天然な先輩と衝撃な鍋

砂上楼閣

第1話

冬が訪れてからしばらく経てども、寒さのピークはまだまだこれからな今日この頃。


私は先輩と鍋の魅力について語り合っていた。


なんで鍋かって?


そりゃ目の前に鍋があるから。


今日は先輩と2人でプチ鍋パの日なのである。


ちなみに私のは適当に切った野菜と肉を入れた素人適当鍋。


鍋はいいよね。


料理下手でも切ってぶちこむだけでそれっぽくなるし、売ってる鍋の素を入れれば誰でも美味しくなる。


中身は一応完成するまで内緒で。


小さな鍋で、私と先輩がそれぞれ一個ずつ鍋を作っている。


いわゆる食べ比べ?


鍋好きな私たちは定期的に集まっては鍋パを開催しているのだった。


先輩はどこか遠い目をしながら鍋の魅力について語っている。


「鍋っていいよねぇ。蓋もあるし、色々と入れられるし、頑丈だし。最近は見た目もスマートだから売り場を見てるだけでも時間が潰せるよ」


「先輩、バックとかカバンじゃないんですから。蓋があるのも頑丈なのもデフォですよ。あと色々も何も、そもそも何も入らなかったらそれはもう鍋じゃないです。まぁ調理器具売り場とかって見てるだけでも時間が潰せますよね」


鍋にいい感じに火が通るまでの待ち時間に話題を振っただけだけど、ちょっとズレた答えに少し脱力。


この先輩、ちょっと天然なんだよね。


先輩の鍋トークは止まらない。


「何より媚びてないのがいいね。無駄にデコってないし、使い込むと味が出るって言うの?鍋だけに」


「先輩、美味い……上手いですけど、前半意味不明です。それに普通鍋はデコらないでしょう。逆にデコってある鍋があったら見てみたいです」


いや、ちょっとじゃない。


脇道に外れて帰って来れないレベルで天然だった。


でもデコった鍋は見てみたい。


「種類も豊富だよね。中でも土鍋。あれは最高だね。中で丸まった猫ちゃんの可愛らしさって言ったらないよ」


「あれ、なんでですかね。普通の鍋より、土鍋だとより可愛らしく……って違います先輩。鍋は鍋でもそれはねこ鍋……いや、ジャンルとしてもう定着してるし、あり寄りのあり?」


可愛いは正義だから分類としてはあり。


「あと非常時にはヘルメットになる」


「なんでやねん!」


とうとう突っ込んでしまった。


いや、鍋ができるまでの時間潰しだから、別に鍋らしからぬ話題になろうが関係ないんだけども。


それにしてもツッコミの「なんでやねん」てテンプレ、便利だなぁ。


素人でも扱えるツッコミ。


まるで鍋の素のよう。


「もっとほら、何鍋が好きだとか、具材の話とかあるじゃないですか先輩。なんで鍋本体の話になってるんですか」


「ありきたりな話題で盛り上がって楽しいかい?」


盛り上がってるなら楽しいでしょうよ。


「しょうがない、普通に鍋の話でもしようか」


別に鍋の話をしたいんじゃなくて、好きな鍋の具材とか、ありきたりな話題でいいんだけどな。


まぁあくまで暇つぶしだし、いっか。


でも先輩のことだから、ここからさらに闇鍋の話にシフトしてもおかしくないな。


「地獄鍋は知ってるかい?」


ある意味予想通り斜め上に突っ込んできた。


「地獄鍋?闇鍋の親戚ですか?」


言葉の印象的に、どちらもそう大差なさそうな感じだけど…


というか先輩、まさか闇鍋を作ったりしてないよね?


「闇鍋なんて食べ物を半ば粗末にするようなお遊び料理と一緒にしてほしくないな。地獄鍋は立派な料理だよ」


「あ、そうなんですね」


ほっと小さく胸を撫で下ろす。


「イメージ的に、真っ赤で激辛な感じの鍋ですか?」


地獄って響きからして、ポコポコと沸き立つ真っ赤でおどろおどろしい鍋を想像する。


もしくは……内臓、ホルモン鍋的な?


「いやいや、普通の鍋だよ。具材は豆腐とドジョウの普通の鍋」


なんだ、意外とシンプルな鍋なんだ。


にしても豆腐と……ドジョウ?


「ドジョウは食べた事ないですね。ここら辺だと馴染みがないし。やっぱ郷土料理的なやつなんですか?」


「詳細を記憶してるわけじゃないけど、確か中国由来だったかな?」


へぇ、そうなんだ。


まぁ具材はシンプルだし、変な味にはならない……のかな?


