第59話 拾われ子の初めてのダンジョン探索 前編
中央大陸中央部、王都から北西に三日程の林の中にある半円状の岩の塊。
スイとコハクはその岩の前に立っていた。
「これがリロの洞窟?」
『町で聞いた内容と周りの状況が同じだから多分そう。中に地下への階段があるし』
一箇所だけ大きく空いている穴から中を覗けば、地下へ降りる階段があった。
「広さによっては下まで行って戻ってくるのに時間が掛かるんだろ? 太陽が見えないのにどうやって時間を調べるんだ?」
『これを使うよ』
スイはアイテムポーチから手の平に収まる大きさの砂時計の様な物を取り出した。
砂時計と違い、ガラスの中には砂ではなく水が入っている。
「何だ、これ?」
『町で買った、氷時計って言う魔道具。未探索のダンジョンに潜る冒険者がよく持ってるんだって』
「氷時計? 中に入ってるの水なのに?」
『上の部分に氷の魔石があるんだけど、そこに魔力を流すと中に入ってる水が凍るみたい。この魔道具全体に特殊な術式が組まれてて、その氷が全部溶けきるのにちょうど一日掛かるんだって』
「あ、それで時間を把握するのか」
『そう。溶ける度にまた氷にして、全部で二回溶けきったら地上に戻り始めよう。王都まではここから三日だから、ギリギリだけど間に合う筈』
階段の手前で足を止め、魔道具に魔力を流すと中の水が凍った。アイテムポーチの中は時間が止まっているので、何の魔法も付与されていないバッグに氷時計を入れた。
『じゃあ、行こうか』
「うん」
両側の壁には光る苔が生えていて、松明を使わなくても一定範囲は視界が利く。
階段を降りた先は道だった。幅はサンドホースの馬車が二台並べる程ある。
『町で会った冒険者の人は、ダンジョンにはモンスターだけじゃなく罠もあるって言ってた』
「あ、オレも聞いた。主人が落とし穴に落ちて大変だったって」
『モンスターと違って罠に気配なんて無いからなぁ……慎重に行こ、う?』
踏み出した右足が沈んだ。見ると、右足を中心に四角く床の一部が凹んでいる。
「!? スイ、後ろに魔力を感じる!」
コハクの緊迫して声に振り向くと、空間に
何が起こるのかわからず、歪みから目を離さずに、スイとコハクは後退る。
――バチィッ!
スイとコハクの間を、稲妻が
「……スイ、あの歪みから色んな魔力を感じるぞ……!」
歪みからちらりと見えたのは赤く揺らめく何か。
刹那、魔力の増大を感じてスイは反射的に膝を折って体勢を低くした。
頭上を噴射された炎が通り抜けていった。あのまま立っていれば、頭が炎に包まれていただろう。
『………………』
「………………」
スイもコハクも声が出ない。ただ、非常にまずいという事だけはどちらも理解した。
次に歪みから感じ取れたのは、スイがよく知る程に馴染み深い魔力だった。
『逃げよう、風魔法がくる!』
「う、うん!」
風魔法は他属性の攻撃魔法と違い、視認する事がほぼ出来ない。歪みを振り返りながらスイとコハクは走る。
『コハク、私の事は気にしないで先に行ってて!』
「駄目だ、スイを置いてく訳には……!」
『私がくらっても大した傷にはならないから! 早く!』
「…………!」
地属性を持つコハクは、相反属性の風魔法をくらうと大きなダメージを受ける。歪みから放たれる魔法の威力にもよるが、上級魔法をくらった場合、致命傷になってしまう可能性が高い。
コハクは苦渋の決断で先を走っていった。
『(この魔力の感じ……ハッシュか……!?)』
無数の風の刃を放つハッシュは中級魔法に分類される。風属性を生まれ持つスイは風魔法への耐性が高いが、全くダメージを受けない訳じゃない。僅かなダメージも積み重なれば命は危うくなる。
『……ハッシュ!』
歪みから魔法が放たれた事を魔力の流れで感知して、スイも振り返って同じ魔法を放ち、相殺を狙う。
幾つかは立ち消えたが、相殺し切れなかった風の刃がスイに襲いかかった。
『くっ……』
掠った腕や脚から血が舞ったが、スイは気にせずに次の魔法が来る前に前を向いて走った。
