押しに弱い隣のギャルと「勘違いしたら負けゲーム」をすることになった
そらどり
勘違いしたら負けゲーム
高校入学からしばらく経ち、ようやくクラスの雰囲気にも慣れ、気の合う友人もそこそこに、これから楽しい高校生活が本格的に始まるのだと人知れず胸を躍らせていたのだが……
「あれ、おっかしいな~?」
ふと隣の席から慌ただしい悲鳴が聞こえてきて、晴馬は思考を中断してその声の主に視線を向ける。
その先にいるのは、
ダウナー気質ではあるが、それを補っても余りあるほどの社交性で瞬く間にクラスメートと打ち解け、入学してすぐクラスの人気者となった彼女なのだが……もうすぐ授業が始まるというのに、なにやらカバンの中を漁って何かを探している様子。
だが諦念するようにその手を止めると、芽依は申し訳なさそうにこちらを向いた。
「ねえねえ中村くん。悪いんだけどさ、教科書見せてもらってもいい?」
「なんだよ? また忘れたのか?」
「そうみたい。『次こそ忘れないぞ!』って今朝ちゃんとカバンの中身取り出して確認したんだけど、今度は入れるのを忘れちゃったみたいで……」
「相変わらずドジだな」
「ドジなのは認める! だからお願いっ! 机くっ付けさせて~」
芽依は両手を合わせて必死に頼み込んでくる。
そのあどけない表情に絆されたわけではないが……彼女が事ある毎に頼ってくるのにはもう慣れっこだったので、晴馬は溜息交じりに頷いた。
「まあ、別にいいけど」
「やった!」
「ったく、次こそは忘れるなよ?」
「わかってるって~」と声を弾ませながら、芽依は自身の机をこちらに寄せてくる。……本当にわかってんのかコイツ?
それでも、人懐っこい無邪気な笑みで教科書を催促されては咎める気も失せてしまう。呆れながらも、晴馬は机の上に準備しておいた教科書を芽依にも見える位置までズラした。
「ありがと。隣の席が中村くんだとやっぱ頼りになるね~。流石は優等生っ」
「うっせ。というか、いい加減その忘れ癖直せよ。俺だからいいけど、他の奴からしたら迷惑だろ」
「え~大丈夫だよ。他の人には絶対迷惑かけないもん」
「? なんでそう言い切れるんだよ?」
「なんでって、そんなの決まってるじゃん」
無邪気な笑顔から一転、余裕な笑みとともにわざとらしく小首を傾げると、芽依は含みを持った口調で、
「こんなこと……中村くんにしか頼めないから」
「っ!」
中村くんにしか。その一言に、教科書の上に置かれた指先がピクリと反応してしまう。
すると、その一瞬の動揺を逃すまいと、芽依は「にやぁ」と意地悪そうに詰め寄ってきた。
「あれあれ~? もしかして今ので勘違いしちゃった~?」
「は? 全然してないが?」
「え~嘘だぁ~。だって今ビクってしてたし~」
「違う。今のはジャーキング現象だ。正確には周期性四肢運動異常症といって眠りに落ちるタイミングで無意識に筋肉が痙攣してしまう現象をそう言うらしい。だから今のは俺の意に反した反応であって勘違いしたわけではないということだ」
「うわ、急にすごい饒舌になるじゃん」
その場しのぎの言い訳を淡々と述べる晴馬。
当然ながら納得いかない様子を見せる芽依だったが、その強情な態度を崩せないとみるや「全く、強情だね~」と渋々ながらも身を引いた。
そして危機を乗り切った晴馬はというと、芽依に悟られぬよう静かに安堵の息をついた。
(あ、あっぶねぇぇぇ……っ、危うく勘違いするとこだったぁぁ……!)
