第28話 拾われ子と友人達

 スイがシュウに雷魔法の制御を教わる様になってから一週間が経った。


『………………』


 もう少しで何か掴めそうな気がして、掴めない。酷くもどかしい気持ちを抱きながらスイはここ数日を過ごしている。


『(焦らなくて良いとは言われたけど……もう少しで届きそうなのに……)』


 スイは溜息を吐きながら、ハンターズギルド近くの空き地にある木箱の上に座った。

 その日請けた依頼がすべて終わっても、シュウがまだ戻っていない時はこうやって考え事をするか、ローフェル商会で買い物をするか、もしくはオアシスの子ども達と話して過ごしている。


「ぐるるる」


『……ん、何? コハク』


「ぐるる」


 太腿の上に乗っているコハクは何かを伝えたい様だが、やはり解らない。それでも何とか理解しようとコハクをじっと見て、スイははたと気付いた。


『コハク、身体大きくなったね』


「ぐる?」


 アードウィッチの外で会った時は仔猫位の大きさだったが、今は一回り大きくなった。心做しか胸元の毛が増した様に見える。


『良いなぁ。私も大きくなりたい』


  わしゃわしゃと胸からお腹にかけて撫でるとコハクは目を細めてごろごろと喉を鳴らす。


『(好き嫌いしないでご飯食べてるし、依頼で動き回るし、夜はぐっすり寝てるんだけどなぁ……)』


 以前、身長を伸ばす方法を訊いた時にシュウが言っていた事は全部実践しているのに、中々伸びる気配が無い。


『(……ぶら下がったら、伸びたりしないかな)』


 向かいの建物の屋根を見ながらそんな事を考え始めた時、少年の声で名前を呼ばれた。


『……ネイト、とエルム君』


「やっと見つけた! 中々帰って来ないと思ってたらチビ達がスイの話しててさ。家の手伝い終わった後に探してたのに会えないし……そんなに忙しいのか?」


『あ』


 アードウィッチに行く時に報告はしたが、戻ってきてからは何も伝えてない事をスイは思い出した。


『ごめん。七日前に戻ってきてたんだけど、忘れてた』


「薄情者め」


『ごめんって。仕事の後は魔法制御の訓練を砂漠で日没までやってるから、見つけられなかったんだと思う』


「まぁ……それなら仕方ないか……あれ、でもスイは充分魔法使えるだろ?」


『雷は苦手なんだ。だから同じ属性持ちのBランクハンターの人に教えてもらってる』


「怪我は……してない?」


『大丈夫』


「よ、良かった。おかえりなさい」


『……うん、ありがとう』


「その仔は猫? 可愛いね、拾ったの?」


『モンスターの仔。コハクって名前で、ちょっと事情があって、一緒にいるんだ』


 コハクが灰色獅子狼アサシンレオウルフの幼獣だと知っているのはオアシスでも一部の人間だけだ。セオドアから町長に報告されているし、許可も正式にもらっているが、あまり具体名は出さない方が良いだろうと思い、ギルド関係者とジュリアン達以外には灰色獅子狼だとは知らせていない。


