たとえ望月でなくても
天宮ユウキ
面白い。
私はフラれた。相手は彼氏持ちの女子だ。
「ごめんなさい」と頭を下げられた。
フラれるというのはこんなにもあっさりしているものなのかと思った。告白したのは私からだった。
高校2年生の秋、文化祭が終わって少し経った頃。クラス委員として一緒に仕事をしていた私は、彼女のことが好きになっていた。しかし、彼女は私を友達のようにしか見ていないようだった。だけど私は彼女に想いを伝えたのだ。
「好きだよ」と。
すると彼女は、「ありがとう。でも、彼氏がいるの」と言ってきた。知らなかった。そんなことは聞いていなかった。私は彼女のことを知りたかったのに、彼女はなぜ私にそのことを教えてくれなかったのか。私はショックで頭が真っ白になった。
それから数日経っても私の心にはぽっかり穴が開いたままだった。そのせいか勉強や部活にも身が入らず、友人達に心配されたものだ。
そしてある日、彼女と一緒に帰っている時のことだった。告白してフラれた後も何事もない関係となっていた。いつも通りたわいもない話をして歩いていると、ふいに彼女が立ち止まった。
どうしたんだろうと思って振り返ると、そこには知らない男がいた。それが彼氏だった。彼女は私と別れて彼氏と帰りだした。
ああ面白い。
なんていう皮肉だろうか。失恋した直後に彼氏とくっつく様を見せられる。これはもう笑わずにはいられない。私は腹を抱えて笑い転げた。ああおかしい。本当におかしかった。
あの女は私のことを友達くらいにしか思っていなかったくせに、自分は彼氏のいる状態で私は告白したのだ。なんて面白い女なんだろう!
……くだらないや。
私は家に帰ることなく夜道を歩く。今日は満月の夜だが雲が多く、星はあまり見えない。それでも街灯の少ないこの道では充分すぎるほど明るい。空を見上げながら歩いていたら、足元にあった石ころにつまずいて盛大に転んでしまった。血は出ていないものの膝が痛い。
しばらく歩いていると小さな公園を見つけた。誰もいない。ブランコと滑り台しかないような寂しい場所だ。今の私みたいだ。
面白い。
ベンチに座って一息ついた後、ポケットに入れていたスマホを取り出して電話帳を開いた。その中からある人物の名前を探す。目当ての人物はすぐに見つかった。私は通話ボタンを押そうと思ったがやめた。その相手はフラれた彼女だ。彼女と話すことで何か変わるかもしれないと思っていたけど、やっぱり止めた。だから電話をかける必要はないと判断したのだ。
面白いなぁ。
だけど、もしかけてしまったとしたらどうなるのかな? きっと私は泣いてしまうと思う。それはとても面白くない結末を迎えることになる。だから私はかけないことにした。
「……さて、帰ろっか」
立ち上がるとスカートについた砂埃を払う。そして歩き出したその時、目の前に薄っすらと影を見る。街頭が私を照らしていたようだ。それなのに人らしきものが立っているように見えるとはどういうことだろう。
……つまらない。
誰かならきっと……、特にフラれた彼女なら胸をときめかせていただろうが、そんな都合のいい話なんてない。私は気にせず歩みを進めた。
暗い夜道に女の子が一人で歩く。単純に危険極まりない。親どころか警察すら心配する。しかし私は気にしない。私は一人になりたい。そう自分に言い聞かせる。すると不思議と寂しさが消えた。まるで魔法をかけられたように心が軽くなる。
くだらない。
どうしてこんなにもつまらなく感じてしまうのか。その理由も分かっているし納得しているつもりだ。でも、どうしても受け入れられなかった。受け入れたくないと思っている自分もいる。……何で私は滑稽にならないといけないんだ。私は自分のことが嫌いだ。だからこうして独りになろうとしているのだろうか。
分からない。
……分からなくても良いか。
そんなことを考えているうちに家の前に着いた。いつも通り鍵を取り出そうとして手を止める。そういえば、あの子は元気にしているのだろうか。私が告白した時、彼女は泣きそうな顔をしていた。多分、今は泣いてなどいない。多分彼氏と笑っているんだろう。なら笑え。こんな滑稽な私を笑え。笑ってくれ。お願いだ……。
「……」
私らしくもない。一体何を考えているんだろう。まあいいか。そんなことより早く入ろう。そしてすぐに寝よう。疲れたからね。
玄関を開けるといつものように妹達が出迎えてくれた。いつも通りお姉ちゃんと声をかけてくれる。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
いつも通りだ。いつも通りすぎて逆に落ち着かない。
部屋に戻って着替えてからベッドの上に座った。スマホを見るとメッセージアプリの新着通知が届いていることに気づく。差出人は友達だった。内容は文化祭の時に撮った写真を送ってくれたらしい。早速見てみることにした。
『ねえ、この子可愛くない?』
送られてきた画像を開くとそこには彼女の姿があった。
やめてくれ。
私が背くように窓を見ると、夜空が星で光り輝いていた。私に対する挑発でもしているのか。月は相変わらず満月だ。満ち欠けなんて見た目の問題に過ぎない。明日は変わりなく来る。たとえ望月でなくても。
たとえ望月でなくても 天宮ユウキ @amamiya1yuuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます