第60話 拾われ子の初めてのダンジョン探索 中編
地下三階は短い通路の先に一面、徒広い空間が広がっていた。
遠くに、燭台に灯る火が微かに見える。
「あの火の所まで行けば良いのかな」
『あれ以外に目印になる様な物は無いし、とりあえず行ってみようか』
「でもさ、スイ」
『何?』
「絶対何かあるぞ、此処」
『絶対何かあるだろうね』
洞窟に入ってすぐの一本道ですら、すぐに罠が仕掛けられていたダンジョンだ。こんな一見何も無い広い所が、見たままの状態な訳が無い。
『とりあえず進んでみない事には何もわからないから……』
そう言って広い空間に一歩踏み出した。
――ジャキンッ!
スイの身長よりも長い棘が地面から飛び出し、スイの前髪を掠めた。
『…………!』
心臓が盛大に跳ねた。アードウィッチへの山道で転落しかけた時の事を思い出し、コハクの声で意識を思い出から今に向ける。
「だ、大丈夫かスイ! 刺さってないか!?」
『……ギリッギリ大丈夫……あとちょっと前に出てたら危なかったけど……』
スイは伸びてきた前髪を触りながら、思っていた事を遂に零す。
『ダンジョンの罠って、こんなに殺意が強いのが当たり前なの……?』
地面から飛び出して来た棘を見る。地魔法の
『地魔法?』
「多分……でも魔力が薄いのが気になる」
コハクは、自分ならもっと魔力を込めないと
『魔法じゃない別の仕掛けか、もしくは魔力効率が良い魔法の仕掛け……になるのかな』
「人の技術はよく知らないけど、精霊が創ったって言われる方がオレは納得出来る。下に降りる毎に魔力に近いけど魔力じゃない、別の力を感じるから」
『……何かいるの?』
「多分精霊じゃないかと思うけど、スイは感じないのか? スイが精霊術使う時の力と似てるぞ」
『え?』
驚いてコハクをじっと見ると、コハクは首を傾げた。
「どうした?」
『……精霊術って、魔力を使って発動するんじゃないの?』
「オレは精霊術を使えないから判らない。でも魔力とは違うから、多分別の力なんじゃないか?」
『どう違うの?』
「…………えぇっと、何か、魔力はドーンって重い感じで、精霊術の時は濁ってなくて軽い感じ…………?」
『ごめん、よく解らない』
前足も動かして何とか表現しようとしたコハクだが、抽象的過ぎてスイには理解出来なかった。
『此処を突破しない事には何も解らないか……』
前方で主張し続ける棘を握り、スイは溜息を吐いた。
『安全第一で行こう。コハク、地魔法で棒を作れる?』
「うん」
スイの手にちょうど収まる太さの棒が創られた。スイはそれを持って一歩分ずつ地面を叩いていく。
棘の飛び出しに肩と心臓を跳ねさせたり、ぼろぼろと地面が崩れて穴が空く様に胸を押さえたりしながら、ぐねぐねと遠回りをしてどうにか三分の一まで進んだ。
スイがバッグの中から氷時計を取り出す。
『まだ半分も溶けていないけど、何処かで休憩したいな……丸二日動き続けるのはちょっと
スイの顔に疲労の色が滲む。罠とモンスターによって命の危機に晒され続けている事で、精神が磨り減ってきていた。
バッグに氷時計を戻し、前方確認しないで足を踏み出したスイは、地面が崩れて空いた穴に吸い込まれていった。
「スイーーー!?」
――わぁぁぁぁ……!
遠ざかるスイの声に、コハクは躊躇わずに同じ穴に飛び込んだ。
『えぇっと……! み、水……間に合わない……!?』
水を撃ち出して落下速度を緩める前に下層の地面が見え、スイは咄嗟に受け身の体勢を取った。着地後、転がって土汚れが付いたが、大きなダメージは無い。
「スイ、大丈夫か!?」
音もなく鮮やかに着地したコハクにあちこち目や鼻で確認される。
『ちょっと膝を擦りむいただけ。大丈夫だよ』
回復薬を取り出して飲むと、膝の傷は綺麗に治った。僅かだが、滋養強壮の効果もあるので疲労感も軽減された。
「スイ」
コハクが真剣な声でスイを呼ぶ。
『ん?』
「スイは疲れてる時、警戒心がかなり薄まる癖がある。迂闊に動かない方が良い」
『…………』
言われてみれば、異常個体を始めとして思い当たる節は幾つもあった。スイは頬を軽く揉む。
『ごめん、そうだね。疲れてる時こそ、気を引き締めなきゃ……』
「難しいけど、安心出来る場所に着くまではそうしてくれ。オレも気にかけておく」
『……ごめんね』
コハクの首元に抱きつけば、ごろごろと喉を鳴らす音と振動が伝わってきた。
「スイはまだ身体が小さいから疲れやすいんだと思う。だから気にしなくて良い。スイを支えるのはオレの役目だ」
尻尾を緩やかに大きく振るコハクはざらついた舌でスイの頬を舐める。
『……ありがとう』
「うん」
わしわしと首元を撫でて、お互いに癒されると何かを発見したコハクが前足を上げた。
「あそこに階段がある」
上りの階段だ。周りを見ると先程いた所と同じ広さの空間に見える。この階段以外は何も無い。
階段を上がると、所々に棘や穴がある広い空間に繋がっていた。地下二階への階段から正面方向に見えた燭台は、今は左側に見える。
