第53話 拾われ子の従魔の役目
平原に倒れるキラードッグ達。すべて、スイとコハクに襲いかかってきたものだ。
スイはアイテムポーチにキラードッグを入れながら、回復薬を煽った。
その様子を見ていたコハクが、躊躇いがちにスイに提案する。
「なぁスイ、今日は次の町で泊まらないか?」
『……どうして?』
そう訊ね返したスイの顔は、青白い。動きにキレが無いから、いつもなら無傷で倒せる様な相手に傷を負わされる。
寝不足で身体が不調なのもあるが、今のスイは何よりも精神的に不安定過ぎた。戦える状態では無い。
「怪我をし過ぎだ。戦いに集中出来ていない」
『……ごめん、気を付ける』
スイはそう言って空になった薬瓶と最後のキラードッグをポーチにしまった。
歩き出したスイの後をコハクは無言で追う。
それ程経たずに、またキラードッグ達が襲ってきた。
「しつこいな!」
コハクは苛立ちながら地魔法や爪で倒していく。しかしキラードッグの多くはスイの方に向かっていき、残った数匹がコハクを足止めした。
「スイ! このっ、退けお前ら!」
弱そうな、或いは弱っている獲物を狙うのは狩りの定石だ。今、スイはキラードッグ達に獲物だと認識されている。だから引切り無しに集まってくるのだ。
一匹のキラードッグがスイの死角から飛び掛かる。スイは反応に遅れ、剣を構えた腕が切り裂かれた。
『ぐぅっ……!』
「スイ! お前ら……!」
コハクの魔力が陽炎の様に立ち昇る。
「いい加減にしろ!!」
『!?』
怒気と強い魔力が乗った咆哮により、威圧のスキルが発動した。スイの肩が跳ね、コハクより格下のキラードッグ達はすべて泡を吹いてその場に倒れた。
コハクはスイに近寄ると立ち上がり、呆然と自分を見るスイを押し倒した。
『
コハクは答えずにスイの喉元に僅かに牙を立てた。スイの目が大きく開かれる。
「スイ」
『な……何……?』
困惑と微かな怯えがスイの目に浮かぶ。
首にコハクの生暖かい息がかかる。
「西大陸でバンディットウルフにやられた事をもう忘れたのか?」
『!!』
「スイが死ぬと、オレも死ぬ」
『………………っ』
「それ自体は、オレは別に良い。スイと
でも、とコハクはスイの首から顔を離して、スイを見下ろす。
「故郷の事を知らないまま、シュウとの約束も果たさず、王都に行くって目的すら果たせずに死んでオレと一緒に世界に還るのは、スイの本懐じゃないだろ」
『………………』
スイは両腕で目を覆う。
『…………うん』
「シュウが教えてくれた。人間の従者は主に付き従うものだけど、主が道を間違えそうになったらそれを正すのも役目だって」
『…………うん』
「オレは人間じゃないけど、スイの従魔だから役目は同じだ。オレはスイに死んで欲しくないし、こんな所で何も果たせないまま、死なせたくない。無理をするのは、今じゃない」
『……っ……ぅん……!』
ぐずっ、とスイが鼻を啜る。震える声で言葉を紡いだ。
『……ごめん……!』
あんなに反省した筈なのに、同じ事を繰り返した。
スイは自分の愚かさを強く恥じる。
「うん。今日は、次の町で休もう?」
『うん……!』
首を縦に動かしたのを見て、コハクはスイの上から退く。ぐすぐすと鼻を鳴らすスイが起き上がるまで、コハクは待ち続けた。
回復薬を飲んで腕の傷を治した後、昼頃に着いたモンペールの町で、スイは宿泊有りの滞在申請を行った。子どもとモンスターの組み合わせと、コハクの種族と、従魔にしていると言う点に驚かれたが、中央大陸に入ってからどの町でも滞在申請時に同じ様な反応が返ってくるので、スイはもう慣れていた。
「目が赤いが、来るまでに何かあったのか?」
『……目に塵が入って、中々違和感が無くならなくて強く擦っちゃいました』
目が充血している理由を偽ったが、衛兵は信じた様だった。
「あぁ、そりゃ気の毒だ。宿ならこの通りを真っ直ぐ行き、三本目の分かれ道を左に曲がった所にあるヤドリギがお勧めだ。ゆっくり休むといい」
『解りました、ありがとうございます』
スイは衛兵に会釈をして、教えてもらった通りの道を歩き、ヤドリギと書かれた看板を掲げている宿屋のドアを開けた。
「いらっしゃい。おぉっ……!? これまたデカいのを連れてるな……!」
受付にいた初老の男性がコハクを見て仰け反った。
『こんにちは。人間一人とモンスター一匹で一晩お世話になりたいのですが、部屋は空いていますか?』
「空いているよ。そのモンスターは君の従魔か?」
『そうです』
「随分と君を慕っているようだ、良い従魔だな」
『ありがとうございます』
「部屋は大きめが良いな……一階の一番奥の部屋だ。宿代は他の部屋と同じにしとく」
男性の言葉にスイは驚く。
『あの、良いんですか?』
「良いんだよ、オーナーは俺だから。それに俺は昔はテイマーでな。相棒が世界に還ってからは引退したが……今も昔も、モンスターと良い関係が築けている奴に悪い奴はいないと思っている。サービスのひとつやふたつ、したくなるんだよ」
『……ありがとうございます』
スイは深く頭を下げて、差し出された鍵を受け取った。
一階の一番奥の部屋のドアを開けて中に入ると、広々とした部屋に大型のベッドが置いてあった。
『ベッドも大きい』
「オレも上がれそうだな!」
『そうだね』
コハクは身体が大きくなってきた為、宿に泊まっても西大陸にいた時の様にスイと同じベッドで寝る事はしなくなり、床で寝ていた。
今日は久々に一緒に寝れそうなので、尻尾を振ってはしゃいでいる。
スイはベッドに腰掛けると、上体を後ろに倒した。ベッドに上がってきたコハクがスイの顔を覗き、ぺろりと頬を舐めた。
『……コハク』
「んー?」
『……いつ、ハンターシュウから、従者の事を教えてもらったの?』
「スイが宿屋の手伝いをしてた日」
『あっ、あの日か……』
ざりざりと音を立てて頬を舐めるコハクに、スイはされるがままとなっている。
「スイはきっとまた無茶をする時があるだろうから、その時はお前が止めろって」
『……ハンターシュウがそう言ったの?』
「うん。シュウの言った通りになった」
『……むぅ……』
スイは口を尖らせた。
そんなスイを見て、コハクの尻尾はゆっくり、大きく往復する様に動く。尻尾がスイの脚に当たった。
スイの瞼は閉じかけたと思ったら上がり、また閉じかけるのを繰り返している。
「スイ、ご飯の時間になったら起こすから寝てていいよ」
『……じゃあ、お願いしようかな……』
「うん」
スイは脚もベッドに上げて、横向きになると身体を丸めた。
「おやすみ、スイ」
スイの頬を最後に一舐めすると、コハクは自身の毛繕いを始めた。
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