第3話◇オーク、三度目の転生◇


 むぅ。

 目が見えぬ。

 思うように体も動かせぬ。


 ガチャガチャゴチャゴチャと体を揉みくちゃにされるこの感じ、懐かしさすら感じるな。


 俺は、またしても新たな生を頂いた様だ。


 どうやら人族ではない。

 人はこの様に多頭産ではないし、産まれてすぐに蠢く事も出来んしな。



 また豚かも知れん。


 ま、それも悪くない。

 あの頃の様に、兄弟どもの背を押して食事の世話をしてやろう。



 前世での二人の様に、大事な、俺の家族になるのだからな。





◇◇◇◇◇


 二日ほどして目が見えるようになった。


 もしこの世に神がいるのならば、恐らく俺に新たな生を与える存在なのだろう。


 ちょっと一走ひとっぱしりして神のところに行って、怒鳴りつけるか殴りつけるかしてやりたい。



 俺は、今生では、愛する誰かのために生きると誓ったのだ。


 誓ったのに、だ。



 周りを見渡せば、豚ヅラの兄弟ども、しかし豚と違って二足歩行だ。


 愛せる訳がない!


 なぜ俺は再び豚の魔物オークなのだ!


 当然、兄弟どもも、母親も、あの憎々しいオーク、前世であの二人を殺した、あのオークなのだ!




 ……いや、それは、違う。

 

 オークだから何だと言うのだ。ただの私怨ではないか。

 オークへの憎しみは、前世で溶けた筈ではないか。


 見ろ、この豚ヅラの兄弟どもを。


 どいつもこいつも、何も考えてやがらねえ。

 幼気いたいけな純真無垢そのものだ。


 ならば、俺はこいつらを受け入れる。

 俺が、この俺が導いてやる。



 そう思ったのも束の間、母親が手を伸ばし、兄弟どもの中から一頭摘み上げて自分の口に放り込みやがった。


 兄弟どもは何も考えてやがらねえから平気だが、咀嚼する母親を見て俺は、戦慄し、恐怖し、そしてメラメラと使命感に駆られた。



 喰われた兄弟は確かに、誰よりも小さく、二日経ってもまだ上手に歩けずにいた。


 俺たちは豚の魔物オークだ。

 当然、弱者は淘汰されるべきだ。



 しかし、やはり違う。

 前世でのあの二人と余りにも違う。


 俺は、認めぬ。


 再び俺たち兄弟へ伸びた母の手を遮る様に立つ。


 キッと睨み据えて、毅然と立つ。

 前世では人類最強とまで言われた俺だが、当然今の、生後二日の俺にはなんの力もない。


 もちろん俺も体は大きくない、なんなら小さい方だが、兄弟どもの中では最もスムーズに動ける。

 生きる事、産まれる事の経験の差だろう。


 なんと言っても、俺にとって産まれるのは四度目だからな。

 どこへ伸びようとも、母の手を遮った。


 ブヒィ、と小さく息を吐き、諦めたのかゴロンと横になった母が言った。


「好きにしな。この連中はオマエに任せたよ」

『…………了解』


 母に念話で返事した俺を、母は訝しそうに一瞬目をやったが、再びブヒィ、と小さく息を吐いただけだった。



 俺は、やる。

 この兄弟どもも、母も、オーク全てを、俺が導いてやる。


 


◇◇◇◇◇


 オークの成長は早い。

 二年ほどが経った今、俺たち兄弟はそれぞれすっかり大人と変わらない体となっていた。


 前世の経験を活かし、『剣王』とまで呼ばれた剣を使うため、俺だけはオークとしては破格の細身体型を維持しているが。



 そして今の俺は、この群れのボスだ。


 俺の父がこの群れのボスだったのだが、余りにもオークらしいオークで、馬鹿で、粗暴で、暴虐で、力も強い上に暴飲暴食、どうやっても導けんと俺もさじを投げた。


 しかし見捨てることなどせぬ。

 一歳になった日、殴り倒して言うことを聞かせた。


 俺には前世も前々世も、前々々世の記憶もある。

 体力さえ記憶と経験に追いつけば、そんじょそこらのオークなど何ほどの事もない。



 そして俺が率いた群れの方針は――

『奪わない事』『誰かの役に立つ事』。


 この二つだけを徹底させた。


 そうするとどうだ。

 いつの間にか、兄弟どもも、母も、父でさえも、朗らかに笑う気持ちのいい連中となっていた。


 


◇◇◇◇◇


 数年が過ぎ、俺の群れにこの辺り全てのオークが併呑された。


 養豚がメインの牧畜を生業とし、我々魔物とも商売をしようという剛気な商人を仲介にし、近在の村々との取引も軌道に乗った。


 もう大丈夫だと見極めをつけ、弟妹どもに群れを任せ、剣ひとつを腰に帯びてあちこち徘徊した。


 俺がここに居ても、愛する家族どもの為にはもう、ならん。

 俺は、三度みたびの生まれ変わりを経た、ぶっちゃけ反則みたいなもんだ。その俺に助けを求めたとしても、それはもう、ただの甘えだ。


 ならば俺は新たに、助けを必要とする者を助けよう。

 ま、そうは言っても豚ヅラのオークだからな、あちこちで一悶着あった。


 それでも、様々なところで誰かのために生きていると、色々な出会いが訪れた。



 中でも一番驚いたのは、今一緒に飯を食ってるコイツなんだが……




「本当に覚えてないのか?」

「悪いけど覚えてないわ」


「恐らく十年……、いや、もう少し前かも知れない」


「だから覚えてないって。私がオークに『』って言ったんでしょ? そんなの多すぎて覚えてないわよ」



 俺もまさかと思った。


 三度みたび生まれ変わって四度目の生を生きているが、豚に生まれ「とらっく」に揺られたあの生以外は、生まれ変わっていたようだ。


 いや、豚の時も同じ世界なのかも知れない。


 どうやら同じ世界の中でも、時代を前後して転生しているようだからだ。


 なぜそう言えるのか。


 目の前のこの女が幼い頃、俺は前世で――人族だった頃――この女に


 そして前々々世で――愚かなオークだった頃――この女に


 俺のことに気付いていないようだが、あの、俺が泣いて股を濡らして跪いて命乞いした、が、この女だ。



 なんなんだ一体。

 なぜ俺はあちこち時代を跨いで生まれ変わるのだ。


 訳がわからんが、順にすると俺が人族だった三度目の生、その後が馬鹿だったオーク、そして豚、そしてさらに今生である今。


 そして殺された相手と呑気に飯など喰っている。



 いや、この女に殺されたからどうだという事ではない。

 思うところはあるが、ただそれだけだ。


 コイツはコイツの、やるべき事をやっただけ。




 だから、俺は俺のやるべき事をやるだけだ。


 ……何なんだろうな、何度も生まれ変わる俺がやるべき事ってのは。



 ま、考えても分からんし、俺がやりたい事をやるべきだな。

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