ちょっとだけ申し訳なさそうに肩を竦め、所在なくも指先を弄り、それでも頼れるのはあなたしかいないのだと言わんばかりの愛らしい小動物のような上目遣いで訴えかける。
あれはまさしく、異性を堕とすためだけに計算し尽された色仕掛けだった。
完全に油断していた。まさかここで仕掛けてくるとは思いもよらず、一瞬だけ平常心を崩してしまった。
ちょっとでも隙を見せれば、
こうして彼女がからかってくるようになったのは、三か月前から続くあるゲームがきっかけだ。
それまではごく普通のご近所関係だったと思う。他のクラスメイトと同じような距離感だったし、隣の席ということで教科書やノートを貸し借りする程度の当たり障りのない間柄だったから。ギャルと取り柄のない男子とでは住んでいる世界が違うわけだし、深く関わったことは一度もなかった。
あ、でも定期テストの勉強に付き合ってあげたことがあったっけ? 赤点がどーのこーのと困り果てていた彼女を色々と手助けしてあげたのが記憶に新しいが……特に何かイベントがあったわけではないし、その後もいたって普通のご近所付き合いをしていたのだから特段触れることでもないか。因みに芽依はなんとか赤点を回避することに成功したのだが……今は話を戻そう。
とにかく、そんな感じにお隣さんとしての付き合いをしていたわけだが……三か月前、唐突にその関係に変化が訪れた。彼女がゲームをしようと持ち掛けてきたのだ。
そのゲームこそが、今まさに行われている「勘違いしたら負けゲーム」。勘違いさせるような言動や行動を駆使して、「もしかして好きなんじゃ?」と相手を勘違いさせたら勝ちというシンプルな遊びだ。
……ただ、持ち掛けられた当時の晴馬はというと「あ、これ絶対乗っちゃいけないやつだ」と直感した。
曰く友達の間で流行っている遊びとのことだが、気軽に遊ぶほど親しい間柄ではない……というかそもそも友達と呼べるほどの関係じゃないんだし、こうしてギャルが誘ってくるなんて絶対に裏があるとしか思えない。
てかアレだろ。パッとしない陰キャをからかって一方的にいじめるつもりだろ。そんな下らない遊びにやすやすと乗っかると思うなよ?
というわけで、晴馬は当然拒否しようとしたのだが……
「まあ、陰キャの中村くんじゃすぐに勘違いしちゃうか~」
はい、血管ブチ切れ。「お前みたいなギャルに勘違いするはずねえだろ!」と見事に挑発に乗せられてしまいましたとさ。
いや、本当に何やってんの俺……
こうして乗せられる形で奇妙なゲームをすることになったのだが、始まってから三か月、今でも彼女は勘違いさせようとからかってくる。
だが、やることになった以上、絶対に勘違いするわけにはいかない。この勝負に勝ち、挑んできたことを後悔させてやる。陰キャだからってなめてもらっては困るのだ。
……それに、このゲームは
「そうだ。鹿波、ノート貸してくんない? 前回休んだせいで板書できてないんだよ」
「ええ~もう、しょうがないなぁ」
そうして差し出されたノートを受け取ると、晴馬はペラペラと紙をめくっていき……おもむろに呟いた。
「鹿波の文字って、やっぱ可愛いよな」
「っっ!? か、わ……!?」
唐突に告げられた一言に、虚を突かれた芽依は思わず目をぱちくりさせる。
だがそんな彼女に構うことなく、晴馬は畳み掛けた。
「女子らしい丸みがあるし」
「ふぇっ!」
「それでいて全体的に整ってて見やすい」
「ひゅんっ!!」
「とても綺麗だ。鹿波の内面の優しさがひしひしと伝わってくるよ」
「んぅっ!!!」
グサグサと褒め言葉が突き刺さり、芽依はダメージを食らったかのようによろめく。気づけば胸を押さえるような仕草を取って、込み上げる何かに必死になって悶えていた。
