第2話

 殴るようにドアを開け少年が部屋を出る。夜の暗闇に消える少年の背中が、年相応に幼く、小さくなっていく。

 ゆっくりとドアが閉まるまで、誰も、一言も話すことが出来なかった。


 沈黙が空気を刺す。

 今まで、それをこんなにも苦痛と感じたことはなかった。


「…僕たちにゆっくりしている時間はない。もし、僕たちの暴挙がバレたら家族が危ない。」


 発破をかけるように、自らの置かれている状況の再確認。

 家族の身が危険に晒される可能性がある理由は単純明快だ。僕たちは、やるなら大胆に、内密に、精緻にやるのが一流だ。


「私の家族は平気よ。なんせ、私の家族です。眠れる魔物に手を出すほど国は馬鹿じゃないわ。」


 横の少女…ユイはいつの間にか椅子に座っており、腕と足を組みながらそう答えた。

 自分に言い聞かせるような、そんな言い方だった。


「私は…下手したら外交問題だなァ。せっかく異種外交が盛んになってきたのに…胃が痛いね!」


 目を腫らしながら、どこか開き直るように言い切ったまだ幼さが残る少女…ヤシラは呼吸を整えると、


「…それでも、先祖の誇りを汚す行いをしたつもりは断じてない。だが国の悪行を忠す力もない。これが最善だったよ。」


 そう続けた。

 ここまで思い詰めさせてしまうのは、僕が頼りない証でもある。リーダーは、常に矢面に立って道を示さねばならないのだから。


「カイを匿ったと妹から連絡が入った。…さあ、お国からのお仕事の時間だ。僕たち最後の大仕事だ。」


 椅子から立ち、三年間共に歩んできた二人の仲間を交互に見やる。

 ユイとヤシラ、二人は僕には勿体無い逸材だ。

 本当に。


 だから、死ぬのは僕だけで十分だ。


「国からの指示はシンプルだ。魔王に挑み、勇者を…異分子を殺せ。魔族との協定が成された今、勇者の力は双方にとっては邪魔でしかない。」


 勝手に国が呼んで、要らなくなったら殺す。

 合理的で、非人道的な行い。

 しかし国として、いや種としてはこの上なく正しい。

 異分子を排除する、不安要素は事前に消しておく。憎たらしいほど完璧なリスクヘッジだ。


 だが一流たる僕は、この世界の住民であり、カイの友達である僕は、それを許さなかった。


「あいつらは悔しいが優秀だ。一流だからな。だが…そこには誇りがないんだ。僕は、それが許せない。」


「…右も左も分からない子供を戦地に送り込んで、全部私たちに丸投げですものね。どんなに強い能力があっても、知識や誇りが伴わなきゃ戦士とは呼ばないわ。」


 僕たち冒険者は戦士だ。

 能力に驕らず、知識と誇りを鎧にする。

 未開の地を切り開き、強きを挫き弱気を助ける。権力を嫌い自由を好む集団である。


 しかし、ここ数年で村は国へと成長し、冒険者の在り方も変化してしまった。

 国が冒険者への依頼を管理するようになり、多くの冒険者はこの国を離れた。今や冒険者は、政府の犬と陰で呼ばれている。


「私は最初から捨て駒扱いだったからな!革新派の中で魔術に明るいから召集されただけだった!今だからこそ言えるが、こんな腐ってる国だと最初から知ってたら、今頃保守派に居たね!」


 もしかしたら保守派の爺さん共は最初から知ってたのかもな、なんて付け足す彼女の足は震えていた。微かに、ユイの指も落ち着きがないことが見て取れる。


「なに、君たちはそんな緊張しなくてもいい。僕が魔王に話しを付けてくるだけだ。その間、君たちは隠れてて欲しい。」


 努めて冷静に言ってのける。

 今までの作戦会議ではしてこなかった、明確な回答だ。


「…させないわ。あなた、一人で死ぬ気でしょう。勇者の力が覚醒してないのを良いことに、自身を殺させることで手を打つ気ね。」


「そんな馬鹿な作戦を許したら、今度こそ私は先祖に顔向け出来なくなッちまうよ。」


 四つの瞳が僕を貫く。

 非難の色を含んだその言葉には、明確な怒りが浮かんでいる。


「一流たるもの、死に場所は選べ。今回は最年長の僕の役割なんだ。」


「政府の犬である時点で私たちは一流じゃないわ。」


「たわけ、政府の犬じゃないから謀反するんだ。それに一流とは身分の話じゃない、在り方の話だ。」


「なら私の死に場所は私が決める権利があるはずよ。一流の私は、あなたが一人で責任を取ることを断じて許せないわ。」


 ヒートアップする会話を遮るように、ヤシラは僕に声をかけた。


「アマザ、アンタの言い分はよく分かる。合理的だし、理屈としては正しい。国の言い分と同じでな!」


 彼女の言葉がスッと胸を突く。

 痛烈な皮肉だ。


「…私たちには責任があるんだ。何も知らない少年を、望まぬ能力を持つ少年を、本人の意思とは関係なく戦士にしちまった責任が。一人では辛い痛みも、パーティなら分け合える。これはアンタの言葉じゃなかったか?」


 いつの間にか僕の前まで移動していたヤシラは、僕の頭をゆっくりと抱きしめると優しい声色でそう言った。


 情けない。僕は、本当に情けない人間だ。

 抱えていた不安を見抜かれ、幼い少女に諭されてしまう。

 リーダーとして、年長者として失格な気さえした。


「…わかった、この議題は棚上げだ。ひとまず魔王の元へと向かおう。」


 温もりから脱し、気恥ずかしさでほのかに上気した顔を上げる。


 今回の議論は棚上げ。気に入らない事は時間の許す限り徹底的に話し合い、最終的に全員に寄り添った回答を出す。このやり方はカイが発案したもので、みんな気に入っていた。


 ずきん、と皮膚を抉るような痛みを腹に感じる。

 今回の作戦に向けた覚悟の痛み。自分勝手に僕たちがもたらした、カイに与えた痛みとどっちが痛いだろうか。


 …傷は比べるものではない、分かち合うものだ。かつての僕はカイにそう語った。それも含めてリーダーが背負い込むものだ、とも。


「生き残るぞ、みんな。」


 ひとりごちた声は誰に届くでもなく、窓から見える月だけが僕を見下ろしていた。

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