氷の下で

 少年は、火でも布団でも、母に抱きしめられる暖かさでもない何かを感じて目を覚ました。

 これは、毛?

 もふもふとした何かに包まれているようだ。

 触り心地のいいそれに、思わず手で撫でる。

 すると、毛はびくんと跳ねて少年は寒い雪の上に投げ出されてしまった。


「うわっ………!?」


 霜焼けでパンパンに腫れていた手の指が元通りになっている。

 寒さで凍死しかけていた体は暖かさを取り戻していた。


 さっきまでのは一体何だったのかと周囲をキョロキョロと見渡すが、相変わらずの暗闇でまったく何もわからない。

 途方に暮れた少年が諦めて座り込んでしまうと、眼前にいきなり白い何かが現われた。


「お、おばけ!!」


 ついお化けなんて叫んでしまったが、それは白いふさふさとした毛皮に包まれた見たこともない生物だった。

 全身はわからないが、少なくとも見えている部分だけでも知らない生物だ。

 頭部の頂点からは二本の角のようなものが生えていて、狼のように鋭い牙が並んだ口に、縦長に割れた不思議な瞳。

 その瞳にはどこか物珍しそうな、好奇心に満ちた気配が漂っている。


「え、えっと………。さっきまで僕をあっためてくれてた?」


 思い切って話しかけてみると、それは不思議そうに首をかしげている。

 言葉がわからないのだ。

 それもそうか、と少年は思う。

 狼や鳥に話しかけても返事が返ってこないのが当たり前なのだ。


「ごめん、なんか話せそうな感じがしちゃって………」


 謝ったってわからないというのに、何故か自然と言葉が出てくる。


 それはキュルルと喉をならすと、考えるような素振りを見せた後いきなり少年の背後に回って首元の服を噛んだ。そして、そのまま持ちあげると暗闇の中をしっかりとした足取りで移動をはじめる。

 どこかに連れて行きたいようだ。

 なぜだか先の不安や恐怖よりも、そう思った。


「ねえ、どこに行くの?」

《ウルル………》


 やがて、少年はどさりとどこかに投げ出された。

 ぼふっと音がして、そして急に差し込んだ光に目がくらんで思わず腕をあげる。どうやら地上に出たらしい。

 あのおかしな生物は地上の近くまで運んできてくれたようだ。

 目が光りに慣れてきたころ、薄らと目をあけると、再び氷の下に帰っていく白い獣の姿が映り込んだ。慌てて下を覗き込むが、後にはただ暗闇が広がっているだけでどこを探しても白いあの姿は見つからなかった。


「ありがとう………」


 助けてくれたことに感謝して、少年は軽くなった体を立ち上がらせる。痛みも随分とマシになっていた。

 どうやらここは村の近くらしく、少し離れた場所から噴煙が上がっている。

 吹雪は止んでいた。

 少年は急いで駆ける。

 雪に足をとられながらも、とにかく無事を確認したかった。


「かあさん………!」

「ワカツキ!!」


 村の中心で別の大人と話していた母を見つけ一目散に飛び込んだ。

 母も嬉しそうに少年を抱きしめている。


 あのあと、やつらは大半の食料を奪うだけ奪ってあちら側へ戻っていったらしい。

 父は、どこにもいなかった。

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