その様子を見るや、晴馬はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
「おいおい、勘違いしてないか? 俺が褒めたのは文字であって鹿波に言ったわけじゃないんだけどなぁ」
「べ、べべ別に? 勘違いなんて全っ然してませんけどー?」
「へぇ~? じゃあなんで恥ずかしそうに胸を押さえてんだ?」
「こ、これはアレだから! 朝食に食べたカツ丼が今になって逆流してきただけだから!」
「それはすぐに病院行け」
「どんな嘘だよ」と内心呆れてしまったが、それでも芽依は顔を真っ赤にしつつも余裕な笑みで取り繕っている。
やせ我慢なのは見れば明らかだが、勘違いしたと認める気は全くないらしい。
(チッ、この攻め方じゃ甘かったか)
この勝負を通してわかったことだが、芽依は押しに弱い。
ちょっと褒めるだけですぐに動揺するし、それっぽいことを言うだけで顔を赤くする。勝負を挑んできた奴とは思えないほど守りが弱いのだ。
だからその弱点を突いて攻めているわけだが、彼女は一向に負けを認めようとしない。それどころか、攻撃の手を緩めようともせず特攻を仕掛けてくるのだ。
攻撃こそ最大の防御というやつか。堅守速攻のカウンタータイプである晴馬とのインファイトはまさに熾烈を極めていた。
ということで、この勝負はなかなか決着がつかない。
芽依が勘違いさせようとからかえば、今度は晴馬がやり返す。晴馬がやり返せば、再び芽依が勘違いさせようとからかう。シーソーゲームのようなやり取りが恒常化していた。
だから当然、晴馬にやり返された芽依がこのまま黙っているはずがなく……
「中村くんってさ、ニーソと生足どっちが好き?」
「は?」
翌日、例の如く芽依は勘違いさせようとからかってきた。
今度は好きな人の好みに合わせる女子ムーブらしく、登校してきたばかりの晴馬に黒いニーソックスを穿いた足とスラッと伸びた素足をそれぞれ見せつけてきた。
因みに、もう片方のニーソックスは晴馬の机の上に乱雑に置かれていた。
「脱がすのも穿かせるのも自由。好きにしていいよ? 私、中村くんの好みをもっと知りたいからさ」
「…………」
「ほらほら、なんとか言いなよ~。現役女子高生を好きにできるんだぞ~?」
あどけない笑顔で挑発してくる芽依。
無作法にも机の上に座り、足先を宙に浮かせてプランプランさせるその姿を見た晴馬はというと……
(俺が脱げって言ったら晒してくれるのか!? 鹿波が自分から生足を!? しかも合意の上で!? いやコイツ絶対俺のこと好きだろぉぉ―――ッ!)
性癖にクリティカルヒット! チェリーボーイは勘違い必至だ!
だが砕け散りかけた理性をなんとか引き締め直す。ここで勘違いしてはいけない。何事にも動じない紳士な振る舞いを意識せねば。
ということで晴馬は、冷静沈着に取り繕ったポーカーフェイスでおもむろに返答した。
「……ニーソ、かな」
「へぇ、なんか意外。普段ニーソばっか穿いてるし、陰キャの中村くん的には生足の方がご褒美だと思ってたんだけど」
「勝手に決めつけんな。……まあ確かに、好みで言えば生足なんだけどさ」
「? じゃあなんで選ばなかったの?」
「なんでってそりゃ……そんな無防備な姿を他の男どもに晒してほしくないんだよ」
「え―――」
不意を突くカウンターに、芽依は一瞬呆気にとられる。
だがすぐにその言葉の意味を吞み込んだらしく、上気したように顔を紅潮させてしまった。いやわかりやすっ。
「おいおい、まさか本気にしてんじゃないだろうな?」
「っ! べ、別に? ちょっと独占欲見せられたくらいで勘違いするわけないじゃん。漫画とかアニメの見過ぎ」
じゃあなんで恥ずかしそうにニーソ穿き直してんだよぉぉぉ―――! 俯いてモジモジするとかさぁ! いちいち反応が可愛すぎるんだよぉぉぉ―――!
