第57話 拾われ子に必要なもの
惨殺事件の犯人達を捕えたが、ノズチは逃がしてしまった翌朝、太陽が昇る頃。
スイは手に持つ薬瓶を見ながら、浮かない顔をしていた。
「スイ、それ飲まないのか? 血が増えるんだろ?」
『……そうなんだけど……』
昨夜、失血でふらついていたスイにゲレオールが渡した増血剤。
スイは昔レイラに教わりながら作った事があり、それの臭いをよく知っていた。
蓋を外して、出来る限り自分から離してコハクに近付ける。
「……臭っ!!」
ぎゃおん! とコハクが悲鳴を上げた。スイは瓶の蓋を締める。
『材料に野菜や果物だけじゃなく、魚介類も使ってるから……こうなるんだよね……:』
効果はあるらしいが、悪臭と言える
臭い程ではないが、味にも苦情が出ている。
『……飲んだ方が良いのは解るんだけど……でもなぁ……うぅぅ……!』
一晩寝ただけでは当然血は増えず、スイは未だに身体の不調を感じている。昨晩寝る前に飲んでおけば良かったと思っても遅い。
『はーーー…………』
長い溜息を吐くと、意を決してスイは瓶の蓋を外して一気に呷った。
口直しに水を飲んだら、口の中のえぐみが増して残り続け、生臭さが胃の中から上がってきて状況が悪化した。
『……うぇぇぇ……!!』
涙目でスイは唸る。
『……お昼まで寝る……!』
「う、うん。おやすみ」
ふらつきや倦怠感があるままで町を出るのは危険なので元々出発を延ばすつもりだったが、増血剤の後味が悪過ぎて気分が悪くなり、スイはベッドに戻った。
昼頃、目を覚ましたスイは起き上がって身体を
『(効果は確かにあったけど、味と臭いを本当にどうにかしてほしい……)』
歯を磨きながら増血剤の改善を切実に願った。
宿を出たスイとコハクは、昨晩の働きに対する報酬を受取りにギルドに向かう。町の中は昨晩の話題で持ちきりだ。
「例の事件の犯人達、ハンターが捕まえてくれたんでしょ?」
「でも一人逃がしたって聞いたわ」
「そうなの? 高い報酬貰ってるんでしょうし、しっかりしてほしいわ」
宿から見てハンターズギルドは斜向かいにある。その僅かな距離でも噂話はスイの耳に聞こえてきた。
『………………』
その時現場で何が起こっていようが、人々にとっては関係なく、結果が全てでしかない。
それに逃がしたのは事実だ。
そう思っても、スイはやるせない気持ちを抱きながらギルドの扉を開けて中に入った。
「ハンタースイ、昨日はお疲れ様でした。此方が昨日の報酬です。ご確認ください」
『……全員捕まえられなかったのに、こんなに貰う訳には……』
「正当な報酬だ。受取れ」
受付嬢の隣で顔を見せたゲレオールがそう言った。
「賊の半数を従魔と共に捕え、残る一人の情報を持ち帰った。逃がしたのは確かに残念だが、これで指名手配出来る。Dランクハンターとしては充分な成果だ」
『……はい』
受け取った報酬がやけに重く感じる。
「外で何か聞いたのかもしれんが、ハンターの仕事は結果が大事だ。嫌な声を聞きたくなければ、結果を出すしかない」
『……解りました』
「幻滅したか?」
『…………』
違うとは言い切れずにスイは俯いた。
「感謝されるばかりじゃない。失敗すれば文句を言われ、討伐は命懸けの場合もある。それがハンターというものだ。漠然とした憧れだけでハンターになったのなら、長続きはしない」
『……はい』
「誰に何を言われようと、自分はハンターで在り続けるのだと言う確固たる信念が無ければ潰れるぞ」
マリクの様なハンターになりたいと思った。
シュウとの約束を果たす為にも、
『……ボクは、ハンターを続けます』
憧れだけでは足りないと言うのならば、どうするか。
『ボクがハンターで在り続ける理由を、絶対的な信念を、旅をしながら見つけようと思います』
「そうか。スイがその答えを見つけ、ハンターとして更に活躍する事を願っている」
『ありがとうございます』