『……? さっきより近付いた?』
落ちる前よりも燭台が大きく見える。今いる場所から落ちたであろう地点を見ると、かなり離れていた。
落下先に特に罠は無く、序盤で落ちれば下層の階段への近道となる。
『結果、落ちて良かったのかもしれないけど……この優しさをもっと別の所にも分けてダンジョン創って欲しかったなぁ……』
ぼやきながら、スイは再び棒で周りを確認しながら一歩ずつ進み始めた。
『つ、着いた……!』
じわじわと磨り減る精神力と集中力を必死に繋ぎ止めて、漸く燭台まで辿り着いたスイは座り込んだ。予想通り、燭台の側には下への階段があった。
『……薬草の匂いがする……』
階段の下から仄かに青い匂いが香ってくる。コハクも階段に鼻を近付けて動かす。
「ちょっと違う匂いもする」
『どんなの?』
「纏わりつくような匂い」
『……ブロウリーラナッツ?』
纏わりつくような匂いと言えば思いつくのは青紫色の木の実だ。だが、コハクは首を左右に振った。
「あれ程強くは無いんだ。草の匂いもする」
『……モンスターはいないよね?』
ブロウリーラナッツ以外に思いつく物が無い。
疲れて気配感知に自信が無くなってきたのでコハクに確かめたが、それには縦に首を振った。
『降りてみようか。匂いの元を確認したい』
一段、また一段と降りていくにつれて強くなる匂いに、スイは纏わりつくようなそれの元に気付いた。
『……え、花? 地下に花が咲いてる?』
西の果ての森に自生するものよりも香りは強くないが、確かに花の匂いがする。足を早めて地下四階に降りると、一面に薬草や毒消し草、食用の香草、花など多種類の植物が生えていた。
「
『コハク……』
鼻が良いコハクに、様々な植物が一面に広がっているこの場は
『……何処かで休めないかな……』
ふらりと歩き出したスイをコハクが呼び止める。
「スイ、待って」
『! あ、そうだ……ごめん』
迂闊に動くなと言われたばかりだ。
スイは頬をぺちぺちと叩く。瞬きの回数が多い。
「オレが前を歩くから、スイは後ろから着いてきて」
『うん』
コハクが耳や鼻に意識を集中させながらゆっくりと地下四階の中央まで歩いていく。
ぽっかりとそこだけ、円状に踏み鳴らした様に草が倒れている。その中心には見た事がある石が埋め込まれている。
『これ、結界石だ……』
最後に見たのは、マリクとレイラを西の果ての森からオアシスに運んだ時だ。
その時を思い出して、視界が歪んだ。急いで袖で両目を擦った。
「嫌な気配は何も感じない。此処が多分一番安全だ」
『この結界石、起動して良いのかな……』
「オレ、離れてた方が良いか?」
『あ、どうだろう……任意の対象を内側に入れる事が出来るけど、モンスターってその対象に入れられるのかな……?』
本来はモンスターから町や人を護る為の物だ。コハクが入れるかは判らない。
『ごめん、一旦離れててくれる? コハクも対象に入れて起動してみる』
「解った」
コハクが充分離れたのを確認すると、スイは頭の中で自分とコハクを想像して結界石に魔力を流した。
ちょうど草が倒れている範囲で半円状に結界が作られた。
『コハク、入ってこれる?』
スイの呼びかけにコハクが恐る恐る前足を結界に伸ばすと、弾かれる事無く通過した。
目を丸くして一瞬動きを止めたコハクは、スイに駆け寄る。
「オレも入れた!」
『良かった……! これでコハクも一緒に休めるよ!』
抱きしめあって喜んでいると、コハクが何かに気付いた様に鼻を動かした。
『どうしたの?』
「匂いがしなくなった。結界の中にある草の匂いしかしない。それもかなり薄くなった」
ふんふんと下に生えてる草の匂いを嗅いでいるコハクは穏やかな顔をしている。混ざりあった植物の匂いが余程強かったのが解る。
スイは周りに目を向けた。
『……あれ、あの花……』
結界の境目に咲いている白に近い薄青色の花にスイは見覚えがあった。アイテムポーチからレイラに貰った図鑑を取り出す。
『(確かこの辺だった筈)』
パラパラと捲り、同じ形の花が描かれたページを見つける。
『(やっぱり月光花だ……)』
西の果ての森には自生しておらず、レイラに図鑑を見せて貰いながら教えて貰った植物のひとつだ。
心を落ち着かせる作用があり、
花自体も慎ましやかな見た目と色合いで、北大陸や東大陸出身で好む人が多いと聞いた。
『(……ごめんなさい、少しだけください……)』
このダンジョンと月光花に心の中で詫びて、幾つか採取した。
手の中にあるそれに顔を近付けると、優しく甘い香りがする。途端に、強い睡魔が襲ってきた。
重い身体を動かして、コハクの所まで戻るとスイは倒れる様に横になった。
「スイ!? どうした!?」
『……ごめん……すこし、ねむ、る』
どうにかそれだけ伝えると、スイの意識は途切れた。
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