そうはならんやろ

@copcapkop

そうはならんやろ

ナランは疲れていた。

立たねばならぬが疲れていた。

やる気も湧かなかった。

ナランは呆けたように遠くを眺めていた。

ナランは王子だった。

ソーハ王国の第三王子だった。

ナランは隣国との戦争に身を投じた。

王国の威信を示すため、そして王に命じられたからだ。

ナランは喜んで参加した。

ナランは肩身の狭い思いをしていた。

第一王子のように国を継ぐことも出来ない、第二王子のように勉学に励むことも出来なかった。

この戦争で功績を挙げれば、皆が認めてくれると思っていた。

地位も学も無ければ武があると。

ナランは王に期待されていると感じた。

初めてのことだった。

これはナランが命を懸けるのに充分だった。

ナランは最前線に送り込まれた。

王曰く、命を懸ける兵士達にはお前が必要なのだと。

ナランは納得した。

ナランは勇んで指揮を執った。

しかし上手く行かなかった。

学が無かったからだ。

ナランは憂鬱になった。

ナランは兵に檄を飛ばした。

兵はそれを無視した。

ナランが第三王子だったからだ。

ナランの知名度が低かったからだ。

ナランは打ちひしがれた。

しかしナランはへこたれなかった。

ならば一人の戦士として戦おうと思った。

勇猛果敢に戦い死んでも良いと思った。

ナランの前で人間の首が跳ねた。

ナランは心の底から怖くなった。

思わず逃げ出した。

腹の底から声が溢れた。

なりふり構わず逃げた。

呼び止める部下の声が聞こえた気がした。

気がつけば山の少し高い麓にいた。

木に枝垂れかかるように座り込んだ。

遠くで味方の前線が崩れる様が見て取れた。

ナランはもう何も出来なかった。

ナランは疲れた。

その時に茂みから音が聞こえた。

大きな物が動く音だ。

ナランは死を覚悟した。

現れたのはソーハ王国の兵士だった。

ナラン安堵した。

兵士はナランの横に座った。

みすぼらしい見た目だが戦った形跡は無かった。

「あんたもサボりかい。」

兵士は遠慮することなく尋ねた。

ナランは驚いた。

その様な口の聞き方をされた事がなかったからだ。

「そんなに泥んこだと相当な前線からだな。」

ナランは現在の自分の格好を見た。

とても汚れていた。

王族である事を示す紋章も汚れで見えなくなっていた。

「それに若い。怯えているな。それだと人を斬った事もないだろう。」

図星だった。

恥ずかしかった。

常であれば激昂していただろう。

王子に対して何たる不遜かと。

しかしそうはならなかった。

ナランは疲れていたからだ。

気力をふり絞り呟いた。

「最前線から逃げてきたのだ。」

兵士はふんと鼻を鳴らした。

「だろうな。このヤローの読みはいつも正しい。」

兵士はヤローというらしい。

「若いの。功名心にはやるだな。」

ナランにはヤローの言い回しが分からなかった。

しかし、馬鹿にされているように感じた。

「良く分からないがその通りだ。」

「恥ずかしながら逃げ出してきたのだ。」

ナランは口ごもりながら答えた。

「気にするな。生きてこそよ。」

ヤローはしみじみとした。

ナランは何とも言えない気分となった。

生を肯定されたのは初めてだった。

否定もされていなかったが。

それをこんなみすぼらしい男が。

父でもない男が。

「ありがとう。」

ナランは心の底からそう思った。

ナランに余裕が戻ってきた様な気がした。

「お前は何故ここにいるのだ。」

「それはお前と同じだ。逃げてきたのだ。」

平然とヤローは吐き捨てた。

それはナランにとっては信じられなかった。

「恥ずかしいとは思わないのか。」

ナランは少しムッとした。

「思わない。勝てないからだ。」

「それは。」

「しかも褒美も少ない。」

「誉はどうしたのだ。」

「そんなものは肥料にもならん。」

ナランは何か言い返したかった。

しかしナランは何も思い浮かば無かった。

「若いの。剣より桑よ。」

「それでは国を守れない。」

「話し合えば良いではないか。」

ヤローの声が澄んで聞こえた。

「血は土を痛める。それに望んで戦う者は少ないのではないか。」

「あなたは戦いたくないのか。」

「お上にやらされているだけだ。命を掛ける理由はない。」

ナランは初めて己の無知を悔いた。

みな自分と同じだと思っていたのだ。

人並ではないのに。

「若いの。考え直せ。」

「何故だ。」

「お前は戦えないからだ。」

ナランは素直に理解した。

していた。

「土いじりでもしてみたらどうだ。」

「私に畑を耕せというか。」

「そうだ。お前にはそれぐらいがいい。」

ナランの口は何を言うか迷った。

無知ではあるが理解していたからだ。

「壊すのではなく作る。奪うのではなく与える。それで良いではないか。」

ナランは閉口した。

生まれて数えるほどしかない長考を行った。

木々が数度ざわめいた後ナランは口を開いた。

「わかった。」

「おお、わかったか。」

「俺は畑を作る。」

「おお、おお。」

「そして軍に納める。」

「ん。」

「食の面で私は国を支えるのだ。」

「おお。」

ナランは素早く立ち上がった。

「ちょっと待て。」

「私がこの国に命を与えるのだ。」

ナランの胸には元気が溢れた。

「ありがとう。ご老人。私の目標が定まった。」

「話を聞いていたのか。」

「ではおさらばだ。早速国に戻ろう。」

ナランは足早に立ち去った。

残されたヤローは呟いた。

「そうはならんやろ。」

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