人と竜の始まりの物語り 

ひのりあ

PROLOGUE

 まだ日が登らない早朝。

 とはいっても、一年中雪と氷に覆われたここらじゃ、日が登っても光が差すことはない。

 雪縞鳥たちが積もった雪山にせっせと飛び込んでは、頭や背中に雪化粧を施して飛び立っていく。


「かあさん! これとうさんから!」


 雪がチラチラと降る中、カンジキをつけた少年が藁の頭巾を被りのしのしと雪をかき分けてやってきた。鼻頭を真っ赤に染めて、それでも笑顔で手を降っている。


 母親はそれにひらひらと手を振って答えてやると、息子が持ってきた凍った魚を調理するべく家の中に入った。貴重な薪を焚べて火をつける。湯を沸かそう。

 寒い!と転げ入ってきた少年は、さっそく火の周りに腰を据えて温まり始めると、魚を凍ったまま沸いた湯に突っ込んだ。


「これ!」

「あいたっ」


 ぽカッと後ろから頭を叩かれる。

 何事だと振り返れば、腰に手を当てた母親が鋭い目つきで立っているではないか。


「湯にいれるんじゃないよ。せっかくの火なんだ。焼かないか!」


 手際よく残りの魚を火の周りで焼いていく。海の水から造った塩を振り、試しに一口。

 ほかほかとした身が舌のうえを転がり、塩の効いた味が美味しい。これはうまいと手を伸ばしたのを、お玉で叩かれて落とされた。


「残りはとうちゃんが帰ってきてからだよ」


 仕方無しに食べ残した骨やヒレは鍋にいれて、そのまま大人しく待つこと二十分。扉が開く音がして、寒い外気と共に父親の疲れた声が響いた。


「はあ、まったく。今年は魚があまりおらん。こりゃ反対岸のやつらは飢えとるがしれんなあ」

「あら、そんなに?」

「わしらは森が近いからまだなんとかなるが、あいつらは川と海しかねぇからなあ」


 ドサリと少年の横に腰をおろした父は、考え事でもしているのかこめかみを揉みながら唸る。


「とうさん、なにがだめなの?」

「んあ? んん〜、そうだなあ。反対のやつらは魚がとれねえと食い物がないんさ。森までは広い平原を超えなあいかんからな」

「そうしたら、どうするの?」

「戦争さあ。こっちの食い物を奪いにくるんじゃ」

「でも川を渡らないとだめだよ」


 こんな寒い中川を渡ったら凍えて死んでしまうに違いない。


「やつらもばかじゃあねえ。上がだめなら下を掘るんさ」


 やつらは下から来る。必ずな。


 そう言った父親の言葉が、数カ月後に本当のことになるなど、このときの少年は思ってなどいなかった。

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