第29話 拾われ子の失敗

「スイの髪は白翡翠の様な色で綺麗ね」


「何があっても僕が守ってあげるからね」


 自分の左眼と同じ色の二対の目に顔を覗かれる。女の子と、男の子だ。今よりもずっと短い手を伸ばすと、男の子が抱き上げてくれた。ふらつく男の子に、ヒヤヒヤする。


「――、まだ小さいから抱っこは駄目って父様ちちさま母様ははさまに言われたでしょ。スイをおろして」


「……解ったよ、姉様あねさま


「ねぇ、スイ。もう少し大きくなったら、姉様とおままごとで一緒に遊びましょ」


「あ、ズルいよ姉様! スイは僕と木登りしたり、かくれんぼするんだ!」


「スイは女の子よ? そんな事して怪我したらどうするの?」


「でもスイは――」


『――…………』


 子ども達に手を伸ばしそうになって、スイは目を覚ました。窓の外は暗く、月はまだ上の方にある。


『(……あねさまと、あにさま、だ……)』


 夢に出てきた二人は、姉と兄だ。確かこの二人同士は歳が近かった気がするが、自分とはどちらも五・六歳離れていた気がする。

 よく構ってくれた二人を、何故忘れていたのか。何故今思い出したのか。

 

『………………』


 二人は元気だろうか。そして、今も両親と共にいるのだろうか。

 どうかどうか、二人共無事に過ごしていますように。




「おはよう……どうした、目赤いぞ」


 食堂で朝食を摂っていると、シュウが入ってきてスイと同じテーブル席についた。怪訝そうな声を出す。


『おはようございます……あんまり眠れなくて』


 夢を見て起きてからは、一睡も出来ずに夜を明かしたスイの目は少し充血している。


「……何かあったか?」


『……夜中に目が覚めて、それから寝れなくなっただけです』


「今日は休め。寝不足で炎天下に出るもんじゃない」


『大丈夫です。もう少しでDランクへの昇格試験を受けられる様になるから頑張りたいですし』


「スイ」


『ご馳走様でした。行ってきます』


 スイは食器を纏めてリリアナに渡しに行き、そのままコハクを連れて宿を出ていった。

 ギルドに着くと、今日も三枚の依頼書を剥がす。


『おはようございます、ニーナさん。手続きお願いします』


「了解しました。バンディットウルフ二群、ソーンズイービル五株、デザートホーク三羽の討伐……数が多いけど、大丈夫?」


『大丈夫です』


「……急ぎじゃないから、今日中に全部終わらなくても大丈夫だからね。では手続き完了です。それでは、ハンタースイ、お気を付けて」


『はい、行ってきます』


 スイがギルドを出て十分位すると、シュウが入ってきた。ロビーを見渡してスイを探している。一人のハンターがそれに気付いてシュウに話しかけた。


「あ、シュウさん。スイならさっき依頼請けて出て行きましたよ」


「……そうか」


 シュウも掲示板に貼ってある依頼書を一通り見ると、一枚剥がして受付に向かった。




『(……あともう一群……)』


 午前中から砂漠を歩き回り、次々と依頼書のモンスターを討伐したスイは、残す所バンディットウルフ一群だけとなっていた。


『(……身体が、重い……)』


 身体だけでなく、頭も働きが鈍い。心身が不調な事をスイは自覚していた。その証拠に今日はミスが多く、いずれも致命傷ではないが傷を多く負っている。今日何度目かの回復薬を呷る。


『(でも、もう少しで昇格試験だから、頑張らないと……)』


「ぐるる……?」


『……大丈夫だよ、コハク。でもバンディットウルフを倒したら、今日はもう休もうかな……』


「ぐるっ!」


『………………』


 シュウの言っていた事は正しい。マリクにも似た様な事を言われた事がある。それでもスイには早くランクを上げる方が重要に思えた。


「がるぅっ!」


『っ!?』


 コハクの声に思考を中断される。五つの気配が間近に迫っていた。


『(しまった、気付くのが遅れた……!)』


 バンディットウルフ五匹が、スイとコハクを取り囲む。


「ウゥーー……」


「ぐるるるる!」


『………………』


 シュウ曰く、灰色獅子狼アサシンレオウルフは幼獣でも危険度D+。危険度だけで見ればバンディットウルフよりも上だ。だが危険度ランクは絶対的なものではないし、あくまでそれは単体として見た時の強さだ。

 基本的に群れで動くバンディットウルフ達は、チームワークによってはCランクハンターに重傷を負わせたケースもある。


『(……コハクに二匹以上向かわせるのは避けたい……!)』


 スイは左手に氷の魔力を集めた。


氷礫アイスバレット!』


「ギャンッ!?」


「キャンウゥッ!」


『やっ! はぁっ!』


「アォォ……ン……」


 幾つもの氷の礫がバンディットウルフにめり込む。被弾したものからショートソードで斬り倒していく。三匹を倒し、コハクの方を一瞬見るとコハクも一匹倒していた。


『……? あと一匹は……っ!?』


 一匹足りず、見回しながら気配をより強く探ろうとした時、背中に走った悪寒に振り向き様にショートソードを顔の前に構えた。


 ――ガキィィィィン……!