「スイ、こっちだ!」
曲がり角からコハクが顔を出していた。
後ろからは地属性の魔力を感じる。
『
防衛策として発動させた
『貫通した……!?』
「
勢いをやや失いながらもスイに向かっていた岩礫は地面からせり出した壁にぶつかって止まった。コハクが駆け寄ってくる。
「大丈夫か、スイ!」
『だ、大丈夫……ありがと、コハク……』
息を切らしながら、スイはそっと壁の向こうを見る。放たれたの岩礫は、大きさこそ拳大だが楔形に先端が尖っていた。
当たっていたら肉を簡単に突き破っていただろう悪意ある形状に、冷や汗が出た。
『かなり離れているのに飛距離も威力も凄い……あの歪みの中どうなってるんだろ……あれ?』
歪みの方に目を向けると、そこには何も無かった。魔力の残滓すら感じられない。
「さっきので全部打ち切ったのか?」
『それとも射程範囲から外れたか……どっちだろうね』
「あの罠作った奴が
珍しく辛辣な言葉を吐いたコハクだが、スイも真剣な顔で頷いた。
『ダンジョンって自然の力で作られるってダドリックさんが言ってたけど、これは何か意思を感じるよね』
ダドリックは、その特性上ダンジョンは精霊の戯れとも呼ばれると言っていた。それならば。
『……精霊の意思? 空間の歪み自体も、相反属性を含む魔法発動の術式も、人じゃ作れないだろうし』
「有り得るぞ。精霊って変わりものらしいからな」
『こんな罠、変わりものの範疇越えてるよ……』
階段を降りてすぐにとんでもない目に遭った。こんなものがこれからも続くと思うと、少し怖い。
「出るか?」
『……せっかく来たんだし、進んでみるよ。まだ素材ひとつも採ってないし』
スイは曲がり角を曲がる。道は一本道の様だ。
『迷わないのは良いけど、さっきみたいな罠を起動させたら逃げ場が無いね』
「全力で次の曲がり角まで走るしかないな」
『ダンジョンに慣れていたり、
『無いものには頼れないから、気を付けて行かないと』
「そうだな」
一本道を通り抜けた先は階段だった。地下二階に降りると、これまでは無かったモンスターの気配を感じた。植物もちらほらと生えている。
『ここからは戦う事になりそう』
「魔法が連続で飛んでくる一本道よりマシだ」
ショートソードを抜いて、奇襲に備えながら進んでいると突き当たりで左右に道が分かれていた。
『この階には分かれ道があるのか……』
「右と左、どっちに行く?」
『んー、左にしようかな』
「何で?」
『何となく』
左に曲がり、その先のある道を進むと西大陸で何度も討伐した気配を感じた。
『
洞窟蝙蝠は目が無い。代わりに気配と魔力感知に長けていて、離れた場所の敵にも気付く。
「数はそんな多くない。他のモンスターもいない」
『一気に倒そう』
拓けた場所に出ると、洞窟蝙蝠達が襲ってきた。西大陸北東の山道で洞窟蝙蝠の討伐に慣れているスイは、魔力を温存しながら難なくすべて倒した。
『(こんな風に広い所もあるのか)』
「スイ、あそこに薬草が生えてる」
『え?』
部屋の隅、コハクが指す方向に薬草が群生している。スイは数株を採取してからぐるりと見回した。
『行き止まりだね。さっきの分かれ道まで戻ろう』
歩いて来た道を戻り、分岐路をまっすぐ進むと突き当たりに石櫃があった。
「あれ、こっちも行き止まりだ」
『入り組んだ階層じゃないから他に通ってない道は無いし、隠し通路かな……』
スイは壁を触りながら石櫃に近付く。蓋を開けようと左手で触れかけた時、僅かにだが勝手に蓋が開き、魔力が漏れ出た。
『っ!?』
スイが左手を引くと同時に石櫃が襲いかかる。蓋と本体にある牙がガシャガシャと音を立ててスイに喰らいつこうとする寸前、本体に地魔法が撃ち込まれた。
「ヴェー……」
『喋った……!?』
「スイ、怪我は!?」
『だ、大丈夫。ありがとう』
急いで石櫃から距離を取って様子を見ると、ひっくり返って離れていた蓋がゆっくりと動いて本体に戻っていく。よく見ると蓋と本体の間が陽炎の様に揺らいでいる。
