第35話 拾われ子と拾われ仔の連携

 盗賊団を壊滅させてから七日経った。スイは体力も魔力も回復し、現場復帰を果たしている。


「三件の請負手続き、完了しました。こちらの一件は依頼者より詳しい話があるので、先にそちらに行ってください」


『解りました』


「それではハンタースイ、お気を付けて」


『行ってきます』


 スイとコハクはギルドを出ると依頼者の元に向かう。行先は町の東にある防具屋、ネイトの家だ。


『こんにちはー!』


 店先に誰も居ないので、奥に向けて大きな声で挨拶すると中年の女性が出てきた。


「はーい、ごめんなさいね……あら、可愛いお客様ねぇ」


『あ、ごめんなさい。お客さんじゃないんです。依頼を請けて来たハンターのスイです』


 スイは首から下げてるハンターの証を見せて自己紹介をする。女性は驚いた後に、何かに気付いた様な顔をした。


「あっ、もしかしてうちの息子がご迷惑をお掛けしてるハンターさん? そうよね?」


 何とも、肯定も否定もしづらい質問の仕方である。


「本当、息子がいつもごめんなさいね。あなただってハンターの仕事で忙しいし疲れてるでしょうに……嫌な時はちゃんと嫌って言って良いんだからね?」


『えーと……無理に付き合わされてる訳じゃないので、大丈夫です』


「本当? あの子ったらあなたと話した日の夕飯はずーっとあなたの事話してて……それは良いんだけど、頻繁に会いに行ってるみたいだし、初対面の時にもご迷惑をお掛けしたみたいで、一度ちゃんと会って謝らなきゃと思ってたの。ごめんなさいね。いつもあの子に付き合ってくれてありがとう。今は配達の手伝いに行ってて居ないから安心してね」


『友達、なので大丈夫です。ボクも楽しいですし。それで、あの、依頼――』


「……良い子ね……! マリク様とレイラ様のお孫様って聞いてたけど、本当しっかりしているわ……!」


『(どうしよう、依頼の話まで辿り着かない)』


 話が長い上に終わりが見えない。

 スイの愛想笑いが苦笑に変わり始めた頃、救世主が現れた。


「おい、何をそんな喋っ……あぁ、スイじゃないか」


『こんにちは。サイモンさん』


「あら、あなたも知り合いなの?」


「前に防具を買いに来てくれてな。今日もか?」


『今日は依頼の話を聞きにきました』


「何だ、スイが請けてくれたのか! キャサラ、スイは依頼で来てくれたんだ。奥に行ってくれ」


「はいはい。スイ君、ゆっくりしていってね」


 キャサラと呼ばれた女性は奥へと消えていった。


「すまんな、キャサラ……妻の長話に付き合わせてしまった。で、依頼だがな。砂蜥蜴サンドリザードの三匹をなるべく傷めずに、全身を持ってきてもらいたい。皮を使いたいからな」


『全身って事は、頭もですよね?』


「そうだ」


 なるべく傷めないなら、頭を落とせば早いがそれは出来ない。


『ほぼ一撃で倒さないと駄目ですね』


「すまんが、頼む。三匹と依頼したが多ければ多い方が助かるし、勿論報酬は払う。だが砂蜥蜴は大型だし危険なモンスターだ。無理はしなくていい」


『解りました。他にご要望はありますか?』


「いや、無い」


『では、行ってきます』


「気を付けろよ」


 防具屋を出て、サンドホースの馬車に向かう。砂蜥蜴の生息地は砂漠の南側で、オアシスからは少し遠い。呼吸法で身体能力は上がってるので走れなくもないが、砂蜥蜴とは戦うのは初めてなのでスイは体力温存の為に馬車を使う事にした。


『こんにちは。砂漠の南側までお願いできますか?』


「あぁ、ハンターの坊やか。こんにちは。良いよ、乗りな」


 乗車代を払い、荷台に乗る。サンドホースが走り出すと、あっという間に景色が流れていく。そう言っても殆ど空と砂しか見えないが。


「今日は何を討伐するんだ?」


『砂蜥蜴です』


「また大物だな」


 砂蜥蜴は危険度D+ランク。西大陸の砂漠に生息するモンスターの中では最もランクが高い。砂漠に住む爬虫類でスナヤモリがいるが、あれは手の平に乗る程小型なのに対して、砂蜥蜴は全長がスイと同じ位ある。

 性格は凶暴で好戦的。動きは早くないが太い前足から伸びる爪は太く長く、革の鎧程度では切り裂かれてしまう。尻尾で攻撃してくる事もあり、背後に回っても太く重い尻尾で反撃される。

 加えて皮膚が硬いので、刃物での攻撃が通りにくい。地属性持ちで岩礫ロックバレットを使ってくるので、複数を相手にする時は下手をすると四方から無数の拳大の岩をくらう事になる。


