人間の残日数カウンターによる弱肉強食
ちびまるフォイ
誰よりも長く生きるのに、ふさわしい人
ーー 残日:7日。
顔にいれずみのように浮き出たのは自分だけではなかった。
「あなた……!」
「お前もか……」
父さんも母さんも同じだった。
違っていたのは浮き出ている日数の差。
父は5日。母は30日。
「お父さん、これって……」
「わからん。神による人間への警告かもしれん」
「あなた……どういうこと?」
「人類は毎日を大事に生きてこなかった。
だからこうして寿命を見せて、大事に生きろということかもしれん」
「ああ……そんな。あと5日であなたと分かれるなんて……!」
「先にいくだけだ。残りの日々を大事に生きていこう」
その日、久しぶりの家族会議が開かれた。
テーブルを囲んでどこへ行きたいとか、
やり残したことや、言い残したことがないように言い合った。
父と分かれる残りの日数を家族で大事にできるように。
ーー 残日:4日。
残された時間がわかるようになって3日が過ぎた。
俺はまだ3日残っている。
けれど、父は残り2日。
父さんは最終日が近づくにつれ無口になっていった。
「父さん……」
「しっ。ひとりにしましょう……」
家族の時間を大事にしようとかいう空気感でもなく、
俺と母親は深刻そうな父を別室で見るばかりだった。
沈黙にたえかねてテレビを付けるとどこも嫌なニュースばかり。
『昨夜、スーパーで強盗事件が発生しました。これで10件目です』
『面識のない男に女性が刺される事件が発生』
『今週ですでに30人もの人が逮捕されており警察では……』
「いやね……みんな残りの寿命をどうして大事に生きないのかしら」
「みんな自暴自棄になるんだよ」
ーー 残日:3日。
自分の残りの日数が減っていく。
最近はほとんど眠れなくなった。
「父さん……」
父親は自室に閉じこもったままだった。
「……なんだ」
振り向いたその顔には「残日:1日」が刻まれている。
父さんは今日いなくなる。
「最後の日くらい、さ……。家族でいようよ」
「……そうか。そうだな、すまん」
「なにか食べたいもの……ある?」
「いい。普通の、いつものご飯が食いたい」
父親の最後の晩餐はかざらない普通の食卓だった。
せめて楽しい最後の日にしようと、母と俺とで空回り気味に笑いあった。
時刻は夜おそくなり、日付がまもなく変更される。
「父さん……ほんとうに育ててくれてありがとう」
「あなた。あなたと結婚できて本当に幸せだったわ」
震える父の手を握った。
父は震える声でぼそりとつぶやいた。
「なんで……」
「え?」
「なんで、なんで! なんで一人で死ななくちゃいけないんだーー!!」
父親は立ち上がり、目の前にいた母の首を締め上げた。
その目にはすでに正気を失っている。
「お前らはァ!! まだ日数が残っているからいいよなぁ!!
家族で楽しい思い出!? ふざけんな!! 他人事のくせに!!!」
「父さん!! 父さんやめて!!」
必死に止めようとしたがすでに遅い。
ゴキッと嫌な音とともに母の首がありえない方向に曲がった。
「どんなときも家族一緒なんだろ!!
だったらお前らも死ねよ!! 父さんと一緒に死ねーー!!」
「うわぁああ!!」
逃げた拍子に台所にあった包丁を思わず突き出した。
そこへ飛び込んだ父親ののどぶえが突き刺さる。
「がっ……こひゅっ……」
ひゅーひゅーと空気の漏れる音が聞こえながら、父は床に倒れ動かなくなった。
家には死体が2つ転がる惨状となった。
「なんで……なんであと数日しか違わないのに……。殺されなくちゃいけないんだよっ……!」
血をぬぐうために洗面台に立った。
鏡には疲れきった自分の顔と、そこに浮き出ている数字が見えた。
残日:39日。
「……あ、あれ……残り3日じゃ、ない……?」
今朝見たときと数字が減るどころか増えていた。
どうして、と考えたとき、自分を襲ってきた父親の顔を思い出す。
あのとき、父親の顔には「残日:1日」ではなく、もっと数字が増えていた。
その理由は明らかだった。
家族で一番、残日数が多かったのはひとりだった。
「母さんを殺したから……増えたのか?」
父さんは母さんを殺したことで、残日数を増やすことができた。
そして、その増えた父さんを殺した自分に日数が統合された。
自分に刻まれた数字は、父と母の日数を足し合わせた数字とも一致する。
「ふふ……ふふふ。あと、あと39日も……生きられる……!」
夏休みが実は1日多くあった。
それだけで十分嬉しいのに、それが寿命だったらどうか。
嬉しさは夏休みの比ではない。
そして今。
自分の寿命の伸ばし方もわかってしまった。
「俺はまだ死なない。まだ生きていられる……!」
その日をきっかけに俺は自分の生き方を大きく変えた。
ーー 残日:38日。
「お願いです! 子供は……子供だけは……!!」
どっかの家に押し入り、手当たり次第に殺していく。
ーー 残日:47日。
「これはいいなぁ。人を殺せば残日が増える。
そのうえお金までもらえちゃうんだ。まるでRPGだ」
モンスターを倒せば戦闘終わりに賞金がもらえる。
自分の中で凶行を実行するたびにレベルアップの音さえ聴こえてくるようだ。
「……なんだ? サイレンか?」
襲撃した家から出ようとすると、パトカーのサイレンが聞こえきた。
銃を構えた警察がやってきた。
「動くな!! 動くと打つぞ!!」
「はいはい。動きませんよ」
警察の顔を見ると、残日は残りわずかだった。
「あんた……あと数日しか残ってないじゃないか」
「黙れ! 今そんなことは関係ないだろ!」
