第47話 拾われ子達は拒まれる

『こんなものかな』


 スイは、拾った木の枝の水分を水魔法の応用で抜いてから重ねると、魔石で火をつけた。

 解体した平原兎プレイリーラビットを適当な大きさに切り、アイテムポーチから取り出した塩胡椒で軽く味付けすると簡易フライパンに乗せて焚き火の上に翳した。

 コハクはスイと一緒に食べようと、生肉を前に待っている。つーっと涎が糸を引いて落ちた。


『……先に食べて良いよ?』


「待ってる」


 肉に火が通ると、スイはアクの町で買っておいたパンに挟み、作り置きしておいたソースをかけた。


『お待たせ。いただきます』


「いただきます」


 スイはパンに、コハクは平原兎の生肉にかぶりつく。


『(やっぱり野菜が欲しい)』


 オアシスの屋台で食べたサンドウィッチを参考に作ったが、物足りない。栄養も足りない。


『(まな板買おうかなぁ……一・二回程度の野営ならこれでも良いけど、中央大陸は広いから何度も野宿する事になりそうだし)』


 栄養を考えて食事を作るなら、道具と材料が足りない。アイテムポーチの容量を減らす事になるが、検討した方が良いかもしれないと、もそもそとパンを食べながらスイは考えた。

 食べ終わると、近くの川でフライパンや調理用のナイフを洗う。

 焚き火の前まで戻ってくると、暫く火に当てて殺菌を兼ねて水分を飛ばしてからポーチにしまった。


『明日寄る町で中央大陸の地図を買おう』


「でも地図って高いんだろ?」


『あれ、よく知ってるね?』


「アクの町で話した奴が言ってた。主人が地図買わないからよく迷うって」


『……気持ちは解るかな』


 大陸の一部の地図ならまだ求めやすいが、大陸全土となると高価だ。2,000ゲルトと、ぽんと出すには躊躇う額である。

 地図は各ギルドの他に、道具屋でも売っているが粗悪品を売る店もあるのでギルドで買う方が不安が無い。

 幸い、余程散財しなければ地図を買っても旅には困らない程度には西大陸での稼ぎがある。


『持ってるのを知られると賊に狙われやすいみたいだけど、全部は覚えられないし』


 人の物を奪って売り飛ばす盗賊や山賊と言った連中は何処にでもいる。

 中央大陸でも被害は出ていて、今まで泊まった町のギルドにはモンスターに混じって人間の指名手配書があった。ランクはD扱い。蓋し、モンスターよりも討伐難度が高い場合がある。