先程まで挑発してきた奴とは思えないほどしおらしい態度を見せる芽依に、晴馬は思わず心の中でそう叫んでしまった。
だ、だが耐えた。声に出してしまえば負けを自供するようなもの。ギャルに屈するわけにはいかないのだ。
そうやって勘違いしないよう己を律する日々は相変わらず続いた。
ある時はそれぞれの自前の弁当をアーンさせ合い、またある時は視線を逸らさぬよう見つめ合い、またまたある時は互いの良いところを褒め合って悶えさせて……その度に勘違いしないよう意識しつつ、勘違いさせようと仕返し続けてきた。
彼女を辱める傍ら、勘違いしないようにと自分に言い聞かせながら。
……でも最近は、もう負けを認めてもいいんじゃないかと思う自分がいる。
このゲームを通して彼女のことを知っていくうちに、これ以上なく愛おしさを感じるようになってしまった。
好きという気持ちが今にも溢れそうになって苦しくなる。勘違いさせるために仕組まれた卑しい策略だとわかってるけど、それでも彼女への切実な想いが日を増す毎に大きくなっていく。
いくらでもバカにされていい。一生なめられたままでもいい。だからもう、自分の気持ちに素直になりたいと思うようになっていた。
◇◇◇
私―――鹿波芽依には、好きな人がいる。
その人の名前は中村晴馬。入学してからずっと隣の席の男子だ。
初めはただの隣人程度に思っていた。自分と違って真面目に授業を受けるような真面目くんだし、見た目も性格もパッとしない、全てにおいて大した取り柄のない普通の男子という印象だった。
そんなイメージが変わったのは、入学して少し経った頃。テスト勉強を助けてくれた時だった。
勉強が苦手で覚えの悪い自分に、彼は何度も優しく教えてくれた。教えてもらったことをすぐ忘れてしまっても、嫌な顔一つせず最初から教えてくれた。そんな彼の優しさに触れて、少しずつ目で追うようになり……気づいたら好きになっていた。
好きだと自覚してから、どんどん彼に夢中になっていくのが自分でもわかった。
登校してきた彼から挨拶されると嬉しくなってつい顔を綻ばせちゃうし、どんなにつまらない話題でも彼と話してるだけで楽しいひと時に感じられる。
今だってそう。授業を受けている彼の横顔を覗き見てるだけなのにドキドキする。すごく真剣な目……やっぱり好き。
でも覗き見てるのがバレたら絶対変に思われるから、見たい気持ちを抑えて黒板へと向き直る……と思いきや数秒後にはまた彼に目を奪われるの繰り返し。だってカッコいいんだもん。
「……え、顔になんか付いてる?」
「あ、い、いや、別に……」
やばっ、気づかれた。咄嗟に視線を逸らしたが、かえって変に思われてしまっただろうか?
しかし彼は特に気にならなかったようで。「そっか」と口にすると、視線を黒板に戻そうとして……
「鹿波、お前教科書は?」
「え? あ、その……忘れちゃったみたいで」
「またか……じゃあほら、見せてやるから机寄せて」
「え、いいの?」
「なきゃ困るだろ。てか困ってんなら遠慮せず頼っていいんだからな」
「っ!」
……だから、なんでそうやって優しくするの!? 好きになっちゃうじゃん! もう大好きだけど!
ダメだ。もうこの気持ちを抑えるのも限界で、今すぐにでも好きだと伝えたくなる。
でももし断られたら? 好きじゃないと面と向かって言われたら? そう思うと怖くなって、一歩踏み出せなくなる。
臆病すぎるだろうか。だけど彼から興味を持たれてる自信がないし、それに……このお隣同士の関係はとても心地良い。それを自分の手で壊してしまうのだと思うと、どうしても尻込みしてしまう。
このまま告白して失敗すれば、こそばゆくも楽しい今の日常が終わってしまう。でも素直になりたい気持ちを抑え続けるのももう限界で……
だがそんな時、天才的なアイデアが頭の中に舞い降りてきた。
(……そうだ、
この間友達としていたおふざけだったが、確かに、この関係を保ちつつ彼への気持ちを伝えるにはうってつけのゲームだ。
だから芽依は、勇気を振り絞るが顔には出さず、いかにも余裕な笑みを作り、授業が終わって一人くつろぐ隣の彼に振り向いた。
「ねえ、中村くん、話があるんだけど―――」
そうして始まったのが「勘違いしたら負けゲーム」だった。
◇◇◇
結論から言おう。このゲームには大きな欠点があった。
ゲームを始めて以降、事ある毎に晴馬を勘違いさせようと仕掛ける芽依だったのだが……
「鹿波って、なんか子犬みたいで可愛いよな。髪もふわふわで触り心地良さそうだし」
「んぅぅ~~~っっ!」
もうやめてぇぇぇ―――っ! それ以上言われたら恥ずか死ぬからぁぁぁ―――っ!
