30代で終わったおっさんの俺は、役割『生産チート』で楽して生きていく。

るーちぇ

第1話 役割(ロール)

 人は、与えられた役割(ロール)以上のことを、誰も期待していない。


 逆に、人が役割を果たせなくなった時、その人は死を迎えることになる。


 初めて気づいたのは、令和に入ってからだった。

 令和を生きる俺たちは伝染病の社会を生きている。

 俺は家にいながらにして、多くの人の噂を風の便りで聞いた。


 国家の未来をよく話す人が増え、民主政の次の帝制を獲ろうとする人もいた。

 無謀にも正当の手段以外で職位をあげようとする人が多い中、令和社会では役割が生まれていった。


 相槌役、話の先導役、支配者役。


 社会は人に役割を期待する。


 お前はどんな役割なのかを、常に衆人環視は求めているのだ。


 俺が社会で声をあげようとする時、いつも言われた。

 お前にそんなことできるわけねえじゃん、ただの引きこもりだろ、と。


 社会は役割を期待すると同時に、役割を押し付けてくる。

 生まれながらにして、人がどんな一生をたどるのかを、神はある程度分かるらしい。


 俺の役割というのは、「社会的引きこもり」。

 引きこもったまま終わる役だったのかもしれない。


 人は、与えられた役割を超えて理想を追い求めようとすると、殺される生き物なのだ。


「あーあ。俺も皇帝獲りますなんて、言えたらなあ」


 役割『社会的引きこもり』に、そんな大言壮語なんて吐けるはずもない。

 酒池肉林やハーレムセックスを味わうことのできた、秦の始皇帝が羨ましかった。あるいはフランス革命のナポレオンか。


 引きこもりのまま、貯金残高が1000円を切っていた。

 働くなんてできなかった。令和の集団狂騒で人を見下していた結果、もう働くことができない。


 実家に泣きつくのも疲れた。

 色あせた毎日に何の感情もなかった。


 終わったんだ、俺の役割はクズのまま、すべてが終わったんだ……。

 

 夜食がまだだったと、深夜にコンビニに飯を買いに走る。


 カンカンカンカン。


 気づけば眼の前で踏切のサイレンが鳴っていた。

 いつの間にこれだけ歩いたのか、知らぬ間に赤い音色に導かれていく。


 一歩踏み出した。足がよろめいて、踏切の遮断棒につっかえる。

 その時、後ろから「ドンッ」と押された。


 内部に転がるようにして侵入した。

 地面に鈍痛とともにうずくまる


「う、うわあ」


 パァー!


 電車が来る。

 死ぬ。


「いやだ」


 死にたくないのに、その場にしゃがみ込んだままだった。


 グシャッ。


 俺は電車に轢かれた。

 後ろで若い男女が青ざめた顔で走り去るのが、ほんの片隅に映った。


 そして、俺の意識は途絶えた。



 ―――――――――――



 転生したのだと気づいたのは、気絶から目が覚めた時のことだった。

 いつの間にか森で倒れていたのだろう。

 起き上がりながら周囲を確認した。


 近くに大きな木の実が転がっていたから、これにぶつかって倒れたのだと気づく。

 何をしようとしていたのか、俺は思い出す。


 ニールという名前で……、そうか俺の役割(ロール)は『薬草採取』だ。

 この世界では、職業という名前ではなく、職位やランクを役割(ロール)という言葉で表すのだそうな。


 異世界に来てもなお、外に出れる冒険者なだけで、仕事は『薬草採取』という地味なものだった。

 

「よお、ニール。お前またそんなところで薬草採ってるのか」

「あ、あぁ……」

 

 王都の冒険者の知り合いだった。ギルドで何回か顔を合わせている。


「いつになったらダンジョンに潜れるようになるんだろうな。ま、お前の役割じゃ一生それが仕事か」

「いや、まぁ」

「じゃあな」

「……」


 俺は心の中では大きなことを思うくせに、他人には強く出ることができなかった。

 俺は弱いから何も言えない。これが常だ。


 うつむいて、仕事の薬草採取を黙々と行った。

 馬鹿にされながらも、これで日銭を稼ぐことができるのだから、立派な役割(ロール)なんだと。

 そう思ってひたすら働いた。実際は敗け役割なのだったが。


 森から王都に帰って、冒険者ギルドで換金すると、宿に帰って寝た。

 毎日金が足りないからたまに借りて働いて返す日々だった。


 男友達と話が合わない、女にモテない、辛い労働の日々。

 それから10年が経った。


 異世界で来る日も来る日も『薬草採取』だけをして、借金が金貨200枚を数えようかというところで、ついに利子が返せなくなった。

 仕事は葉っぱをちぎっていればそれだけで良かったが、ここでも敗け人生のままだった。

 かと言って、役割以外のことをやっても絶対に成功しない。


 貴重な20代を棒に振って、また死を考えなければならないのかというところで、俺のステータスに変化が現れる。


【習熟時間が10年を経過しました。役割(ロール)が進化します。】


 奴隷作業を永遠とこなし、30代になった俺の努力はようやく実を結ぶことになる。

 天から授かった役割が、進化を始めた。


【役割『薬草採取』から『生産』へ進化】


 役割『生産』

 栽培と収穫と調合が魔法の中でできる。



 奇跡でも起きたのかと思った。


「これは……?」

 慌てて役割『生産』の魔法を使ってみた。


【『生産』を発動します。生み出す作物を選択してください】


「なら、りんご」


 大きな光の円が輝いて、空からりんごが落ちてきた。


「すげえ、魔法でりんごが生まれた……」


 な、なら。

 俺がいつも『薬草採取』で採っていた薬草の、加工した品は?


【『生産』を発動します。生み出す作物は?】


「低級ポーション」


 そして、りんごにつづいて、大きな光の円からフレスコに入ったポーションも無事に生まれた。


「ははは……」


 乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 今まで、苦労して採取していた薬草。

 その加工品のポーションを産むことができれば、取引単価は数倍に跳ね上がる。


 これで未来がずっと楽になる。利子が返せる。

 希望もなにもない真っ暗な日々だったが、これからはバラ色の毎日だった。


 ポーションは、いままで飲んできたどんなものよりも回復した味の気がする。



 30代で終わったおっさんの俺は、役割『生産チート』で楽して生きていく。

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