木枯らし

 有識者会議に呼ばれず、出席できなかった有識者は、気分を変えようと、近所の喫茶店に足を運んだ。


 いつも在宅ワークで忙しい彼は、この場所に引っ越してからというもの、ほとんど外出せずにいたので、喫茶店も初めてだった。


 店のマスターは、近所でも有名なへんくつ有識者を一目見た瞬間に理解し、中庭を臨んだ特等席に案内した。

「こちら、当店のスペシャルブレンドです」


 マスターはそれ以上は何も言わず、中庭を掃除し始めた。


 彼はコーヒーを一口飲むと、こう切り出した。

「自分には…一体何が足りないのでしょうか」


 マスターは体を半回転させて、彼の方へ向くと、ほうきを止めて、静かに口を開いた。

「あなたに足りないものはありません。あなたに必要なのは、出っぱった部分をあなた自身が愛することです。

 へんくつでいいじゃないですか、あなたはもっともっとへんくつになるべきです」


 彼はマスターの顔をまじまじと見た。

「もしかすると、あなたは…」


 マスターは笑顔で言った。

「ええ、御察しの通り、元有識者です。しかし、私の場合は、ただの有識者でしたが」


「なるほど。私はもっとへんくつでいていいのですね。何だか胸のつかえがおりたようです」


「はい、有識者なんて仕事ものは、もともとあってないようなものですから…」


 マスターは小枝を掃きながら、目をつむった。


(完)

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