「この辺で良いか?」


『はい。ありがとうございました』


「死なない様にな」


『はい』


 スイはコハクと荷台から降りると、頭を下げた。御者は軽く手を振り、オアシスの町に戻っていく。


『コハク、フォローをお願い出来る?』


「ぐるっ」


『ありがとう』


 スイは自分を中心に気配を探る。近くに知らない気配がひとつある。

 砂蜥蜴と戦った事が無いスイは、ピンポイントで砂蜥蜴の気配を探る事が出来ない。だから可能性がある所で揺さぶりをかける算段だ。


『ちょっと離れてて』


「ぐるっ」


 スイは風の魔力を流す。砂漠のモンスターの中では魔力を多く持つ砂蜥蜴ならこれで反応する事が多い。


『居た』


 砂の中から目付きの悪い大型の蜥蜴が姿を現した。のしのしと歩く四肢は太く、皮膚が硬いのが見た時点で解る。


『やるよ、コハク』


「ぐるるるっ!」


 ショートソードを抜いたスイと、力強く鳴いたコハクを見て砂蜥蜴も臨戦態勢に入る。首を傾げると、カパッと口を開いた。スイはその口に魔力が集まるのを感じ、自身の左手に氷の魔力を集中させた。

 

「ゲッ!」


氷礫アイスバレット!』


 岩と氷がぶつかり合い、割れて落ちていく。スイは走って迂回しながら砂蜥蜴の横に回る。

 スイに気付いた砂蜥蜴が身体の向きを変え、再度魔法を発動させようと口を開こうとした時、砂蜥蜴の四肢に足元の砂が纏わり付いて硬化した。


「ゲッ!?」


「ぐるるる!」


 コハクが使ったのは地属性魔法の大地の手錠アースマナクルズ。四肢が接している岩や砂を隆起させて拘束する。


「ゲッゲッ!」


 地属性魔法なので、同じ地属性持ちはこれを容易く壊せる。数秒の足止めにしかならないが、スイにはその数秒で充分だった。太い首をショートソードが貫く。

 砂蜥蜴の皮膚は確かに硬いが、スイのショートソードはアードウィッチ一番の鍛冶師ゲルベルトが打った剣。切っ先に風魔法を付与し、呼吸法で強化された力で突き出せば、地属性の砂蜥蜴の皮膚と言えども耐えられなかった。

 ショートソードを抜くと、砂蜥蜴は砂埃を上げて倒れた。絶命を確認してアイテムポーチに入れる。


『重っ…い…! 呼吸法教わってなかったら絶対持ち上げられなかった……でも、この方法で大丈夫そうだね』


「ぐるっ」


『二匹以上はちょっと危ないかな。一匹ずつ倒そう』


「ぐるっ」


 その後もコハクと連携して、一匹ずつ仕留めていく。四匹目を倒してポーチに入れた時、奇妙な気配を感じて振り向いた。


『……砂蜥蜴……にしては赤い……?』


「う"ぅーーー……」


 コハクが唸るのは相手が強い敵意を此方に抱いているか、格上の敵を相手にする時だ。

 砂蜥蜴は名前にある通り砂色をしているが、スイ達の視線の先にいる蜥蜴は赤みを帯びている。体躯も通常の砂蜥蜴より一回り大きく、背中に鋭い棘が生えている。

 スイはその姿に既視感を覚え、記憶を探った。


『……あっ……指名手配モンスターだ……!』


 ハンターズギルド内の依頼書が貼られる掲示板。その隣にある指名手配書専用掲示板にあった、指名手配モンスターの内の一匹だった。


『通称、赤棘蜥蜴レッドニードルリザード……』


 商隊を壊滅させ、ハンター二人に重傷を負わせた特殊個体だ。危険度ランクは不明だが、討伐に出て返り討ちに遭ったハンター二人がDランクだった事を鑑みるとCランク以上と考えられる。


