第54話 拾われ子とエンブルクの町
あと数日で中央大陸に来てから
空気は更に冷たくなり、地面を覆っていた赤や黄の葉は茶へと色を変えた。道の上に積もっていた葉は踏まれて粉々になり、風に攫われて落ちた先で大地へと還る。
数日前に訪れた町で買った防寒具の襟元を引き上げて、スイは地図を見ながら歩いていた。
『今日泊まる予定の町が、西の関門から王都迄のちょうど中間地点になるね』
「ちょっと予定より早い?」
『そうだね。早めに休んだ日もあるけど、次の日にペースを上げて歩いたし、たぶんそのせいかな。このまま進めば、リロの洞窟に潜る余裕がありそう』
「無理はダメだぞ?」
『解ってる』
コハクの頭を撫でると、スイは地図をアイテムポーチにしまい、次の町に向かって歩いた。
「道中、何も無かったか!?」
夕暮れ時にエンブルクの町に着くや否や、衛兵に詰め寄られてスイは目を丸くした。
「おい、唐突に訊いたら驚かせるだろ! 少し離れろ! すまんな、坊や」
『は、はい。えぇっと……特に何もありませんでした』
「そうか……それなら良かった……驚かせてすまなかった」
「悪かったな。こいつは仕事熱心なんだが、少々心配性でな。子どもとモンスターが町に向かってくると見張りから聞いて、焦ってしまっただけだから許してやってくれ」
『ボクは気にしませんが……近くで何かあったんですか?』
スイの質問に、衛兵同士は顔を見合わせた。教えるべきかどうか逡巡している。
「旅をしているなら教えておくべきだ」
「しかしこんな惨い話を子どもには……」
「だからこそだ! 話しておいた方が良い」
スイはハンターの証を提示した。
『Dランクハンターのスイです。何か起きているなら聞かせてください。それと、モンスターも泊まれる宿があれば、宿泊での滞在を希望します』
銀鉱石が光るハンターの証を見て、今度は衛兵達が目を丸くした。
提示された証を受け取った一人が、急いで情報照合に当たる。
「た、確かに西の関門の通行記録がある。前回の滞在は西にあるケンブルクの町。
「こ、これは失礼した。まさか、ハンターとは……宿ならある。こちらの書類に記入を頼む」
ペンと書類を受け取ったスイに、衛兵が「実は」と切り出した。
「ここ最近、惨殺事件が続いていてな……旅人が身ぐるみすら剥がされて殺されるのが相次いでいる。大人も、女子どもも関係無くだ」
『ギルドの動きはどうなっていますか?』
「犯人の目撃情報が無いから、指名手配は出来ていない。だが、冒険者・ハンターズ両ギルドは警戒態勢を取っている。更に詳しい事が知りたければ、ギルドに行ってくれ」
『解りました』
スイは記入を終えた書類を提出する。衛兵は受け取ると不備が無い事を確認し、スイにハンターの証を返した。
「モンスターが泊まれる宿だが、町の中心にあるハンターズギルドの近くに青い屋根の建物がある。そこならモンスターも受け容れてるし、宿代も良心的だ」
『解りました、ありがとうございます』
「では、開門!」
門が開くと、スイは町の中に入り、まずは宿を探した。青い屋根の建物を見つけて入り、宿泊手続きを終えると、そのまま向かい側にあるハンターズギルドに入った。ロビーは喧騒に満ちている。
「また旅人の死体が見つかったとよ……」
「あぁ、聞いたよ。今度は親子だったらしいじゃないか……」
「子どもが酷ぇ有様だったって話だ。胸糞悪ぃ……」
聞こえてくるのは例の事件の被害状況ばかりだ。
スイは受付にハンターの証を提示して話しかけた。
『こんばんは。先程この町に来たばかりのハンターで、スイと言います。最近起きてる事件について、詳しい事を教えてください』
「え、ハ、ハンター……!? えぇっとですね……!」
小さいハンターの登場に慌てた受付嬢だったが、詳細を話してくれた。
曰く、被害に遭ったのはすべて
襲われた人が全員亡くなっており、目撃情報が無い為に確証も無く、指名手配を出来ていない。複数犯によるものだと推測はしている。