『魔力で繋がってる……? もしかして、ミミック?』
「あいつ、どうやったら倒せるんだ?」
『箱を壊せば良いっておじいさまは言ってたけど……』
石造りの身体に斬撃は効かなそうだ。地属性なら風魔法が効くが、相手から感じる魔力は地属性ではない。
「オレの爪もスイの剣も通じなさそうだぞ」
『氷魔法と地魔法をひたすら撃つしかないかな』
「よっし」
スイとコハクが魔力を集中させる。
『
「
「ヴェェェェ!!」
礫の雨を、石櫃は器用に掻い潜りながらふたりに噛み付こうとする。しかし全部は避け切れず、当たった箇所から欠けやひび割れが生じ始めた。
『はっ!』
飛びかかってきた石櫃にショートソードで一撃入れたが、手が痺れるだけで大したダメージにはならなかった。噛みつかれる前に後ろに跳んで離れる。
『(やっぱり効かないか)』
右手を振って痺れを緩和させる。スイは水魔法を石櫃に当てると、間髪入れずに氷魔法を放った。
『
「ヴェ……!?」
床ごと凍った石櫃は動けずに焦りの声をあげる。
「
石櫃の本体を猛烈な速さの岩が撃ち砕く。破片を飛び散らせた石櫃から、黒い靄が抜け出ていくのをスイは見逃さず、靄を魔法剣で斬った。
「ヴェェェェ……!!」
濁った絶叫をあげて黒い靄は消えていった。
『……倒したかな……?』
そっと近付いて窺うが、魔力はもう感じない。
スイは深く息を吐いた。
『はー……びっくりした……あんな形のミミックがいるなんて知らなかった』
「別の形があるのか? そもそもミミックって何なんだ? ああいう生き物じゃないのか?」
「私がおじいさまから聞いたのは、宝箱型だった。下位の悪魔が物質に宿って擬態して、人間を襲うのがミミックなんだって。だから元は本物の宝箱みたいだよ」
「悪魔なのか……あ、スイ、この中に何かあるぞ」
『え?』
崩れて山となった石櫃の破片にマズルを突っ込み、匂いを嗅いでいたコハクが何かを見つけた様でマズルを抜いて前足で崩していく。
中から出てきたのは、緑色の石がはめ込まれた腕輪だった。
『綺麗。何の石だろう?』
左手首に着けている防封印の腕輪と似た様な澄んだ魔力を感じる。
「それも耐性系の装備か?」
『そうかもしれない。王都に着いたら鑑定してもらおう』
破片を払って、アイテムポーチに入れるとスイは三方向の壁を探った。
しかし何も仕掛けは見つからない。
『隠し通路はここじゃないみたいだね……』
「さっきの広い場所に戻ってみるか?」
『そうしよう』
再びスイとコハクは道を戻る。途中、分岐路に差し掛かった時、スイとコハクは足を止めた。
『……おじいさま、一番怪しくない所こそ怪しいと思えって言ってた』
「オレも、ここが気になる」
地下一階への階段からまっすぐ進み、突き当たりとなるこの分岐路。戦闘後で感覚が冴えているのか、左右どちらの道でもなく、正面の壁にスイとコハクは違和感を覚えた。
『えいっ』
壁に向かって剣を振ると、響く音も手に伝わってくる筈の衝撃も無く、すり抜けた。
壁は消え、まっすぐ奥へと続く道が姿を現した。薄らと奥に下への階段が見える。
『魔法を放ってくる歪みに、ミミックに、幻影壁に隠された通路……』
「スイ、此処作った奴絶対騙し討ちとか好きな奴だぞ。オレそう思う」
地下二階迄で、命の危機を感じる事二回。何とか対応出来ているので、
『……気を引き締めなきゃね。油断してると呆気なく殺られそう』
「西大陸を思い出すな」
『そうだね』
気を張りすぎる事無く、しかし緊張感を常に持って歩かなければならなかった西の果ての森や砂漠。
中央大陸に来てもうすぐ二ヶ月経つが、気を抜きすぎていたと思い知らされる。スイは息を吐くと、両手で頬を叩いた。
『行こう』
次に襲ってくるのは罠か、モンスターか。
隠し通路を通って、スイとコハクは地下三階への階段を降りていった。
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