『……逃げられるかな……』


 目視出来る範囲内にいるが、距離がある。スイとコハクは気配を消して、更に距離を取ろうとしたが向こうから近付いてきた。


『気付かれてるよね……それもそうか……』


「ぐるるる……」


『やるしかないな……コハク、いける?』


「ぐるっ!」


『(……万一に備えて、これは上げとこう)』


 スイはポーチから火の魔石と発煙筒を取り出して火をつけた。赤い煙が空に昇る。

 各ギルドで配布される非常時用の発煙筒は数種類の色が有り、赤は「意図せず強敵と戦闘中」を意味する。

 スイの適性試験の時、二十数年ぶりに異常個体アノマリーが出現した事により、町の外の緊急事態を知らせるべく導入された。

 各町の出入口には衛兵がいる。オアシスの衛兵の誰かが気付き、冒険者・ハンターズ両ギルドに知らせてくれる筈だ。


「ゲッゲッゲッ」


 のっしのっしと歩いてきた赤棘蜥蜴は近くで見ると砂蜥蜴より一回り以上大きく見える。


『……体色的に使ってきそうなのは火魔法だけどね……』


「ぐるっ」


『コハク、まずはさっきと同じ連携でやってみよう』


「ぐるっ!」


 スイは先手必勝で氷礫を放つ。


「ゲッゲッ!」


 赤棘蜥蜴が放ってきたのは岩礫。砂蜥蜴から変化したならば不思議ではない。


『(……技はこれだけではない筈……)』


「ぐるるるぁ!!」


 コハクが大地の手錠アースマナクルで赤棘蜥蜴の四肢を拘束する。その隙にスイが近付き、ショートソードを振ろうとした瞬間、スイに向けられた口から火の魔力を感じた。


『!? 水大砲アクアキャノン!』


 咄嗟に放った水魔法は、赤棘蜥蜴の口から吐かれた炎と真っ向からぶつかり、水蒸気を上げて双方共消滅した。


『(やっぱり火か!)』


 人間もモンスターも、生まれ持った属性は身体に出やすい。人間ならば髪や眼の色、モンスターなら眼や体色に特徴が出る。


『(チャンスだけど、ピンチだな……)』


 スイが持つのは風と水と無属性。対して赤棘蜥蜴は今の所、地と火を持っている事が判明している。これらは対立する属性な為、互いの魔法は相手によく効くが、被弾すると自分も大ダメージをくらってしまう。


『コハク、全力でいくよ』


「ぐるっ!」


 スイは短期決戦で仕留めようと、ショートソードを水の魔力で包んだ。


「ぐるるるる!」


 先手でコハクが放った大地の棘アースニードルが赤棘蜥蜴を襲うが、皮膚が硬すぎて魔法の方が折れた。

 仕返しとばかりに赤棘蜥蜴がコハクに向けて炎を吐くと、コハクは持ち前の俊敏さを活かして避け、赤棘蜥蜴の懐に潜り込んだ。


「がるるるるぅっ!!」


「ゲッ!?」


 コハクがゼロ距離で放った岩大砲ロックキャノンが赤棘蜥蜴の顎下から胸にかけてを強く打つ。

 鉄の壁をメイスやフレイルで強く殴った様な、重く鈍い音と共に赤棘蜥蜴の身体が仰け反り、前足が地面から浮いた。


『はぁぁぁっ!!』


「ゲッ……ゲグッ…………!」


 水属性付与の魔法剣による振り下ろしの一撃が首に命中するも、途中で刃が止まった。


『硬過ぎる……!?』


「ゲッ……ゲッゲッ……!」


「ぐるるっ!?」


 至近距離での火の魔力の気配にコハクが焦った様に鳴いた。


『―――っ、負、ける、かぁぁぁあ!!』


 ショートソードに大量の氷の魔力を送り、付与の重ねがけをする。威力を増した剣身が骨を断つのをスイは手から感じ取った。


「………………」


 流れでる血と、光を失っていく眼。


『わっ、わわわわっ!』


 前足と共に浮いていた上体が地面に戻る。ショートソードが赤棘蜥蜴の首に埋まったままのスイもそれに引っ張られて体勢を崩した。

 砂埃が大量に舞ったが、砂へのダイブを免れたスイはショートソードを引っこ抜き、ポーチから出した布で剣身を拭って鞘に戻した。


『…………倒したね…………』


「ぐるっ……」


「コハク、魔力は大丈夫?」


「…………ぐるぅ…………」


 コハクはスイに近寄ると、地面に脚を伸ばして座るスイの太腿に顎を乗せた。


『いっぱい魔法使ったから疲れたよね……帰ったらゆっくりしよう。ボクも疲れた……』


「ぐるぅ……」


『あ、サンドホースだ。誰か来たのかな』


 猛スピードで馬車が走ってくる。場所の後ろは砂埃で何も見えない。


「大丈夫か!?」


 地面に座り込むふたりの前に馬車から降りた男が立った。


『……レジナルドさん?』


 シュウと合流する為にオアシスにいるとは思っていたが、まさかまだいると思っていなかったスイは目を丸くした。


「発煙筒を上げたのはスイか?」


『そうです。指名手配モンスターと会敵したので、万が一を考えて上げました』


「……そいつか」


 地面に横たわり、首から出血している赤棘蜥蜴を見てレジナルドは息を吐く。


「確かに赤棘蜥蜴だ。推定Cランク以上とされているのをよく倒せたな」


『コハクに助けてもらいました。でも魔力不足になってるみたいで……その馬車って乗っても大丈夫ですか?』


「勿論だ。その指名手配モンスターも忘れずポーチに入れとけよ」


 スイは頷いて立ち上がると、赤棘蜥蜴の身体の下に手を入れて持ち上げようと力を込めた。


『……ふぬぬぬぬ……!!』


「すまん、俺が入れてやるからポーチを開けろ」


『……お願いします』


 砂蜥蜴より一回り大きいが、体重はそれ以上に重く、スイは諦めてレジナルドに任せた。

 コハクを抱いて馬車に乗ると、スイはレジナルドと共にオアシスへ戻っていった。

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