第8話◇オークとグール(魔王)◇


 勇者俺の嫁を含めた弟子たちが魔王を封印したのが、だいたい八年前。


 それまでの魔王は、普通に食人鬼グールしてたらしい。

 そりゃ討伐対象にもなるだろう。人を喰らうんだから。


 ま、それは勿論、人族側の論理であって、魔物側の論理では、はい分かりました食べません、とはならない。


 当たり前だ。喰いたいんだから。



 しかしだ。

 魔王が封印されている間に、状況は大きく動いた。


 魔王はその間、荒唐無稽な体験をしたそうだ。

 誰も信じられないような、荒唐無稽な。



 だが、俺は信じた。

 世界中で俺だけは、信じられた。



「儂は、封印されていた間に、養豚場に生まれた男の意識に溶け込んでいた」



 信じない訳には、いかなかった。





◇◇◇◇◇


 儂は封印され、意識が戻った時、目がなかなか開かず、体も動かせなかった。


 じきに状況が分かった。

 この世界なのかどこか遠くの世界なのか知らぬが、儂は人族の、男の赤子になってやがった。


 いや、なる、というのとは違うな。

 人族の赤子に住み着いていた、という方が正解に近いだろうな。


 その男児は両親の愛を一身に受けて成長し、養豚場を受け継いだ。

 残念ながら両親は早くに亡くしたが、美しく優しい妻を娶り、幸福な生活を送っていた。



 当然、男は人など喰わぬ普通の人族だ。


 儂は人の中に在って、人の愛を受け、それでも人の肉を喰いたいと求める、なんとも不思議な感覚を抱いていた。



 そして男に子が生まれた。

 元気な男の子だった。


 勿論その子供は儂の子ではないが、男と同じ様に儂も喜んだものだ。


 男とその妻は、精一杯その子を愛した。




 男の養豚場は、滅法めっぽう評判が良かった。

 それと言うのも、その生まれた息子が豚どもの気持ちが分かるかの様に的確なアドバイスをくれたからだ。


 そりゃ実際どうかは知らんがな、男はそう思ってやがったし、男を通して味わった豚肉は本当に旨かった。



 しかし、息子が十になった頃、彼らの村は豚の魔物オークに襲われた。


 男は震えていたが、なんとその息子は、勇敢にも剣を取ってオークどもに立ち向かおうとした。


 男は息子に、「母さんを連れて逃げろ」と声を荒げて息子の背を押した。


 とにかく妻とこの子だけは助けなければと、男と儂は、必死に戦った。

 いや、意識だけしかない儂は、糞の役にも立っちゃあいない。


 それでも男と共に育ち、育み、作り上げた家族を、男も儂も間違いなく、確かに愛していた。



 当然、人族のただの男がオークの群れに敵う筈もなく、男はそこで命を散らし、儂の意識も途絶えた。


 あの後、妻と子供がどうなったかは分からん。

 どこかで生き延びていてくれたなら、男も本望であろうが……






 俺は、ボロボロと流れる涙を、どうやっても止める事ができなかった。





◇◇◇◇◇


「魔王。お前はもう、魔王辞めろ」


 何を言うか豚ヅラ! と四天王の最後の一人が喚くが無視だ。


 魔王が片手を上げて四天王の最後の一人を制して口を開く。


「そうすべきだと思うか?」

「思う」


「明確な理由はあるか?」


「ある。一つ目は、かつては知らんが、今のお前は弱い」

「ふむ、一理ある」


「二つ目は、もう人族は喰えんだろう。このままなら、どうせお前は、食人鬼グールとしては、死ぬ」

「ふむ、それも確かだ」


「三つ目は、俺は嫁に、魔王を倒してきてくれと頼まれたんだが、俺は、オマエを殺したくない」



 何を偉そうにかす! と四天王の最後の一人が喚く。

 無視しても良かったんだが、あんまり五月蝿いから殴ってやったら、涙目でようやく黙りやがった。



「結論はすぐに出さなくても良い。ただし、俺の村まで一緒に来い」





◇◇◇◇◇


「おいおい。ウチの、魔国の森にこんな道を作りやがったのは誰だよ」

「ああ、すまん。それ俺だ」


 俺の帰り道に、食人鬼魔 王が一人増えた。

 こんな連れでも、一人旅より寂しくなくて良い、なんて思っている自分が我ながら不思議だ。


「お前のとこの連中がな、俺の事を襲うもんだからな、森だとちょっと不便だなと思ったから、しょうがないだろう?」


「仮にもウチは魔国なんだぜ? こんなに分かりやすい道をこしらえやがって」



 良いじゃあないか。

 人族にも開かれた魔国。


 俺の村と同じだ。




 道中、北の国の騎士の所に顔を出して、魔王を紹介してやった。


 泡食ってやがったが、やっこさん、腰が引けてる癖に、俺と魔王を自宅に連れてって酒とツマミを出しやがった。


 凄い奴だと、単純に感心した。



 人族にも色んな奴が居て、本当に、面白い世の中だよな。

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