「見ろよ俺の残日。あんたよりずっとある」
「黙れと言っているだろ!!」
「かわいそうなあんたにだけ、少し分けてあげてもいいぜ?」
「ふざけるな!! そんなこと……」
「できるわけないって……思ってるだろ? でも俺は知ってる」
「……」
「交換条件なんてないさ。これは親切。見返りなんていらないよ。
さあ、教えてやるからこっちへ……」
警察が一歩進んだ瞬間。
かまえていた銃口の射線から出て銃を奪い取った。
そのまま躊躇なく銃で警官のどこかしらを打つ。
どこかに当てさえできれば良い。
「ぐああああ!!」
脇腹にヒット。警察は血を流しながら地面に倒れた。
「残日を分ける方法なんてねぇよ、ばぁーーか。あははははは!!」
「き、きさま……!」
「決めた。俺は誰よりも残日数を多くしてやる。
誰よりも殺した男が、誰よりも長く生きられるなんて最高じゃないか!!」
「そ……そんなこ」
ーー 残日:51日。
「あごめん撃っちゃった」
新しい目標ができてから、また毎日に生きる意味ができてきた。
人を殺すのは別に楽しくも苦しくもない。
ようは残日を増やすための行為でしかない。
殺そうとすると命乞いする人とか、
金を渡すとか子分になるとか色々言ってくる人もいた。
「なあ頼むよ。私は殺すよりもずっとメリットが有る。
私の財産、人脈、女……なんでも一気に手に入るんだぞ」
「……?」
「なんでわからないんだ! 少し考えればわかるだろう!?」
ーー 残日:67日。
男の眉間に弾丸をうちこんだ。
「……お前を殺せば全部手に入るんだから、変わらないじゃん」
これで銃の弾もなくなってしまった。
街の人達も逃げるか、自分が殺したかでゴーストタウンになっていた。
鏡を見るたびに自分の顔に刻まれた数字にうっとりする。
「だいぶ増えたなぁ……! 頑張ったもんなぁ」
預金残高をたしかめる人のように、
自分の汗と努力の結晶の残日数をたしかめる。
「これからもっともっと殺して、もっと増やしていくぞーー」
この街ではもう人はいないので、
もっと大きくてたくさん人がいる場所へ行こう。
そこではきっと今までにない楽しい体験が待っているに違いない。
自分はそれらを楽しめるだけのたくさんの時間があるのだから。
「ようし、頑張るぞーー!」
未来への期待に胸がおどったとき。
いきなり車が突っ込んできて避けるヒマもなかった。
体が浮き上がったかと思ったら、地面に叩きつけられた。
跳ね飛ばした車からは数人の男たちが出てくる。
「やったか!」
「見ろよ、こいつ67日も残ってる!」
体の痛みがじわじわと襲ってくる。
どんなに残日を増やしても死なないわけではない。
67日生きられるではなく、67日分の寿命があるというだけなのだ。
ああせっかく67日もためたのに……。
そう思うと、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
どうしてこんなやつらに自分の残日を理不尽に奪われなくちゃいけないんだ。
俺がいままでどんなに努力してきたかもわからないこいつらに。
こんな死んでもいいゴミどもに。
どうしてーー。
怒りは自分を奮い立たせるに十分すぎるエネルギーだった。
男のひとりが近づいた瞬間、急所を蹴り上げて目をつぶした。
「ぎゃああああ!!!」
「あは、あはは!! お前らバカかぁ!!
自分の顔の日数増えたの確認すれば生死の判断できたのによぉ!!」
満身創痍で首にくらいついて頸動脈を噛み切ってやった。
残りの男は「ひい」と言い残して逃げていった。
ーー 残日:75日。
「ふふ、ふふふ。俺が……俺が最強だ……。誰よりも生きるんだ……」
死んだ男の顔から残日の数字が消えたのを確認すると、
緊張の糸が切れてしまいそのまま意識を失った。
次に目がさめたのは病院だった。
体は完全に固定されていて指ひとつ動かせない。
そんなベッドの周りをカーテンで囲まれている。
「生きてる……」
ぽつりとつぶやいた声に、カーテンの向こうにいる医者が気づいた。
「あなたは車にはねられたんですよ。
そして救急車にかつぎこまれてきました」
「そんなところでしょうね」
「ところで……驚きましたよ。残日75日なんて」
医者の言葉を聞いて、思わず顔がほころんだ。
自分の大事なものを褒めてもらえると誰だって嬉しい。
「でしょう。俺は誰よりも長く生きるのが目標なんです」
「それは素晴らしい」
「先生、自分の寿命を自分の手で伸ばす快感知ってますか。
なによりも生きた実感がするですよ。わからないでしょう」
「数字を増やすのって楽しいですからね」
「まあ、この街じゃ俺が誰よりも残日をもってますよ」
「それはどうして? そう思うんです?」
医者の言葉にますます満足感が高まる。
自分の功績を褒められているようだ。
「決まってる。俺が誰よりも人を殺したからですよ。
俺以上に殺せた人なんて他にいません」
「そうですね……。たしかにあなたの残日は人よりずっと多い」
医者がカーテンを開けた。
その手には注射器をもっている。
顔はにこやかに笑っていた。
「だからその残日、私がもらってあげますね」
医者は俺の首に注射をつきさした。
薬液が入った瞬間にそれが害であることがすぐにわかった。
「だって、私は誰よりも命を救うために、誰よりも生きなくちゃいけないんですから」
不気味に笑う医者の顔には残日が浮かび上がっていた。
残日:9878日。
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