇ。

昔、人間側を攻めるように頼んだら、『俺の仕事じゃない』なんて言われちゃって。

一応、私は魔王のはずなのだけど」


すこし愚痴をこぼしたものの、コーヒーを飲んで落ち着いたようにも見える。

そのコーヒーのカップを持ちながら、マスターに話しかける。


「まぁ、今は人間側のパラユニも好戦的じゃないからうまく回っているわ。いつまで続くのやら。」

「僕は個人的には平和が一番好きだけどね」


ぼそっとマスターは言った。すると、苦笑しながら魔王は返事をした。


「私も最近そんな風に思うようになってきたわ。ある意味、パラユニのおかげかも」

「それは良かった……コーヒーのおかわりはいる?」

「ありがとう。お願いするわ」


マスターはコーヒーを入れに行った。

再び喫茶店の中にいい匂いが立ち込める。

魔王は一人になったからか、うーんと言いながら伸びをしつつ、誰に話しかけるわけでもなく呟く。


「まぁ、異世界とつながったおかげでこのおいしいコーヒーにも出会えた訳だし、悪いことだけじゃないかも」


呟いたと同時ぐらいに、カフェの入り口の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。

そこにはメイドの格好でちょこんと可愛い角が生えている、背の低い女性がかなり慌てながら入ってきた。

さっきまで走っていたのか汗だくなうえ、明らかに怒っている。

そして、カウンターにいる魔王を見つけ、近づきながら魔王に話しかける。


「またここでサボってる! 魔王様、行きますよ。このあと大事な会議ですので」

「私にとってはここでコーヒーを楽しむこと以上に大切なことはない!」

「別にそれならいいですけど、また魔族の一部が勝手に人間側に突撃してパラユニにボコボコにされますよ」

「あいつらはボコボコにされた方が良いじゃないかなぁ。『戦争しろ』という言葉以外知らないようだし。相手にするのは毎回疲れるし」


涼しい顔をして魔王は答えた。その様子を見たメイドは呆れた様子で


「馬鹿なこと言ってないで、行きますよ」


と言いつつ魔王の手を握って引っ張っていこうとする。魔王はどうしても場所を動きたくないのか手を振りほどきつつも、メイドの方を見て話しかける。


「わかったわよ。マスターに今、淹れてもらっているコーヒーが飲み終わったら行くから。先にアリスは帰っておいて」

「それ、前に全く同じこと言って私が帰った後に来なかった事ありますよね?」

「そんな日もあったかなぁ……」

「その言葉、前回も聞きましたよ」

「……」


そこにコーヒーを持ったマスターが来た。


「こんにちは、アリスさん。まぁ、コーヒーも淹れちゃったし、この一杯だけ勘弁してあげて。

せっかく来たんだから、アリスさんの分も僕のおごりですぐに用意するから一杯何か飲んでいきなよ」


魔王やマスターにアリスと呼ばれたメイドは、はぁとため息をついた後に、魔王に話しかける。


「この一杯だけですよ……マスター様は相変わらず優しすぎです」


ただ、顔は一杯おごってもらえることが嬉しいのか、にやにやを少し我慢しつつ魔王の横に座る。

魔王はマスターにウインクしながら話す。


「マスターありがと。やっぱりマスターのことが一番大好き!」

「……魔王さん、これ以上アリスさんを困らしたら、今度からはコーヒーの注文取らないからね」

「そんなぁ……」


魔王は肩を落としながらマスターが淹れたコーヒーを飲む。そしてやはりおいしいからか口元がにやけながらアリスに話しかける。


「うん、やっぱりおいしい!アリスもどう?」

「いえ……苦いのは苦手で。マスター様、私はオレンジジュースをお願いできますか?」

「あいよ。ちょいとお待ちを」


そしてマスターがカウンター奥にオレンジジュースを作りに行く姿を魔王とアリスはニコニコしながらカウンターで並んで見ていた。


ここは、様々なお客様が来られる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのようなお客様が来店されて、お話を聞かせて頂けるのでしょうか。

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