「スイ」


『ん?』


「もしもの時は、オレがやるよ?」


『………………』


 コハクはスイの躊躇いを知っている。

 一度盗賊団を殺してはいるが、スイは未だに割り切れずにいる。


『……大丈夫。次こそは、ちゃんとやるよ』


 スイはコハクにと言うよりも自身に言い聞かせる様に答えた。


『……そろそろ寝ようか』


「……オレが先に寝て本当に良いのか?」


『うん』


 事前に話し合って決めた通り、朝までふたりで交代で見張りをする事にした。先にコハクが、交代でスイが眠る。

 コハクは丸くなると寝息を立て始めた。


『(……既に人を殺しておいて、今更躊躇うな)』


 犯罪者は討伐、或いは捕獲対象。

 ハンターにとっては、奴等は守るべき「人」ではなく、狩るべき「モンスター」だ。


『(惑うな。大事な事を見失うな)』


ぱちぱちと爆ぜる火を見ながらスイは自分を戒めた。




 翌朝、スイは明るさで目を覚ました。

 薪は燃え尽きて火が消えている。

 気が付いたコハクがスイの側に歩いてきた。平原兎を一匹咥えている。


「おはよう、スイ」


『おはよう、コハク。朝ご飯?』


「うん。ちょうど通りかかったから」


 何とも運の悪い最期を迎えたものだ。

 スイは平原兎に同情しながら、腕を頭上に突き上げて身体を伸ばす。立ち上がると軽く体操をした。


「何も異常は無かったよ」


『モンスター達の異変はまだそんなに大事ではないのかな……?』


 中央大陸に来てからすべての町に泊まった訳ではないので断定は出来ないが、ごく一部の範囲内で起きているとなると、それはそれで気になるが自分達に出来る事は無い。

 今の所は、他の町に泊まる際に周辺を少し気にかける程度でいいのかもしれない。


 昨日の余りの肉で同じサンドウィッチを作って平らげると、スイは忘れ物が無いかを確認して次の町へと歩き始めた。




『え、モンスターを受け容れられる宿屋が無い?』


 太陽がだいぶ傾き、空の色が変わり始めた頃に寄った町で、スイは衛兵に申し訳なさそうに宿泊を断られた。


「そうなんだ。だからテイマーはこの町に宿泊出来ないんだよ。アイテムの補充の為の一時的な滞在は認められるんだが……」


『じゃあ、一時滞在をお願いします。必要な物を買ったらすぐに出発します』


「すまないな。その……早く出発した方が良いと思う。この町はテイマーに厳しい所があるから」


 衛兵の言葉に疑問を覚えながらスイは手続きを終えて町に入る。これまでの町よりも人々の視線は鋭い。


「……モンスターだ……」


「町に入れて大丈夫なのか?」


「まだ子どもじゃないか。あんな子にモンスターを従えられるのか……?」


 衛兵の言っていた事の意味をスイはすぐに理解した。

 歓迎されていないどころか、あからさまに早く出て言って欲しいと伝わってくる。


「スイ……」


『ごめん、コハク。すぐに買い物終わらせる』


 何か理由があるのだろうが、何もしていない自分達がこんな目で見られたり謗りを受ける謂れは無い。

 スイは道具屋の看板を見つけて足早に向かい、買い物を済ませるとハンターズギルドに向かった。中に入ると受付嬢がスイの胸元を見て驚いた顔をした。


「ハンターズギルドへようこそ。ご依頼ですか……あら、ハンター……?」


『はい。Dランクハンターのスイです。中央大陸の地図をください』


 ロビーの一部がざわついた。Dランクの子どものハンターが、高価な地図を買おうとしている。

 好奇、疑念、不満、嫉妬。感情が乗せられた視線がスイに突き刺さる。


「えぇっと……この町周辺のと、大陸全土のとどちらをお求めですか?」


『大陸全土のをお願いします』


「は、はい。2,000ゲルトです」


 スイは財布からちょうどの金額を出して支払う。視線の強さが増したが、コハクがスイの脚に尻尾を絡ませて周りに目を向けると、三分の一程度のハンターが目を逸らした。

 地図を受取るとスイは内容を軽く改めて、アイテムポーチにしまった。受付嬢に礼を言って出入口に向かう。

 途中で一人のハンターがスイに声を掛けた。


「依頼は受けていかないのか?」


 純粋な疑問の様で、嫌な感情は感じない。

 スイは足を止めると声を掛けてきたハンターに顔を向けて答えた。


『この町はボクらが泊まれる宿が無いみたいですし、町の皆さんも早く出て行って欲しそうなので』


「……あ……」


 バタンと音を立ててギルドの扉が閉まった。

 町の出入口につくと、先程対応してくれた衛兵が出てきた。

 スイの顔を見て察したのか、開口一番が謝罪の言葉だった。


「すまない、嫌な気分になっただろう。町を代表して謝らせてもらう」


『……衛兵さんが悪い訳ではないので……でも代わりに教えてほしいのですが』


「自分に答えられる事なら。何故町の人々がテイマーや従魔を嫌うのか、で良いか?」


『はい』


「昔……十二・三年前の事だが、テイマーが連れていた従魔が暴走した事があってな。町に大きな被害が出たんだよ。死人も出た」


 あの恐怖と嫌悪が入り交じった目はそういう事かとスイは理解した。

 しかし、それを自分とコハクに向けられる事には納得出来ていない。


「テイマーは普段から従魔を非道に扱っていたらしくてな。不満が溜まりに溜まっての暴走だった様だ。従魔の暴走は主人であるテイマーの罪となる。奴隷落ちになったよ」


『……その暴走した従魔はどうなったんですか?』


「人に危害を加えたからな……殺処分となった」


『…………』


 テイマーの奴隷落ちは自業自得だが、従魔の殺処分はあんまりだと思う反面、関係無い人々を傷付け殺したのだから理解出来る部分もある。

 スイは唇を噛んで、記入の終わった書類を衛兵に渡した。


「問題無い。これから暗くなるが……どうか気を付けてな。次の町では心身共に休める事を、勝手ながら心から願う」


 門が開く。スイは衛兵に顔を向けた。


『……ありがとうございました』


 頭を下げると、一瞬目を丸くしたが衛兵は敬礼で答えた。

 スイは前を向くと、アイテムポーチから地図を取り出しながら歩き始める。


『…………あのハンターの人には、嫌な言い方しちゃったな』


 棘がある言い方だったとスイは反省する。気が立っていたとは言え、八つ当たりをするのは間違っている。


「スイ」


『ん?』


「嫌な気分にさせてごめん」


『コハクは何も悪くないよ。ギルドで守ってくれて、ありがとね』


「うん……オレも、ありがとう」


『?』


「オレの為に怒ってくれてたの、解ったから」


『…………』


「スイ?」


 スイは足を止めてしゃがむと、コハクに抱き着いた。量と長さが増した灰色の長毛に埋もれる。

 

 モンスターに襲われた人の中には、誰かにとって大切な人もいただろう。町の中でモンスターが暴れたら普通の人間には恐怖でしかない。トラウマになるのも解る。

 でも自分やコハクは何もしていない。なのに、あんな目で見られて、陰口まで叩かれて。

 でも町の人達の気持ちを考えたら――。

 色々な考えと感情が混ざって、涙が頬を伝った。


「スイ? どうした? どこか痛い?」


 あたふたしながらも、スイに抱き着かれている為に前足をちょいちょいと動かす事しか出来ないコハクに、スイは泣きながら吹き出した。


『……痛い、けど、大丈夫』


「それ大丈夫って言えるのか?」


『うん。コハクと一緒なら、大丈夫』


 しゅるん、とコハクの長い尻尾がスイの脚を撫でる。スイはひとしきりコハクの首や胸を撫でると立ち上がって涙を拭った。


『今日も野宿だね』


「次の町は遠い?」


『分かれ道があって、南北どちらにも町があるみたい。どっちに行きたい?』


「肉が美味い方が良いな」


『……どっちだろう……?』


 流石にそんな情報は地図には書かれていない。スイは悩んだ後、財布から銅貨を一枚取り出した。


『表と裏ならどっちが良い?』


「どっちがどっち?」


『表が北で、裏が南にしようか』


「じゃあ裏」


『じゃあ私は表。よっ、と』


 ピィン、と小気味良い音を立てて弾かれて、コインが真上に飛ぶ。落ちてきたタイミングを見計らって、スイは右手の甲に左手を重ねた。

 左手を退かして出てきたのは。


『表。北の町に行こう』


「今度は泊まれると良いな」


 行先を決めたスイの顔に、影はもう無い。笑うスイにコハクも気分が晴れていく。


『うん。シャワー浴びたいな……コハクもそろそろ身体洗おっか』


「え"」


 晴れた気分が、一転して濃灰色の雲が敷き詰める曇天となった。

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