『くっ…………!』


 眼前に迫る牙を、ショートソードを噛ませる事で間一髪防いだ。しかしバンディットウルフの方が身体が大きく、体重をかけられる事で徐々にスイは押し負けていく。


「ガルルルルル!!」


『うあっ!』


 バンディットウルフの鋭い爪がスイの顔を引っ掻いた。踏ん張り切れずに、瞬く間にスイは背中から砂の上に倒れ、両肩を押さえ付けられた。スイの顔左半分は血に濡れている。


『ぐっ……このっ……!』


 両肩を押さえ付けられては起き上がれない。バンディットウルフが口を開けた時、その首筋にコハクが噛み付いた。


「がるぅっ!」


「ガルゥァッ!!」


「きゃいんっ!」


『コハクっ!?』


 バンディットウルフに飛びかかったコハクだったが、体格の差は大きく、いとも容易く弾き飛ばされた。

 爪が当たったのか、身体から血を流しているが再びバンディットウルフに立ち向かおうと身体を起こす。


『駄目だ、コハク! 逃げて、逃げるんだ!』


「きゃうんっ……!」


 小さな身体が血と共に宙を舞う。


『コハク……!』


 コハクが死んでしまう。

 自分のせいで。忠告を聞かずに砂漠に出て、集中力を欠いたせいで。


『誰か……!』


 誰か、助けて。

 コハクを助けて。

 そう願っても、周囲には誰もいない。


『くっ…………!』


 魔法や精霊術を発動させようとしたが、焦りと痛みで力が集まらず、霧散した。

 情けなさと悔しさで、溢れた涙がこめかみを流れ落ちていく。


『誰か……誰か、助けて……コハクを助けて!』


「ギャウウッ!?」


『!?』


 大きな氷柱がバンディットウルフの首を貫いた。絶命したバンディットウルフがスイの上に倒れる。


『お、重い……! コハク、コハク……!』


 元々の体調不良に加え、頭からの出血のせいで力が入らず、スイは目だけでコハクの無事を確かめる。

 血だらけの小さな身体が、誰かの手によって抱き上げられた。


『…………ハンター、シュウ?』


「また酷い怪我をしたな」


 シュウはスイの上からバンディットウルフを退かすとスイの上体を起こした。アイテムバッグから上回復薬を二本取り出すと、一本をコハクにかける。

 タオルを取り出してスイの血塗れの顔半分を拭くと、もう一本の上回復薬をスイの顔にかけた。


「ほら、水も飲んでおけ」


 差し出された水筒を受け取り、スイは口に含む。喉が渇いていたのか、半分以上飲んだ。

 立ち上がろうとして、シュウに制される。


「良い、そうしてるのもつらいだろ。俺が運んでやる。スイはコハクを抱いてろ」


『…………』


 スイはされるがままにシュウに抱き上げられた。腕の中ではコハクがスイを心配そうに見上げているが、鳴き声が細い。

 スイもだが、コハクも血が足りていないのだ。回復薬は傷を治してくれはするが、血を増やす事は出来ない。


「………………」


『………………』


 シュウが一歩進む毎にスイの身体も合わせて揺れる。

 暫くの間、二人共何も喋らない時間が続いたが、スイはマントのフードを被ると口を開いた。


『…………ごめんなさい』


 言葉にすればまた涙が流れ、シュウの右肩に目を押し付けた。自分が悪いのに泣くのが悔しくて、それが更に涙を溢れさせる。


「…………宿に戻ったら説教だからな」


『はい、ごめんなさい……』


「…………間に合って良かったよ」


『……助けてくれて、ありがとうございました……』


「あぁ」


 右腕で抱えているスイの頭を、シュウの左手が撫でる。


『……でも町の入口前では降ろしてください。恥ずかしいです……』


「思ったよりは元気そうだ」


 フッと微笑ったシュウにつられて、スイも弱々しくだが微笑った。

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