『……ネイト?』


 会話しながら、ネイトがやけにソワソワしている事に気付く。どうしたと目を向ければ、ネイトはスイの腰を見ていた。


「……支部長から聞いたんだけどさ。スイがアードウィッチで武器打ってもらってるって。その腰にあるやつがそうか?」


『あぁ、うん、そう』


「み、見せてもらっても良いか?」


 ネイトは防具屋の息子だが、武器の目利きも少々は出来る。アードウィッチ製ともなれば尚更気になるのだろう。

 スイは剣帯から鞘ごとショートソードを外して、ネイトに渡した。


『振り回したら駄目だよ』


「解ってる。すげー……うわっ、刀身が薄ら青みがかってる……!? これ、何か付与されてんじゃないのか!?」


『……あれ、そう言えば……』


 明確に言われてはいないが、水属性ドラゴンの鱗を使い、水や氷魔法の威力が増すと言う事は水属性強化の付与がされていると言う事になるんだろうか。

 素材の事はあまり言わない方が良いので、スイは効果だけ教える事にした。


『水属性魔法で魔法剣使うと、威力が増す』


「魔法剣……!? おい、スイ! これ誰に打って貰ったんだよ!?」


『ゲルベルトさん』


「ゲルッ……」


 絶句したネイトに、エルムは理由が解らずスイとネイトを交互に見る。


「えっと、その人、凄い人なの?」


『ドワーフで――』


「アードウィッチで一番の、つまりは西大陸一の鍛冶師! お前、どうやって打ってもらったんだよ!?」


『ネイト、落ち着いて』


「無理だ!!」


 いつになく興奮状態のネイトを落ち着かせようとするが、まさかの本人による完全拒否である。


『……おじいさまの友達なんだって。生前にボクに武器をってお願いしてたらしくて、今回打ってもらえたんだ』


「そうか、ハンターマリクは旅をやめてからは西大陸に居たんだもんな……くそー良いなぁ、俺もせめてアードウィッチ製の武器欲しいよ……」


『冒険者かハンターになったら行ってみるといいよ。武器も防具も装飾品もレベルが高くて……値段も高かったけど』


「そりゃそうだ」


『ついでに岩蟹ロッククラブが道中よく出てくるけど……っ!』


「……どっちみち、なってすぐには行けないな……うわっ!?」


 突如、スイがネイトからショートソードを奪う様に取り、抜く体勢に入った。

 赤錆色の眼が鋭く二人の背後を射抜く様に見続けている。コハクも何か感じ取ったのか、威嚇の声をあげている。


「う"ぅーー……!」


「ス、スイ? コハク?」


『(…………今の…………)』


 スイには覚えのある視線だった。砂漠で一度、オアシスの中でも一度感じた、じっとりとした視線だ。


『(……駄目だ、逃げられたな……)』


 既に視線は消えていた。やはり居所は探らせてはくれない。


『……驚かせてごめん、嫌な感覚があったから』


「嫌な感覚?」


『……見られてる感じ』


「そ、そんなの分かるの?」


『……狙いはボクだと思うけど、二人も気を付けてね。誰かに見られてるとか、尾けられてると思ったら、冒険者ギルドでもハンターズギルドでも良いから相談してってセオドアさんが言ってた』


「お、おう。アレか? 人攫いの盗賊団の連中か?」


『多分、そうだと思うけど』


「そういや一ヶ月……もう少し前か? 町の南の方で一人居なくなったって話あったもんな……俺は珍しい容姿や能力は無いけど、スイは狙われそうだもんなぁ……」


「ス、スイ君も気を付けてね」


『うん、ありがとう。ごめんネイト、見てていいよ』


 スイはネイトにショートソードを渡そうとしたが、ネイトは首を左右に振った。


「いや、充分見させてもらったからもういいよ。それより、狙われてんなら尚更スイは持ってないと駄目だろ、それ」


 そう言われて、スイは剣帯にショートソードをセットした。

 

