閑話 地下鉄

 その頃、とある地下鉄の駅。

 一人の男が、駅のホームに佇んでいた。

 男は苛立ちながら、電車を待っていた。


(クソ……! 公安の野郎ども! 奴らもこのスキル社会の手先か!)


 男は活動家のメンバーの一人。

 彼は先ほどまで国会前でデモ活動をしていたが、敵対組織の妨害と警察による鎮圧で、強制的に解散となってしまった。

 警察は過激な行動に出ていた数人を逮捕したが……男は難を逃れていた。

 彼は悔しさを感じながらも、帰りの電車を待っていた。


(こんな社会……消えてなくなれば……)


 そんな中、列車が到着するアナウンスが、地下鉄の駅構内に響き渡る。

 社会に恨みを持ちながらも、その社会で回っている鉄道を利用する様は、どこか矛盾していた。

 無論、男もそれを分かっていたが、それを利用する以外、家に帰る手段が無いのだ。

 いつかこんな社会を変えてやる、そんなことを考えながら前を見ると……反対側のホームにいる少女がずっとこちらを見ていることに気づいた。


(なんだ……?)


官庁街であり、スーツ姿の客が多いこの駅にしては、少女の姿はかなり浮いているゴスロリで、男は気味が悪いと思い、目を逸らした。

 電車が警笛を鳴らしホームに侵入していることがわかり、男はそちらに目をやった……その時だった。


「う、うわあああああ!?


 その少女が、男の目の前にいて、男は思わず腰を抜かした。

 地面に尻餅をつくと、突然電車が、入線の途中で止まった……いや、この場合は、電車を含む全ての時が止まったと言うべきか。


「だ、誰だ一体!? こ、これは一体なんなんだ!?」


 ありえない光景が続き、男は混乱のあまり、デモに使う旗や看板をその場に落としてしまった。


「みーつけた」


 無邪気な笑顔を見せ、少女はそんなことを言う。


「な、なにを!?」


 男は困惑していると、少女は男に腕輪を付けた。

 それは冒険者が使う、昇たちが授業の一環でも使った、ダンジョンに入る為の腕輪だった。

 しかし通常の腕輪とは違い、色は黒く、形も歪なものだった。


「ぐぅぅ!? 痛い! 苦しい!! あぁぁぁ……」


 腕輪を付けられると、男は苦しみだし、腕輪を付けられた手首を抑えながら、倒れこんだ。

 少女は男に目線を合わせるように、膝を落として話しかける。


「さぁ言ってみて!」


「な、なにを!?」


「そりゃもちろん……あなたが望むものだよ!」


「の……望むもの!?」


「そうだよ!」


 男は考えた、自分が望むものを。

 本来こんなことを言われたら、普通の人は富や名誉、気品な異性に囲まれた生活などを想像するだろう。

 しかし、男が言ったことは……そんな欲望にまみれたものではなかった、いや、そんな事を考える思考が、何かによって欠落したというべきか。


「お、俺は……社会を潰したい……」


 男は先ほどまで考えていた、自らの思想を口にしたのだ。

 ある意味では欲望と言えるが、男の口調からは、そのような感情があまりに薄かった。


「よく言えたね! さぁ手、出して」


 男は言われるがまま、両手を出した。

 少女は……黒い携帯電話を男に手渡した。


「はいこれ、ボタンを押して、そこに嵌めてね! それじゃあね! お使い終わり!」


 少女は忽然と消え、男はスマホを持ったまま、座り込んでいた。

 ……少女が消えた後、時が動き出し、電車が奥まで入線し……ドアが開き、人々が降りていく。

 人々は、男の異常な姿に目をやっては、背いていった。


「あの……どうかしましたか?」


 男の異様な姿に心配をしたのか、勇気のある人物が話しかけてきた。

 駅では電車の発車を合図するメロディが鳴り響き、後ろの車両にいる乗務員が、ドアを閉めようとしていた。


「俺は……」


「ご気分悪いんですか? なら駅員さんを……」


「俺は……潰す……」


「あの……大丈夫ですか?」


「潰してやるぅ!」


 男は立ち上がり、渡された携帯の電源を入れた。


『オーク!』


 携帯から不気味な音声が流れ、駅のホームにこだまする。

 男は少女の指示があった通りに、その状態で携帯を腕輪に嵌めた。

 すると、男の体が脈打ち、不気味な色の皮膚に変化していく。

 やがて男の顔は豚のようになり、体も屈強になっていった。

 その姿は、まさに、モンスターが当たり前になったこの日本でも、この世のものとは思えない物だった。


「うわあああああ!? 化け物だ!!」


 声を掛けた人物は、突然変貌した男に驚愕し、腰を落とした。

 男は黒いオーク……より正確に言えば『オークのような怪物』になり、声を掛けた人物を吹っ飛ばし、地上へと上がっていった。

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