第44話 証言2:絶対に認めーーーん!

 一限目の後にはもう、優芽の席の横には琴樹がいる。

 授業が終わってすぐに自分の席を立った琴樹は、ごくごく自然にその場所に向かったのだった。

「今朝は、芽衣ちゃんの調子はどうだった?」

 挨拶もそこそこに訊ね、優芽も「元気元気。いつもより元気に登園してったよ」と笑顔で応じる。

 朝のホームルーム前は優芽が部活の朝練で時間がなかったからの確認で、優芽の様子から凡そは大丈夫を確信していた琴樹だが、確証を得てほっと息を吐き出す。

「そっか、よかった」

「芽衣から伝言ね。「こときおにいちゃん、ありがとうございます。めいはげんきだからだいじょうぶです。またいっぱいあそんでください」ってさ」

「はは、なんだか畏まってんな」

「まだ慣れてないのかも。ふふ。琴樹になんか伝えておこうか、って訊いたら背筋伸ばしちゃってね。インタビューでも受け答えする気持ちだったのかな。あぁ、動画撮っとけばよかったかも」

「くそ、ほんとだよ。それは見たかったなぁ。もう一回、お願いできないか?」

「うーん、どうしよっかなぁ。やってくれるとは思うけど……なんで? って思わせちゃうかも?」

「……俺から芽衣ちゃんにな。「おいしいケーキ屋さんを見つけたから楽しみにしててくれ」。以上で」

「ちょっとぉ、私を伝言係にしないでよ」

 優芽はちょっと目つきを細め、それから口元に指を添えて小さく笑った。

「なに、ケーキ屋探したの? わざわざ?」

「ちゃんとショートケーキが売りのとこだぞ」

 時間が出来てしまった日曜に、琴樹は芽衣の好みに合わせてネットの評判を漁ったのだった。

「うんうん。芽衣に伝えとくね。……それで、希美はなにやってんの? なんか用?」

 優芽が伝言役に一言物申したあたりで、優芽の机の横に屈んで頬杖をつく影があった。それが希美で、実に胡乱な眼差しで席の主である親友を見詰めている。

 かと思えば、ガバリと優芽の肩に抱き着いた。

「わたしのだからっ!」

 琴樹を睨んで宣言する。

「優芽はわたしのおもちゃなんだいっ!」

「はっ倒していい? どいてよもう。暑苦しい」

「いーやーだー!」

 胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる希美を、優芽はなんとか引っぺがす。

「仲が良くて羨ましいよ」

「なんか最近、引っ付き癖あるけどね」

 琴樹と優芽がまたそうやって目を合わせるから、希美は頬を膨らませるのだ。

「なんだよもー。幕張も優芽のお胸に跳び込みたいってこと?」

「なに言ってんの!?」

 優芽がすぐさま抗議するも。

「へーん。わたしを除け者にするからですー」

 希美に反省の色はない。

 琴樹としては苦笑に流すしかなかった。


 希美と共に、涼もまた傍に来ている。

「なんだか面白そうな話をしていましたね」

「ん? 聞いてないか? 白木さんから」

「大まかには。お暇な時にでも教えてくれますか?」

 希美と言い合う優芽を一瞥してから、琴樹は首を横に振った。

「白木さんから聞いてくれ。てか、涼、ほんとは大体わかってんじゃないのか? あの時も白木さんちに来たし。なぁ、むしろ俺が訊いていいか? 白木さんと涼の関係ってどんなもんなんだ? 普通の友達ってよりは、仲良さそうに見えるけど」

「そうですねぇ」

 涼が思案する間に、琴樹は引っ張られる感覚に襲われた。制服の裾をぐいっと。

「ん? どうかしたか?」

「……め、芽衣が……そういえば芽衣が、ドーナツも食べたいって、言ってた」

「んじゃ、ドーナツの店も探しとくか」

「……うん」

「おう。それで涼」

 どんな仲なんだ? と問う声は、遠間から希美を呼ぶ声にかき消された。

「篠原さーん! ちょっとちょっと! 計画書のことで少しー! 来てもらっていい?」

「いま行くー!」

 呼ばれた希美が応える。呼んだのは、校外学習で希美と同じ班の女子生徒だった。

「めんどうだよねー登山計画書。書いても使わないとかやる気でんぞい」


 明日の校外学習に向けて、各班には登山計画書の作成が課せられていた。社会勉強の一環としてであって、提出はするものの実際には使用されないらしい。

 文句ついでに希美は共感を求める。

「テキトーになるよねーどうしたって、ね、優芽」

「いやうちの班はしっかり作ったから、計画書」

「俺の目の黒いうちは手抜きはさせぬ」

「ということです。班長さんに睨まれながらみんなで作りましたよ。先週」

「先週!? え、じゃあもう作り終わったん?」

「先生に提出済みだ。そんな大したもんじゃないし、すぐ出来るぞ?」

「ひえー、撤退撤退ぃ! ここにいたら真面目がうつる!」

 希美が班員のところに小走りで寄っていくのを三人で見送り、うつればいいのに、と一人は思い、うつっては勿体ない、と一人は思う。優芽も涼も、思うことは反対でも自分本位は一緒だった。


「優芽と私の関係ですが所謂、親友というやつです。家が近いので、もしかしら一番の、と付けてもいいかもしれませんが……そういうのはあまり好きではないでしょう?」

 後半は優芽に向けての言葉だった。

「まあね。なんかそんな、順番決めるような話でもないし。とにかく、そう、大事な親友ってこと」

「ありがとうございます。私も優芽のことはこの上なく大事に、思っていますよ」

「おっけー、そうか、了解。二人とも恥ずかしくないのか?」

「い、言わないでよ」

「恥ずかしい事ではありませんから」

「そこは食い違うのな……。変な詮索してわるかった。かなり仲良さそうに思ってな、ちょっと訊いてみただけなんだ」

「そうですか。では蒸し返しますけど、ケーキ屋に行かれるのですか? 二人で?」

「三人だよ。俺と白木さんと芽衣ちゃんで。って、涼もわかってんじゃないのか?」

「あら、わかります?」

「そりゃわかるだろ……」

 親友同士だという優芽との関係や、芽衣ちゃんとの気安そうだった会話、白木家に上がり慣れていたような様子もあるし、今日までにはタイミングがなく優芽から話を聞いていないのかもしれないが、涼が推測を事実から大きく外すとも琴樹には思えなかった。

「三人でケーキ屋さんですか。楽しそうですね」

「あ、涼も来る? 芽衣も涼なら緊張することないし」

 カチコチになることはなくとも、希美や文が相手でも芽衣はやはりまだどうしても完全にリラックスすることは出来ないのだ。

 楽しそうにしているし楽しいのだろう。好きー、という言葉に嘘はないはずだ。ただ、姉の目から見て、まったくの気後れなしと思われるのは付き合いの長い『りょうちゃん』と、家族と同列に位置付けられているらしい『こときおにいちゃん』に限られてしまう。

「いえ、遠慮しておきます。あ、でも芽衣ちゃんとは遊びたいですね、私も。近く、家に行ってもいいですか?」

「もちろん。いつでも来てよ」

 そこでチャイムが鳴ったから、琴樹と涼は自分の席に戻っていく。

 授業の準備をしなければ、と思って、優芽は自分の右手がセーターの裾を握りしめていることに気が付いた。

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