『(……駄目だ、落ち着かないと……)』


 ピリピリしているスイに、ネイトとエルムが戸惑っているのが解る。

 どうにか抑えないと、と思っているとエルムが思い出した様に声をあげた。


「……あ、そうだ。ねぇ、スイ君」


『何?』


「この間、一緒に歩いていた人って、スイ君のお父さん?」


『ふぇ? 誰の事?』


 心当たりの無い話にスイの口からは素っ頓狂な声が出た。


「あれ、違うの? 後ろ姿だから顔は見えなかったけど、青みがかった黒……夜空の色みたいな髪で、背が高くて細くて……青と黒の服装だったと思うけど」


 当てはまる人物が一人だけ浮かび、スイは勢いよく首を左右に振った。


『あんなちちさ……お父さんは絶対ヤダ』


「……流石に傷付くぞ、スイ」


『うわぁぁぁあっ!? 痛っ!』


 背後からの声に驚いて前のめりになった拍子に木箱から落ちた。尻を打ったスイが驚愕の顔で振り向くと、気配を消したシュウが立っていた。

 スイは立ち上がり、尻を擦りながら文句を言う。スイの落下に伴い地面に着地したコハクも抗議の声をあげた。


『ハンターシュウ! 気配を消して近付くのやめてください……!』


「ぐるぅっ!」


「勘を鍛える訓練だと思え。旅には役立つぞ」


「びっ……くりしたぁ……全然気付かなかった……」


 突如現れた様に感じたネイトとエルムは目を丸くしてシュウを凝視している。


『エルム君が見たのってこの人?』


「う、うん」


『ハンターシュウはBランクハンターで、さっき話した、今ボクが魔法制御を教わっている人。お父さんじゃない』


「そ、そっか。ごめんね。後ろから見た時、親子に見えたから」


「……スイ、友達か?」


『…………多分?』


「多分てなんだよ。友達だろ」


『と、友達、です』


 ムスッとしたネイトに小突かれて、スイは訂正した。戸惑っている様な、照れている様な顔をしている。


「そうか……話してる時に邪魔して心苦しいが、スイはこれから魔法制御の訓練がある。また今度、時間を取ってくれると助かる」


「わ、解りました。じゃあスイ君、気を付けてね」


「またな、スイ」


『うん、バイバイ』


 二人に手を振って、スイはシュウと並んで町の出入口に向かう。


「スイは、俺と親子に見られるのは嫌か?」


『嫌です』


「……ちょっと悩む位はしても良くないか?」


『嫌です』


「………………」


『四六時中、ゴーグル着けてる様な怪しい人が父様ちちさまなんて嫌ですよ』


「ぐっ……」


『それに、ボクに父様はもういますから……離れては、いるけど』


 シュウはスイを見たが、目は伏せられていて感情は読めない。


「……覚えてはいるのか?」


『……顔だけは覚えています。あとは母様ははさまの顔と声と、父様に似た誰か。それ以外の事は、殆ど覚えていません』


「……父親に似た誰か?」


『はい。顔が似てるんです。その人の眼は紅いけど、父様の目は紅くなかった筈だから、別の人……だと、思います』


「………………」


『ハンターシュウ? どうしました?』


「……いや、何でもない。それより、俺が声を掛ける前に何かあったか?」


『……何でですか?』


「町の中なのに、それも一緒にいたのは友達だと言うのに随分ピリピリしていた」


『…………』


 アードウィッチでも思ったが、本当によく気付く人だとスイは感心する。


「町の中でお前があんな警戒するって事は、自分や彼等に危機が及びかねない何かがあったって事だろ。情報共有はハンターや冒険者にとって大事だ。解るな?」


『……はい。実は――』


 スイはシュウに視線の事を話した。感じた場所、回数、そして盗賊団の事を。


「……それは、ギルドには」


『エルム君と知り合った時に話してあります。さっきの事は……どうしよう、セオドアさんに話した方が良いですか?』


「そうした方が良いだろう。俺も警戒しておく。仕事中は……コハク、お前がスイを守ってくれるか?」


「ぐるっ!」


『…………』


「気にするなよ。悪いのはスイじゃなくて、馬鹿な事しようとする奴等だからな」


『……はい』


「それと、スイ」


『はい?』


 町の出入口を通り抜けて、砂漠に立つ。スイはお面を顔に下ろそうとしていた手を止め、シュウを見上げた。


「もし、自分の命が狙われたら、その時は葛藤も躊躇もするなよ。殺られる前に殺れ」


『………………』


「若くて、ハンターになったばかりのお前に酷な事を言っているとは思う。だが、ハンターは狩る者。相手が盗賊ヒトでもそれは変わらない。」


『……解って、います。おじいさまにも、何度も言われました』


 スイは腰のショートソードに手を添えた。


「……解っているなら良い。今日の訓練を始めるぞ」


『はい、お願いします』


 晴天の下、胸の中に重いものを抱えながらスイは雷魔法の制御訓練を始めた。

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