第4話 幼女はご案内した
「ここ!」
「ここ?」
五分ほど歩いて、辿り着いたのは公園だった。
「遊びたいの?」
「あそんでいいの!? やったー!」
「ストーーーップ!」
駆け出しかけたメイを、琴樹が離陸させて行動を制止する。
ぷらんぷらん、と揺れる自分の両足を見下ろして、メイはさらに大きく足を振った。
「あはははは、こえたのしーねー!」
琴樹は自分をそこそこ大きく生んでくれた母に感謝しつつ、振り子幼女を掲げたままベンチまで。そしてメイを座らせる。
「はい。ごめんね、今日は公園で遊ぶのはなし。だめ。わかった、メイちゃん?」
「はーい! めい、あそばない!」
素直な返事に深く頷き、琴樹は周囲を観察する。至って普通の公園だ。
「メイちゃんは、この公園に来たかったの?」
「ううん。めい、おうちかえうんだよ?」
「……ここから、おうちまでの行き方、わかるのかな?」
「うんっ」
メイがベンチから立ち上がる、というか最早ちょっと飛び降りたようなものだが、それに琴樹は内心にガッツポーズをしておいた。
(あたりぃ! 俺、冴えてますねー)
家に帰るなら、家への帰り方がわかるところまで行けばいい。小さな子供のやり方を的中させてなぜかテンションが上がる琴樹だった。
(公園……目印には丁度いいわな)
地図上にもわかりやすいことだろう。
(地図読めるってのは、すげーけど。……俺が読めるようになったのって何歳頃なんだろ)
考えてわかるはずもなく、また繋いだ手に導かれるまま公園を後にする。
また五分ほど歩いて、琴樹の記憶では若干、スーパー側に戻りつつ、そうして一軒の家の前でメイが琴樹を見上げた。
「ここ! めいのおうち!」
「おー、そっかー。すごいねーメイちゃん。ちゃんとおうちに帰ってこられた。えらいぞー」
おんなじ目線の高さから褒めてやれば、メイが輝くほどの笑顔を見せる。
(ほんと……ほんっと可愛い子だなぁ)
「じゃあ、ばいばいメイちゃん。ママやおねえちゃんの言うことちゃーんと聞くんだよ?」
(色々気になるけど……家に帰しときゃ、大丈夫だよな?)
正直なところ、琴樹には少々の不安があった。
今、この目の前の一軒家には、メイの面倒を見れる存在がいるのかどうか。
ママは、おしごと、らしい。
パパは、不明。
おねえちゃんは、たぶん寝込んでいる。おねんねと言っていた。メイが買ったのは風邪薬。
(それにメイちゃんのおねえちゃんって、いいとこ10歳とかだろ。あーくそ、心配だ)
そもそもこうして琴樹がメイを自宅まで送り届ける事態になってしまっている。
(母親がほんとにすぐ帰ってくるってんなら……待たせてもらうのも手か? ……いや、不審者だよなそれじゃ)
一軒家の前に張り込む男子高校生なんて、通報ものだと考え直す。
「めい、いい子だもん」
「そうだね。じゃあ一個だけ、おにいちゃんと約束しよっか」
「やくそく?」
「そう。……約束はわかるよね?」
「やぶっちゃだめ! なの!」
(それは破るってことを理解してんのかねぇ)
やはり不安な琴樹だったが、幼女相手に不安を挙げれば切りがなく、これは手前勝手な心配だと割り切って小指を差し出す。
「ゆーきぃ」
「メイちゃんは、ママが帰ってくるまでおうちから出ない。約束できる?」
「めいは、ママがかえってくーまででない!」
「おうちから、出ない」
「おうちからでない!」
「よし、いい子だ。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます」
「ゆーきぃげんまん、のーます」
「うんうん。……じゃあね、ばいばい」
「ばいばーい! またねー!」
小さな手がふりふりと左右に大きく振られるのを見つつ、琴樹はその場を後にし、かけ。
(やっべやっべ)
「ごめんごめん、スマホ返してくれるかなメイちゃん」
五歩行って五歩戻って、幸いまだ玄関に消えてはいなかったメイに安堵した。
「すまほ?」
「そうそう。そのメイちゃんが左手に持ってるやつねー。それおにいちゃんのなんだ。返してくれるよね?」
(頼むぞ)
祈る。
「おにいちゃんのすまほ! はいっ!」
「ありがとう。それじゃあ今度こそばいばい」
「ばいばいしないぃ!」
(……うそだろ)
琴樹は相変わらず読めない児童思考に足を取られる。メイに、その全身でもって右足を。
「メイちゃん」
「いっしょおうちかえうの!」
ととと、と玄関ドアの前まで駆けたメイが眩しい笑顔を浮かべる。
「どうぞっ、おあがりくださいっ」
「いや、あのね」
どうしたものか、と琴樹が困っている前で、玄関ドアは勝手に開いた。
もちろん、勝手などではなく。
「なに……うるさい」
内側から、ドアを開けて気怠い姿が現れる。
「……は? え、なに……なんで幕張がいんの?」
胡乱な目と、まるで整えられていない起き抜けみたいな乱れた長い茶髪。琴樹にそんな女性の知り合いはいない。
着ているのも学校で使用するような、それも若干、琴樹的にもダサいと感じるデザインのものだった。
「……どちら様?」
(なんで俺の苗字……)
琴樹は、表札を、今更ながら確認した。
「
そこにあったのは、クラスメイトの一人と同じ漢字。同じ苗字。
「……さん?」
教室内に見る陽気でオシャレ命といった姿と、目の前のジャージぼさぼさ髪マスクで覇気のない様子とが、頭の中で全然結び付けられない琴樹だった。
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