君のうしろ姿 

神傘 ツバメ

   君のうしろ姿

           君のうしろ姿



「カラオケ行こーよ!」

「えっ、俺、親に報告しないと」

「良いじゃん、行こうよー」

「分―かったよ。 しょうがねーなぁ」

「ありがとー!」


 アイツはいつも、後ろを振り向かない。


「お前、飛ばし過ぎだろ」

「良いの! 次、次! 後ろを振り返ったって、時間なんて戻らないんだから」

「だけど……」


 失恋した時も、

 大好きだったお婆ちゃんが亡くなった時も、

 そしてさっき、希望していた店での不採用が決まった時も——



「あー。楽しかった」

「お前、弾けてたなぁ」

 さんざん歌った帰り道、通っている専門学校近くの駅で、いつも俺たちは分かれて帰る。

 少しの立ち話を終えてから。


「お前、すげーな。 俺だったら、すぐに立ち直れねー」

「ダメだったからって、落ち込んでてもしょうがないでしょ。 反省なんて秒でおしまい」

「そうだけどよ……おい、危ねーぞ」

 アイツのすぐ側を、車がすり抜けるように通り、俺はいつものように腕を引っ張り、自分の側に引き寄せる。

「ありがと。 でも良く気付くね、いっつもいっつも」

「何だよ、その言い方。 もうちょっと周り見ろよ、本当に危ないんだからな」

 いつも立ち話をする場所の曲がり角には、ガードレールが無い。

 代わりに、どちらの方向からも見られる、大きめのカーブミラーが設置してある。

 それでも駅の側はやはり、交通量が多い。

 それなのにアイツの方がいっつも、立ち話をすることを楽しそうに望んで来る。

「だって必ず助けてくれるでしょ?」

「そうだけどよ。 いねー時もあるだろ」

「そうだね」

 

 そうだね、じゃねーよ……本当にケガしたら、どうするんだよ——


「ありがと。 じゃぁ、また明日ね」

「おう。 あんまり落ち込むなよ。 本命まだあるだろ」

「うん。 本命は残してある。 じゃね」

 アイツはそう言うと、嬉しそう笑った。


「本命か……」

 お互いに別々の方向に歩き出し始め、俺は二、三歩進んでから振り返る。

 いつものように——

 アイツは自分でリメイクしたカバンを揺らしながら、短く切った髪をふわりとなびかせて、振り返らずに帰っていく。

「また明日な」

 その姿を見送りながら、小さくなる背中に向かって、俺は小さく呟く。

 アイツが一度も、振り返ることがないのを知っていて——


 

 専門学校に入ってアイツと再会した時、小学生の時に一緒だったことを、俺だけが覚えていた。

「ごめん。 あたし、昔のこと、振り返らないから」

 最初はその言葉にショックを受けたけれど、半年が過ぎた頃、何故かアイツの方から話し掛けてき、

 そこから、挨拶を交わすことが増え、

 いつの間にか話すようになり、

 いつの間にか二人でいるのが当たり前になり、


 いつからか、一緒に帰るようになっていった——



                   ✿



「採用だって?」

「当然! この間の所は親の手前、受けた所だから。 遠かったし、落ちて逆にラッキーって感じ」

「マジかよ。 それなら良いけど」


 明日の卒業式が終わった後、一週間も経たない内に俺は、四月から北海道の店舗で働くことになり、アイツとは別々の道を進むことになる。

 そうなれば今までみたいに、振り返らないアイツの後ろ姿を、見つめることすら無くなる。

 そう思うと——


「明日、卒業式だな」

「そだね。 離れ離れだねー」

「言い方軽いな」

「寂しい?」

 俺の顔を覗き込むように、聴いてくるアイツ。

「寂しいのはお前の方だろ。 だから危ないって」

 また車道に出そうになるのを、俺は慌てて体を支えた。

 その横をスピードを落とさずに、車が曲がっていく。

「全く……毎回、毎回。 本当に気を付けろよな。 もう側にいられないんだからな」

 少し怒ったように、注意を促すと、

「……分かってる。 もう明日終わったら、危ないって言ってくれる人、いないもんね」

「……そうだよ」

 俯くように下を向くアイツの横を、下級生たちが横切っていく。


「もう一回……戻りたいね、最初の頃に」

 めずらしく感傷的になっているアイツに、

「……振り返らないんじゃないのかよ」

 戻りたいのは、俺も一緒だよ。

「そ、そう言えばさー、車が来るの、なんで気付けるの?」

「えー? 何だよ急に」

「だってさ、あたしなんか話に夢中で、全然気が付かないのに」

 そりゃそうだよ。 だっていつも——

 

 俺は答える代わりに、ある場所の側まで歩き、『コンコン』と、それを叩いた。

「えっ……?」

 驚くアイツ。 そこには——


 顔を真っ赤にしたアイツが、カーブミラーに映っていた。


「なんで顔、赤いんだよ」

「……知ってたから」

「えっ?」

「知ってたよ。 あたしも見てたから」

 そう言ってアイツは、側にあるミラーを見上げて、

「この場所であたしが、車にぶつかりそうになるのを、いつも先に気付いて庇ってくれるの、何でだろうって考えたら、理由……すぐに分かったんだ」

「ちょ、ちょっと待てよ……それって、ひょっとして——」 

「あたしも見てたよ、ずっと」

「えっ……?」

「いつも見送ってくれてたの、カーブミラー見て知ってたから、だからわざと振り替えらなかったの」

「あ……いや、それは」

 動揺する俺に、アイツは恥ずかしそうに言葉を続けた。

「あたしが振り返らないことを確認してから、いつも帰っていったでしょ? そこからあたしも、ずっと見送ってた。ミラーで確認してから」

「そんな……」

 同じだった。

 振り返らないことを確認してから歩き出す俺を、アイツもカーブミラー越しに見ていた。

 そして、同じように見送ってくれていた。

 振り返らない俺を、いつまでも見つめながら——


「あたしもね、違う店舗だけど北海道だから」

「そっかぁ……って、本当に⁉」

「本当。 だからまた、見送ってよ」

「そ、そりゃぁ……危ない!」

 また車道に体をはみ出した、アイツの腕を咄嗟に掴み、今度は俺の側に引き寄せる。

 お互い何故か自然と、腕を広げながら引き合うように、体が触れ合った瞬間にはギュッと、抱きしめ合っていた——

「……お前、なんでいっつも、車道側にばっかり行くんだよ」

「何でって……いつかさ、こうしてくれるかなって」

 その言葉に、俺は思わず強く抱きしめ、

「……いつも、こうしたかったんだよ」

 そう答えていた。


 ——明日の卒業式が終わった後、一週間も経たない内に俺たちは、北海道の店舗で働くことになった。

 そうなれば今までみたいに、振り返らないアイツの後ろ姿を、見つめることはもう無くなる。 だけど—— 


「……北海道って、寒いよな」

「そだね。 でもさぁ」

「んー?」

「温め合うには、ちょうど良いんじゃない」

「こんな風にか?」

「……うん。 こんな風に」



                              【 了 】

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君のうしろ姿  神傘 ツバメ @tubame-kamikasa

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