第2話◇オーク、再びの転生◇  


 ふん、まさかな。


 この俺にまたしても、新たな生が与えられるとはな。



 記憶にある限りの最初の生は散々だった。


 そうだ、あの散々な生だ。


 もちろん誰のせいにするつもりもない。

 あれは間違いなく俺が悪い、自業自得の散々な生だ。


 そりゃあんな、糞の役にも立たん一生を送ればああなるだろうさ。



 ふふ。

 それに比べて前世の俺はどうだ。


 最後の後、その後の自分を知らぬから自己評価にはなるが――『とんかつ』になったのか、『ぽーくそてー』になったのか――確かに誰かの役に立ったと思える生だった。


 俺は満足だ。


 しかしまた、どうやら新たな生を与えられたようだ。



 またしても目が見えぬ、体も動かぬ。


 どうやら先の生と違い産仔数さんしすうの少ない生き物、新たに産まれたのは俺だけのようだな。


 …………しかし…………、


 自分だけに注がれる関心……、いや、これがアレか、『愛情』という物か……、斯様かように、これ程に、安心感や充足感、言葉では言い表せられぬが……、これ程のものだとはな……。





◇◇◇◇◇


 聞いて驚け。

 元々オーク、そして元養豚場の豚だった俺がな、何を血迷ったか今回は人族なんだってよ。


 しかし、俺は当然、これを受け入れる。

 誰かの役に立つという事に、種族などなんの障害にもならぬ。


 父親は朗らかに良く笑う男で、ふふ、笑ってしまうが養豚場を営んでいる。

 母親も微笑みを絶やさぬ女で、養豚場を手伝いながら家事、それに俺の世話という育児を行っている様だ。


 あぁ、もちろん俺も養豚場を手伝っている。


 先の生とは違って、両親は広い敷地で半分放し飼いの様なスタイルで豚を育てていて、豚どもにとって劣悪な環境という訳でもない。


 経営や飼育について、十にも満たぬ俺がどうこう言うこともない。

 しかし、昔取った杵柄きねづか、何せ前世では豚だったからか、念話で豚どもとやり取りをしては、問題を両親にそれとなく伝えた。



 効果は覿面。


 そりゃそうだ。

 俺は人族共よりも、豚共の気持ちの方がよく分かるんだから。


 豚の肉質は上がり二人は嬉しそう。


 俺も満足だ。





◇◇◇◇◇


 父親と母親の為に生きる日々を過ごした。


 肉にしてしまう豚どもには悪い気もしたが、そのぶん精一杯、真摯に真剣に世話をした。



 両親に愛され、俺は三度みたび生まれて初めて、本当の幸せな生活を享受した。


 本当に、幸せだったんだ。

 アイツらが村に来るまでは、本当に幸せだったんだ。


 豚の魔物オーク共が村に現れるまではな。



 アイツらは俺の村を襲い、奪い、犯し、殺し尽くしやがった!

 かつて俺が豚の魔物オークだった頃のようにだ!



 …………あの日、十歳だった俺は剣を取ってオーク共に立ち向かおうとしたが、父親にぶん殴られてこう言われた。


 そんな事してないで母さんを連れて逃げろ! ってな。


 母親と共に逃げた俺だったが、結局別のオークに見つかった。そして母親にこう言われた。


 私が引き付ける間に逃げなさい! ってな。



 俺は逃げた。


 たった一人、逃げおおせてしまった。




◇◇◇◇◇


 生き延びた俺は、別の村へ逃げ込む事も考えたが、俺たちの村からそう遠くない森に住み着く事にした。


 ん? 何故かって?


 もちろんオーク共に復讐する為だ。



 俺は、俺を鍛え抜いた。いじめ抜いた。


 吹けば飛ぶようなヒョロっちい人族のガキだったがな、生き抜く事、誰よりも強くなる事、二人の復讐を果たす事、それだけを考えて過ごした。




◇◇◇◇◇


 俺の背丈が、思い出の中の母親に追い付いた頃、鍛え抜いた俺の拳は岩を砕くようになった。




◇◇◇◇◇


 父親と同い年になった頃、鍛え抜いた俺の剣は川の流れを断つようになった。




◇◇◇◇◇


 俺の髪に白いものが混じる様になった頃、人族最強の『剣王』と呼ばれる様になったが、不意に、全てがどうでも良くなった。


 何故だろうな。


 あれ程に憎く思っていたオークどものことが、どうでも良いってのは。




◇◇◇◇◇


 俺の髪と髭がすっかり白くなった頃、ようやく俺は気がついた。

  両親の為に生きた十歳までは楽しく、幸せで、満足だったと。


 復讐の為に鍛えた、これまでの日々はどうだったかと考えた時、全く幸せを感じていなかったと。


 対して若くして死んだ父親と母親はどうだったか。


 恐らく、幸せだとは言うまいが、は、満足しているのではないだろうか。



 ふん、俺としたことがせっかくの三度目の生の大半を無駄にしてしまった。


 復讐を果たしたとしても二人は喜ぶまい。

 復讐がになるとも思えん。



 ま、悔やんでもしょうがあるまい。

 まだもう少し俺の生も残っている事だろう。


 残り少ない生、誰かの為に生きるとしようか。





◇◇◇◇◇


 それからあちこち彷徨い、歩くのも億劫になった頃、あの森に帰ってきた。


 色々あった。


 に襲われている国を救ったり、逆にに追い詰められた魔物を救ったり、それこそ手当たり次第に、誰かの為に生きた。


 請われるままに幾人かの人族に剣を教えてやったりもした。


 ダラダラと長い生を生き、そろそろ潮時だろうと感じるが、何かが違う。


 何か……そうだな、俺は満足できなかったんだろう。



 もちろんオークだった頃よりは当然良い。


 豚だった頃よりも多くの人の役に立った筈だ。同程度の、幾らかの満足感もある。


 しかし、な。

 

 今生の、最初の、十年だ。


 あの満足感には何ものも届かない。

 百人や二百人、例え千人、万人、誰かの役に立とうと……



 あの二人の為に生きた十年には…………



 …………もし、また俺に新たな生が与えられるならば……





 ……愛する誰かの為に…………

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