勘違いさせるフェーズがあるということは、勘違いさせられるフェーズもあるということ。同様に勘違いさせようと仕掛けてくる彼の言葉責めに、芽依の頭はオーバーヒートしていた。
完全に見切り発車だった。攻めることばかり考えて、自分が攻められることまで頭が回っていなかった。
どうしよう。このままじゃ更に好きにさせられる一方だ。というか早く勘違いさせないとこっちがもたない!
「どうした? まさかちょっと煽てられたくらいで勘違いしてんのか?」
「ぜ、全然? こんな当たり障りのない褒め方で勘違いするわけないでしょ」
嘘です。ノータイムで勘違いしちゃってます。
だってこんなに褒めてくれるんだもん。勘違いさせるためにわざと言っているんだってわかってるけど、身体が勝手に喜んじゃうんだもん。好きな人からの褒め言葉だよ? 鵜呑みにしても仕方ないじゃん。
(でもずっとやられっぱなしは悔しい……だったら今度はこっちが攻める番!)
彼は容姿を褒めてきた。となればこちらも同じ手を使わせてもらう。
少し色っぽい声を意識して、何度も鏡の前で確認した一番可愛さが引き立つ顔の角度を再現し、芽依は反撃を開始した。
「でもそう言う中村くんだってさ、よく見るとカッコいいよね。鼻筋も通ってるし、輪郭もシュッとしてるし」
んんんんん~~~っ! 勘違いさせるためとはいえやっぱり恥ずかしいぃぃぃ……っ!
で、でもあれだけ可愛いって褒めてくれたんだし、そんな可愛い女子から褒められたら流石の中村くんでも勘違いせざるを得ないはず……
「……そうか」
まさかの無反応!?
可もなく不可もない返事をし、そっぽを向く彼。渾身の攻めは不発に終わってしまった。
(ぐぬぬぅ……こっちは頑張って褒めたのに……)
というよりここ最近はずっとこんな感じだ。
今までは反応が薄いながらも勘違いしているような素振りを見せていたというのに、その反応すら見せてくれない。
それに、なんかやけに素っ気ないような気がするし……もしかしてこのゲームに飽きてしまったのだろうか?
……それはちょっとマズイ気がする。このゲームがあるから興味を持ってもらえるのに、ゲームそのものに愛想を尽かされたら、ただのお隣さん同士に戻ってしまう。
気持ちを伝えられず、興味すら持ってもらえず、ひたすら恋焦がれていたあの頃に……
(……それだけは絶対嫌だ!)
引くに引けないところまで来た今、自然消滅するような事態だけは断じて避けたい。
でもどうすれば? 飽きているのなら生半可な攻め方では良い反応は期待できない。なんというかこう、思わず面食らわせられるような、絶対勘違いさせられる手段があれば……うーん。
(……あ、そうだ!)