「見つけた場合、情報を得る為に主犯格は生かして捕縛する事を求めています」
『犯人達の目星はついていないんですか?』
「……目撃情報が無いので……」
受付嬢は先程と同じ言葉を繰り返した。スイは僅かな違和感を覚えたが、食い下がらずに引いた。
『旅人達が襲われた場所は教えてもらえますか?』
「はい、こちらをご覧ください」
差し出されたのはエンブルクの町周辺の地図だ。赤のインクで印が付けられている。
スイは地図を見てだいたいの位置を覚えると、受付嬢へ地図を返した。
「この町には長く滞在するのか?」
突如聞こえた太い声に驚いて受付嬢を見ると、受付嬢も驚いた顔をした後に背後を振り向いた。
「し、支部長!」
支部長と呼ばれた男性は腰を曲げて受付の窓越しにスイを見ると、すぐに受付横のドアからロビーに出てきた。
「小さきハンター、俺はエンブルクの町のハンターズギルド支部長、ゲレオールだ」
アッシュブロンドの髪に、同じ色の顎髭、薄氷色の眼が特徴的の五十代程の男性はそう自己紹介をした。
『Dランクハンターのスイです。隣にいるのが相棒のコハクで、この町は明日の朝に出る予定です』
スイは自己紹介と出発予定を伝える。
「少し話がしたい。時間はあるか?」
『はい。コハクも一緒で良いですか?』
「構わん。着いてきてくれ」
ゲレオールは支部長室へとスイとコハクを連れていった。
中に入ると三十代後半と思しき男性が二人、ソファーに座っていた。コハクを見て、一人が弾かれたように立ち上がった。
「
「落ち着け、ダニエル。このハンターの従魔だ」
「従魔……!? 灰色獅子狼が……?」
「その子が主か? 随分小さいな」
『……そんなに小さくはないと思いますが……』
スイは不満げに文句を零した。
ゲレオールにも小さいと言われたが、スイの身長は年齢的には平均位だ。特別低い訳では無いし、西の果ての森の小屋を出た時に着ていた服は裾や袖の長さが合わなくなったので、少し伸びてすらいる。
「おっと、それはすまなかった。俺はCランクハンターのヴァレンスだ」
『スイです。Dランクハンターで、この町には先程来ました』
「もしや、西大陸から来たか?」
『そうです』
「西大陸の最年少ハンターの噂は聞いてたが、そうか、お前か……いや、勇敢なるハンターに会えて光栄だ」
ヴァレンスが差し出した右手を、スイは握り返した。咳払いが聞こえ、スイが顔を向けるとコハクに驚いていた男が気まずそうにしていた。
「先程は恥ずかしい所を見せた。ヴァレンスと同じCランクハンターのダニエルだ」
『スイです。よろしくお願いします』
ダニエルとも握手を交わし、スイはゲレオールに促されてソファーに座る。コハクはその足元で腹を床に付けて座った。
ヴァレンスがゲレオールに訊ねた。
「この場に呼んだって事は、スイも作戦に参加させる気か?」
「そうだ」
「待て支部長、スイを参加させるのは危険すぎる!」
「ランクはD。
「まだ子どもだぞ!?」
「ダニエル」
ゲレオールは薄氷色の眼をダニエルに向けた。色のせいか、その視線は冷たく見える。
「適性試験を合格した時点で、実年齢がいくつだろうがそいつは一人前の大人として扱われる。それがハンターズギルドの方針だ。スイもそれを理解しているな?」
『はい』
「…………っ!」
ゲレオールの言葉とスイの肯定に、ダニエルは音を立てて歯を食いしばった。
「この二人だけに頼むつもりだったが、最大の適任者と言えるスイが現れた。すまないが協力してほしい」
ゲレオールが声を掛けて来たタイミングを考えると、例の惨殺事件と関係があるだろう。
スイはそう考えると頷いて、ヴァレンスとダニエルと共にゲレオールから説明を聞く事にした。
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