「旅の予定を狂わせて悪かったな。体の具合はもう良いのか?」
『……いただいた増血剤のおかげで……』
思わず渋い
「効いたなら何よりだ。だが、やはり味と臭い改善の要望は出しておいた方が良さそうだな?」
『お願いします』
被せ気味な答えに、切実さが窺えてヴァレンスは遂に声に出して笑った。
「医療ギルドに伝えておく。スイの旅路に幸運がある事を願っている」
「ありがとうございます。ヴァレンスさんと、この町の皆さんに光龍の加護がありますように」
スイはコハクと共にギルドを出た。町の出入口で出発手続きを済ませて、また東を目指す。ふと、昨日の男の事を思い出した。
『……昨日の人とは、もう会いたくないな』
「オレも」
独り言として呟いた言葉だったが、コハクから返事があった。顔を見ると、眉間に皺が寄っている。
「オレあいつ嫌い! 誰がワンコロだ!」
不機嫌な声を出して怒るコハクは、傍から見ると怖い。町の中じゃ無くて良かったと思う。小さい子は泣くかもしれない。
『強かったな……それにあの剣、刀だっけ。ハンターシュウが持ってるのも多分そうだよね。形が似てた』
「刀とスイの剣なら、刀の方がすぐ折れそうなのに硬かったな」
『当てる時に上手く角度をずらして衝撃を逃がしてたからだと思う。ハンターシュウも、私との手合わせで武器同士をぶつける時にそうしてた』
シュウとの修行の日々を思い出して、スイは心底思う。
『ハンターシュウに修行つけてもらって本当に良かった……あの経験が無かったら、昨日死んでいたかもしれない』
武器にはそれぞれの形状に合った戦い方がある。そこに使い手の動きの癖や技量も加わってくるので皆同じ戦い方になる訳ではないが、武器について知っているのと知らないのとでは大きな差がある。
『んんーー……あ』
スイは両手の指を絡ませて手の平側を前方に突き出し、腕の筋を伸ばす。
左手首に着けている物が太陽の光を反射した。
『(……何か、いっぱい助けてもらったなぁ……)』
『(次会った時に、何かお礼しないと。でも何が良いんだろう……?)』
Bランクハンターともなると依頼の数自体は減るが、一件毎の報酬が高額になる。アードウィッチでの発言からして、かなり稼いでいる事も窺える。
必要な物があれば、値段が張っても質の良い物に拘って買いそうだ。
『(……手伝う仕事を増やした方がお礼になりそうかな……)』
下手に物をあげるより、そっちの方が役に立てそうな気がした。
「次はどの町を目指すんだ?」
『次はね……』
スイは地図を取り出してコハクに見える様に広げた。
『エンブルクの町からは東北東にあるペリアの町かな。野宿してもっと先まで歩く事も考えたけど、ノズチと鉢合わせてまた暗闇で戦う事になったら嫌だから、暫くは町に泊まろうと思ってる』
「賛成だ。それに、スイはまだ全快じゃないだろ?」
『……無理はしてないよ?』
どきりとしたが、無理をしていないのは本当だ。コハクに叱られてから不調がある時は早めに休む様にしている。
「解ってる。無理してたらさっきの町から出してない」
『……コハク、何だか厳しくなったね……』
「スイを支えたり、止めたりするのが俺の役目だからな!」
鼻息荒く、誇らしげな顔をするコハクは頼もしいが、身体と共に中身も大人に近付いた様でちょっと寂しい。
自分も早く大人になりたい。昨日の戦いでも実感したが、やはり体格の差は大きい。
『……荒っぽい止め方はやめてね?』
「スイにそんな事はしない。ちゃんと首を甘噛みして運ぶ」
『いや荒い荒い。人間を襲ってると思われてコハクが攻撃されるかもしれないから、それはやめて』
完全に肉食獣に仕留められてしまった人間の図である。
スイは改めて、無理はするまいと決意した。
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