いかんせんドジョウは食べたことないから味のイメージがつかない。


「作り方は簡単。鍋に水を張り、出汁と豆腐を入れて、ドジョウを生きたまま入れる」


うんうん、まぁ鍋なんて作り方はみんな具材を入れて煮るだけ……生きたまま?


「そして徐々に徐々に温度を上げていき、ドジョウが熱さに耐えかねて少しでも冷えた豆腐の中に潜り込み、それでもどんどん温度を上げていき…」


「ちょ」


待って待って、もう普通じゃない!


「最後は中で熱されて、豆腐と一つになったら美味しくいただきます、と」


「ちょっとそれは、酷過ぎません?生きたままなんて…」


想像しただけで恐ろしい…。


まるで石川五右衛門の釜茹でじゃん。


そりゃまぁ生き物をいただく以上、切ったり焼いたり煮たりするわけだけど…。


「まぁ馴染みがなければ残酷に感じても仕方がないとは思うよ。けど実際、探せば世界中に想像を絶するような食べ物とか食べ方があるからね。日本だって地域によってはまだまだ、踊り食いや活け造りは食べられてるし」


「あー、国によっては虫とか食べますもんね。私、虫だけは絶対に無理ですよ…」


日本でも地域によってはイナゴの佃煮とか蜂の子とか食べてるんだよね。


っていうか…


「また普通の鍋から話がそれてますよ!食べる前から食欲が無くなるような話をしないで下さいよ…」


たしかに鍋の具材とかの話だったけれども。


さすがに生きたまま熱するのはない。


「ごめんごめん。でも虫云々の話はそっちがしたことだよ?」


それは確かに。


素直にごめんなさいと頭を下げる。


「まぁ肉食が許されなかった僧が、肉を食べる為に好んで食べていた、なんて話もあるし、地獄鍋についても見聞を広げたってことで」


そう言って先輩は鍋の蓋を少しずらして中を覗いた。


「あ、そろそろそっちの鍋はいい感じじゃない?こっちはまだ時間がかかるから、先にいただこうかな」


「あ、はい。よそいますね」


なんだかんだ気が付けば私の鍋の方はいい感じに火が通って食べられそうだった。


まぁなんやかんや食べ物を目の前にすれば、お腹は空いてるんだから食欲は沸くよね。


コンロを切って、鍋からお椀に具材をよそう。


「「いただきます」」


お肉とかにきちんと火が通ってるか確認してから食べる。


味は可もなく不可もなく、まぁ美味しいんじゃない?って感じ。


鍋の素最高だね。


鍋とは言え小さいから、そんなにかからず食べ終わる。


元々小さな鍋で二つ分だからそんな量はない。


「さて、そろそろこっちもできたかな?」


手元のタイマーを見ながらそう呟く先輩。


火が通るまで時間がかかるみたいだったし、なんの具材を入れたんだろう?


「あ、よそいますよ。結局、先輩は何鍋にしたんですか?」


コンロを切って、鍋の蓋を外す。


ぶわって湯気が広がって、続いて鍋の中身が目に入った。


湯豆腐?


小さな鍋の中心に、大きめの豆腐があった。


その周りには黒っぽくて細長いものが何本か。


出汁に使った昆布かな?


なんてよく見てみると、それは小さな鰻みたいな見た目をしていて…


「ああ、やっぱりうまく豆腐の中に入ってくれないか」


なんて、先輩の声。


言葉は耳に入ってきているけれど、私の脳内は鍋の具材のことでいっぱいだった。


「どうも地獄鍋っていうのはただの創作上の料理っていうのが最近の説らしくてね。テレビなんかでも実際に作れるのか検証してみたらしいんだけど、どうも上手くできないみたいなんだ。だから実際にできるかどうか実験も兼ねて作ってみたんだけど……あれ?」


鍋の中のドジョウと私の目線が交差する。


さっき聞いた先輩の話がフラッシュバック。


生きたままのドジョウをゆっくりと熱して…




そこからの記憶は私にはない。


だけどそれ以降、先輩と何かを作る時は材料を買う段階から一緒にすることになった。


何かと変わった事に興味を持つ先輩だけれど、私が一緒にいるうちは絶対にもう奇天烈なものは作らせないと心に誓った。


これはとある冬の鍋の記憶。


何年経っても忘れることのできない私と先輩の思い出…

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