どうして今までやらなかったのだろうとさえ思ってしまうほどのアイデアを閃き、その表情は思わず花咲いた。
これなら絶対勘違いさせることができる。確信めいた想いを胸に、芽依は作戦を練り始めた。
◇◇◇
作戦を練り終えると、芽依はすぐに行動を開始した。
まずは舞台。先生と交渉すること数日、なんとか一時間だけ屋上を使用する許可を手に入れた。
次に時間帯。事前に調べた日没時間を基に、最もロマンティックな雰囲気になる状況に合わせて作戦を実行する手筈を整えた。勿論、当日の天気予報もチェック済み。降水確率ゼロパーセントの曇りなき快晴だ。
最後に身だしなみ。決行当日の朝、大切な日以外は使用を控えているシャンプーをふんだんに使い、お気に入りの香水を首裏にワンプッシュし、パフォーマンスを高めるための禊を終えて登校した。
全ては確実に勘違いさせるため。書店で購入した恋愛指南書を頼りに、成功率を少しでも上げる条件を整えた。
そして、ついに決行の瞬間を迎える。
放課後、屋上で一人待つ芽依のもとに、晴馬は約束通りの時間に現れた。
「来てくれたってことは、私の手紙ちゃんと読んでくれたんだよね?」
「コソコソとこんな場所に呼び出して……いったい何の用だよ?」
そう言う彼の表情は若干強張っている。
それもそうだろう。今彼が手に持っているのは、芽依からの手紙が入った手作りの封筒。事前にロッカーに忍ばせておき、放課後に屋上へ来るように促したのだから。
(よしよし、まずは第一関門突破)
開封済みの封筒を見てほくそ笑むと、芽依は夕陽を背にして意味ありげな台詞を口にする。
「急に呼び出してごめんね? 実はどうしても伝えたいことがあって」
「それは……今じゃないとダメなやつか?」
「うん。今じゃないとダメ。だから……少しだけ時間をくれないかな?」
「……別にいいけど」
「ありがと」
照れ隠しのような笑みをわざと浮かべると、彼の表情はさらに強張った。
……瞳が僅かに揺れている。長らく待ち望んだその動揺する瞬間に、芽依は背筋がゾクゾクするような快感を覚えた。
でも優越感に浸るのはまだ早い。今までのやり取りはあくまでも雰囲気づくり。本題はこの後なのだから。
「……中村くんを屋上に呼んだのはね、ここでならちゃんと伝えられると思ったから」
ようやく切り出す。
前置きはもういらない。一歩歩み寄り、彼を見上げるようにして相対すると、少しだけ肩を竦め……そして、
「私、実はね、中村くんのことが好きなんだ」
自分の気持ちを打ち明けた。放課後、夕陽の差す屋上で、二人しかいないこの場所で。
彼は面食らったように狼狽える。こうなることは織り込み済みだったのだろうが、それでも面と向かって言われてしまえば、常にクールなその仮面が削がれるのも無理はない。
だが全ては計算の内。緻密に練った作戦を基に作り上げたこのムードな中、普段はからかってくる女子から純粋な気持ちを打ち明けられようものなら、その浮ついた雰囲気と素直なギャップのダブルパンチに強情な彼も堪らず勘違いするという確信があった。
そう。これこそが作戦の全貌。名付けるなら「告白して勘違いさせちゃおう大作戦!」だ。
(ふふ~んっ♪ あまりに衝撃過ぎて開いた口が塞がらないみたいだね~♪)
でも中村くんが全部悪いんだよ? 飽きてるような素振りなんて見せなかったら、ここまで私が頑張る必要もなかったんだから。
さあ、あとは勘違いしたと認めて降参するだけ。こんな大胆な告白を成し遂げたのだから、勝利はもう目前―――
(……ん? 告、白?)
自分の言葉にふと引っかかりを覚えて、そのしたり顔は冷めていく。
……あれ? これって普通に告白してない? 勘違いさせる云々以前に、これってただ普通に自分の気持ちを打ち明けただけなのでは?
……………………
…………
……あ、ああ、
(あァアアあァアアアァあ~~~~~~ッッ!?!!??!?)
そこでようやく気づいた。
この作戦の大きな欠陥。最も効率的に相手を勘違いさせることができる代償として、今のお隣同士としての関係を壊してしまうという、そのあまりに本末転倒すぎる欠陥に。
(普通に告白しちゃってるっ! あんなに躊躇してたのに! 勢いに任せてとんでもないことやらかしちゃってるぅぅ!)
今までも攻めた発言や行動を繰り返してきた。
でもこれは根本的に違う。越えちゃいけないラインを完全に越えちゃってる!
もうダメだ。こんなドジ女じゃ愛想尽かされて当然だ。よし、飛び降りよう。てかもう飛び降りるしかない! こんな辱めを受けるくらいなら飛び降りてやるぅぅ……っ!
