第16話 手本たれ

 移動教室からの戻り際を、優芽は実のところ狙っていた。

「はろー」

 狙われた琴樹としては、なんなら踵を返したい。あからさまに人待ち姿勢のクラスメイトがたぶん自分待ちとは、視聴覚室を最後に出たからなんとなくわかってしまった。昨日の今日でもある。

「ども」

「それはありえんくない?」

 当たり障りなく優芽の目の前を通り過ぎようとする琴樹の進路を、スタイルのいい体躯と長い茶色の髪、それと鋭い目つきの怒り顔が塞ぐ。

 たしかに失礼か、と思い直した琴樹は、廊下の端に寄って話をする意思を示す。

「わるかったよ。昨日の話でなにか納得いかないとこでもあった?」

「それはない……まって、やっぱそれもけっこうあるんだけど」

「あ、そう? どこらへん?」

「や、別に、どこっていうか、全体的に?」

「それはまた……なんとも面倒な。もっかい最初から説明しようか?」

「……そういうんじゃなくって、幕張さ、なんかフツーに話すじゃんと思って」

「どんな評価だったんだよ俺のこと」

 思わず笑ってしまう琴樹だった。

 半年以上の期間、文化祭や体育祭だってあって、そうでなくとも学校で過ごす日常の中で適当な会話くらいは何度かあったのに。


「だ、だってあんま話したことなかったし」

 くるくると茶髪を指に絡めさせながら優芽は言い訳する。琴樹が会話したと思っていても、優芽はそもそもの対人関係量が琴樹とは桁違いで、それは事実でありそこに認識のズレが生じているのは否めなかった。

(俺が一方的に覚えてるだけか)

 そういったことがたまにあるのが琴樹の高校生活だから、思うところといえばちょっとした寂しさみたいなものくらいだ。

 好き好んで一人でいるとはいえ、それだけで全て満たされるわけもない。いつも人の輪の中に居れば時には一人になりたいように、いつも一人ならたまには友人とバカみたいに騒ぎたいこともある。

「どんなっていうか……印象になかったっていうか」

「え、ひどくね? まぁ俺も白木さんはただの量産型パリピ陽キャと思ってたからお互い様だけど」

「パリピ陽キャって、えぇ……なにそれ、それこそどんなのよ」

「カラオケはミラーボールがある部屋でないと許さない感じ?」

「なにそれ、意味わかんな」

 ノリでそういう部屋を使うことはある。綺麗で楽しいのもほんとだ。それでも10回に1回あるかどうかの頻度でしか利用していない。ミラーボールがなければ許さないとかあるわけがない、と優芽は少し笑みを浮かべる。

 友人が「ミラーボールはマストです。ミラーボールなくばカラオケにあらず」とか言い出したらそれはそれは可笑しいことだろう。


「カラオケは知らないけどな。それでじゃあ、何の用なんだ?」

「あ、うん。……幕張さ、芽衣と、うちの妹と、約束とか、してない?」

「約束? 「ママが帰ってくるまで家から出ない」約束はしたな。え、なんかマズかったか?」

(あれはほとんど無効になった、というか、実行された? とにかくもう……大丈夫だと思うんだが……)

「あー……それはたぶん、もう芽衣も忘れてると思う。他、他には? してない? 約束」

「他っつわれても……いや、してないと思うけど……」


(大丈夫、ここまでは想定内)

 琴樹が約束を覚えていない、正確には知らない、というところまでは、優芽は考慮していた。芽衣の妄想というんじゃない。年齢相応に、約束というもの、約束の仕方というのが幼いのだと知っている。

「約束っていうかね。なんか芽衣が言うには、公園で遊ぶって約束らしいの。そういう話に心当たりないかなぁって」

「公園……あ、今日は遊ばない……? いやまさか」

「あるんだ、心当たり」

「心当たり、なのかなぁ……芽衣ちゃんに「今日は遊ばない」……「今日は公園で遊ぶのはなし」とか、そんなことは言った、ような気がしないでもない……」

(約束……あれが約束……別の日には、ってそういう……なるほどな)

 天井を見詰めながら記憶を遡った結果、琴樹には一応、それっぽい断片があった。

「それ!」

 と優芽が目を細めて琴樹を指差す。

「それ、芽衣がちゃんと約束守って欲しいみたいなんだけど? まさか約束破るようなことしないよね?」

「……約束なら仕方ないわな」



「じゃあ、いついけそ?」

「週末だな」

「え、そんな先? なんで?」

「バイトあるから。放課後は毎日バイトなんだよ」

「へぇー。このまえ、大丈夫だったの?」

「別に。普通に間に合った」

「ならよかった。なんのバイトしてんの?」

「レジ打ち。週末だといつなら大丈夫なんだ?」

「てかさ、いま気付いたんだけど、幕張ってけっこう近いの? 家。うちから」

「さぁ? 土曜も日曜も午前なら空いてるから、どっちかの午前中ってことでいいか?」

「えー教えてよー。連絡先も!」

「……ID交換しますか」

「やたっ。じゃあはい…………おっけぇ。よしっ。それで家どこらへんなの?」

「まぁ、近くだよ。徒歩で……15分? 20分くらい」

「いま、わざと増やさなかった?」

「まさか。気のせいですよ。日曜日でいいか?」

「ふーん……あとで連絡する」

「いや今決めちゃ」

「私ってばパリピ陽キャだから忙しんだよねぇ」

「実は根に持ってたり?」

「量産型って、あれでしょ、なんかびみょいやつでしょ?」

「すみませんでした」

「わかればよろしい。私も印象にないとか、けっこうヒドめなこと言っちゃったし。ごめんね?」

「ないものはないんだから仕方ないだろ。悪いと思うなら、日曜日の午前で仮決めな。もし変更が必要なら連絡、ってことで」

「駄目。あとで連絡するから。芽衣だって、小さいながらに予定あったりすんだけど?」

「わかった、じゃあ決まったら連絡してくれ」

「……まぁ、それでいっか」


((頑固な奴))

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