悪魔はきらい②

 どうすればいいのだろうか。テレビの影響なのか、友達の影響なのかはわからない。すぐに過ぎる流行りの一つだろうと思っていた。けれど、どうやら違うらしい。娘の優華は本気で言っているようだ。悪魔がいる、なんてことを。


 最初に言い出したのは、一年程前のことだった。その時の優華は、お喋りが大好きで外向的な性格をしていた。学校が終われば、友達と遊んでくると息をつく間もなく家を出ていき、散々遊んだと思えば、家でもテレビを見ながらあれよこれよと口を閉じることなく話を続ける。学校の先生からも「クラスではいつも中心にいて,とても元気をもらっています」といってもらえた。私は娘がのびのびと育っているようで嬉しかった。


 けれど、風向きは変わりだした。夕食を終え食器を洗っていると、優華が神妙な顔つきで言った。


「ねぇ、悪魔がいるの」


 思わず耳を疑った。


「えっ? 悪魔?」

「そう……。悪魔がいるの」


 そのときの私は、一人でお風呂に入りたくなくてそんなことを言っているのだろうと思っていた。前にもテレビの影響で幽霊を酷く怖がった時期があったし、そのときに一緒にお風呂に入ろうと駄々をこねたことがあったから。私は、時間が経てば悪魔の事なんて忘れるのだろうなんて考えながら、優華と一緒にお風呂に入った。


 しかし、私の思惑とは裏腹に優華は変わっていった。あれだけ明るく外向的だった性格は、どんどんと内向的になり友達と遊ぶ回数も減った。その代わりに部屋で読書にふけることが多くなり、家での会話もほとんど無くなった。どこかをじっと凝視しては、大きなため息をついている。


 学校の先生にも相談してみたけれど、原因は不明。先生も登校しているのだから様子を見ましょうの一点張りで、特段とりあってくれる様子もない。


 正直途方に暮れていた。解決の方法もわからず、何もすることのできない日々。自分の育児が間違っていたのか、それともこうなる運命だったのか。答えのない問いを自問し続けた。


 そんなとき、藁にも縋る思いで頼ったのが地域で行っている育児相談会だった。相談会は地域のコミュニティセンターの一室を貸切り、育児経験のある方々に直接アドバイスをもらえるというものだった。


 専門家でもない人間に相談して何になるんだと思ったが、そんなことをいっていられる状況ではなかった。私は有給休暇をとった夫に家のことをまかせ、参加してみることにした。


 スマートフォンを頼りに見覚えのない道を進み、コミュニティセンターへと向かった。家から二十分程かかる想定だったが、十五分ほどで到着した。自分が思っているよりも、相談会に期待してしまっているのかもしれない。


 私は開始の時刻まで時間をつぶそうと、入り口に合った掲示板に目を向けていた。すると、後ろから声がした。


「もしかして、相談会に参加される方ですか?」


 後ろを振り向くと、恰幅かっぷくのいい女性の姿があった。割烹着が似合いそうな外見からは、面倒見の良さが一目で見て取れた。名前を中山といい、今日相談を聞いてくれる側の一人だという。


 中山さんは「早く来たなら早く相談にのってあげる」と、私を二階にある部屋へと連れて行ってくれた。部屋には、壁際に折りたたまれた卓球台が数台、中央にパイプ椅子が円状に並べられていた。


 中山さんは、中央のパイプ椅子から二台をひょいっと移動させ、お互いが向かい合うように席に着いた。


「じゃあ、相談にのるよ! 何でもとは言わないけれど、できる限り力になるからね」


 豪快な動作に、安心感のある笑顔。この人になら相談できるかも、と私は安堵した。


 一通り事情を説明した。中山さんは腕を組み、うーんと明後日の方向へと目を向ける。それから、私の目を真っすぐと見つめていった。


「専門家じゃないから適当なことはいえないけど、育児に正解なんてないんだよ。だから、娘が変わったことよりも、変わった後どんな風に接していくかが大事だと思うよ」


 中山さんのアドバイスは、お世辞にも良いものとはいえなかった。けれど、その言葉は私を苦しめていた正体不明のものを明かしてくれたような気がする。きっと、私は自分の娘を他人と比べていたんだ。誰とでも仲が良く、みんなに褒められる娘がそうじゃなくなっていったのが怖かったんだ。


 それから、中山さんと連絡先を交換し、部屋を後にした。


 家に帰り、今日あったことを夫に話した。そして、夫と決意した。私たちで優華のこと見守ろう。今の優華のことを。

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