(……い、いや早まるな私! まだ大丈夫。勘違いしたって頑なに認めない中村くんのことだし、今回だっていつも通り首を横に振ってくれるはず―――)
そんな淡い期待を胸に、芽依は恐る恐る顔を上げて……
「そうか、鹿波が俺のことを……」
「ふぇ?」
だが予想に反して、彼は一歩踏み込んでくる。あ、ちょっ、顔近っ。
「そんな風に考えちゃいけないと思ってた。自分に都合のいい妄想だって何度も言い聞かせてきた。……でも、もういいってことだよな?」
「あ、あれ? もしかして本気にしちゃってる? やだな~告白なんて嘘に決まって―――」
「うるせぇッ! こちとらもう我慢の限界なんだよッ!」
「ええええええええええ!?」
普段らしからぬ逆ギレを見せる晴馬。だが、一度でも溢れてしまえばもう止まらない。
「もう無理なんだよ! 可愛い反応を見る度にどんどん鹿波への想いが大きくなって、今じゃ顔を見るのも手一杯なんだ!」
「ま、待ってよ! ゲームは!? そんなあっさり認めちゃっていいの!?」
「勝負なら俺の負けでいい!」
「ええ!?」
「好きなんだ鹿波! 俺と付き合ってくれ!」
「ええ!?!?」
好き!? 付き合ってくれ!? ナニコレドーユージョーキョー!?
突然の告白に頭が真っ白になってしまう芽依。どうしよう、この状況に全く付いていけない!
(い、一旦落ち着け私。取り敢えず深呼吸して……えぇと、ということはつまり、やけに素っ気なく見えたアレは飽きたんじゃなくて、むしろ効果てきめんだったってことなんだよね? だから中村くんがこうして告白してきたわけで……ん?)
……となると今の状況は、ただの早とちりが原因ってことなんじゃ?
(ほんとに私のバカぁぁ~~~っっ!)
やっぱり飛び降りよう! もう無理! 恥ずかし過ぎてもう中村くんに合わせる顔がないっ!
だがそんな芽依に追い打ちをかけるように、晴馬は前のめり気味に問い詰めてくる。
「なあ、本当は俺のことどう思ってるんだよ?」
「ま、待ってよ。急にそんなこと言われても……中村くんに好かれてたなんて微塵も思ってなかったから」
「好きだよ。好きにさせられた。てかなんだったら入学した時からずっと可愛いなって思ってた」
「~~~っ! で、でも! 私いっつも迷惑かけてるし、中村くんの優しさに頼りっきりだし」
「頼れって言ったのは俺だ。それに、誰にだって優しくするほど俺はお人好しじゃない。相手が鹿波だからそうしたくなったんだ」
「ぐっ、ぅぅ……!」
こんなの褒め殺しだ。悶えても悶えても羞恥が押し寄せてきて、今にも頭が爆発しそうになる。
なのに、その真っ直ぐな眼差しから目を逸らせない。胸の奥が温かくなる。理性があっさりと溶かされていく。
ちょっと強く押されただけで流されてしまうとか、私はなんて簡単な女なんだろうか。
でも、こうなるのは相手があなただから。
好きな人だから、いくらでも溺れたいと思ってしまう。この気持ちに嘘をつけるほど、私は器用ではないから。
「鹿波、返事を聞かせてくれ」
彼はニヤニヤと笑みを浮かべる。
……本当に意地悪だ。返事なんて聞かなくてもわかっているだろうに。
その余裕な態度が悔しくて、少しでも仕返ししてやりたいと思ったから、破裂しそうになる羞恥心をグっと抑えておもむろに呟いた。
「……責任、取ってよね」
「んぶッ!?」
その不意打ちに、彼は思わず狼狽する。
あまりにわかりやすい反応。自らが掴み取った初めての勝利に小さくほくそ笑むと、顔を赤らめる彼に飛びつき、そして―――
「大好き!」
満面の笑みで、片想いだった彼にそう伝えるのだった。
押しに弱い隣のギャルと「勘違いしたら負けゲーム」をすることになった そらどり @soradori
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