召喚された世界はどこまでも理不尽だった

伍煉龍

其之壱:冒険者になる①

I.異世界転生が御所望なのに、異世界召喚されてしまった

 落葉し始める秋の日。湖岸を一人、自転車をこいでいる男がいた。彼の名前はこのさきあい16歳の高校二年生だ。

 彼は一年半の間、日本に5校しかないと言われる分野の高専に通っていた。そこから逃げ出し、今は通信制の高校に通っている。


「今日のレポート面倒だったな~。歴史とか好きな奴だけすればいいのに」


 そんなことをぼやきつつ、家に帰っている。


 暴走トラックに出くわすこともなく、逢兎は普通に家に帰りついた。


「ただいま」

「おかえり」


 逢兎が帰ると、逢兎の母、玆先が迎えた。既に夕刻を過ぎた刻だったためか、夕食の準備を始めていた。

 食卓には逢兎の兄、しのと逢兎の父、ゆうもいた。逢兎にはもう一人、かいという名の兄がいるのだが、学生寮に入っているため今は家にはいない。長期休暇以外はめったに帰ってこないのだ。


「「「「いただきます」」」」


 四人が食事を始めようとした瞬間、床に幾何学的な模様が現れ、輝きひかりだした。四人とも立ち上がって騒ぎ出すが、何もできない。そのまま、視界が白く飲み込まれ、何も見えなくなった。


「―――ッ。なんだ?ココは? 一体どこなんだ?」


 逢兎は目を覚ました。周りには誰もいない、家族もいないで、逢兎一人だけだ。真っ暗な空間。何処かの社長の何億円もする家の一室並みに真っ暗で何も見えない空間だ。電気がついているのかどうかも分からない。


「おや、此処に人間さんが来るなんて珍しいこともあるもんだね。私はわたしゃ初めて見たよ」


 逢兎は後ろからする声に驚いた。振り返ってみると、そこには老婆が居た。目は開いているのか開いていないのか分からないくらいでしか開いていない上に、腰が90度曲がっている猫背で、白髪長髪の女性だ。


「おさん誰?」

「私かい? 私はカオスってんだい。あんたらが言うところの『神様』みたいなもんさね」


 逢兎は真顔でカオスを見つめている。あたかも普通のことを自慢気に言ったような人を見る目で見つめている。


「どうした? 人間は神だと聞くと大騒ぎすると聞いておったのに、何故貴様は驚かんのじゃ?」

「いや、ラノベの流れだとわかるけど......俺が読んだどの作品にも神がババアなんていうのは無かったぞ。こうゆうのって普通、見た目十代後半から二十代前半の女性で異世界に連れて行くか、二十代くらいの男で俺がソウいう方向に目覚めるモノじゃないのか? いや、ジジイが出てきて発狂したのは見たことがある。だけど、見た目も婆なんか見たことないぞ……」


 逢兎の言葉はどんどん早口になって言って何を言っているのか分からなくなっていく。


「あんた、さっきから私の事『ババア』って言ってないか? 私はこれでもピチピチの5986歳なんじゃぞ!」


 カオスが逢兎のどんどん早くなっていく言葉に割って入って怒鳴り散らかした。


「5986歳ってマジで婆じゃん。てか、それだけ長いこと生きてるんだったら、人間に正しい歴史を教えに来てよ。日本の縄文時代とか、メソポタミア文明の話とか物好きな人に教えたら一瞬で億万長者になれると思うよ。それに、人間って何故か知らないけど歴史を学べって煩くてさ……」

「そんなものは知らん。私はずっとここにいて外の事なんか何一つ知らんわ!」


 逢兎の表情が完全に固まった。瞬きすらしないレベルで固まった。表情だけでなく腕や足もピクリとも動かなくなった。

 カオスが息を吹きかけてもピクリとも動かない。指でつついても、杖で叩いても動かない。しかし、カオスが逢兎を椅子にしようとすると飛び起きた。


「―――」「―――」


 逢兎は黙ってカオスを見つめる。カオスも黙って逢兎を見つめる。だんだんと逢兎の顔が曇っていく。


「何が楽しくて婆と見つめ合わなくちゃいけないんだよ! さっさと本題に入れよ。どうせ俺を異世界に連れて行きたいんだろ?」

「なぜそれを知っている? さては貴様以前にも一度ここに来たことがあるのか?」

「こんな変なところ来た覚えねえよ。変な空間に神が居たら大概は異世界にいかされんだよ! 俺死んでねぇのになんでこんな変なところ来ないといけないんだよー!」


 逢兎の声はだんだん震えていく。何なら眼も潤んできてる。


「分かったから泣くな。人間界ではこういうネタの作り話が流行っていて、たまたま現実になっただけなのだろう? ならば作り話に入ったような感覚でいいのではないか?」

「俺は召喚じゃなくて転生を期待してたのに! 何も分かってねえ。分かった気になってんじゃねえよ。お前みたいな外の世間を知らない様な老害と同じ諮りに乗せるんじゃねぇよ。見下すのも大概にしろよ」


 逢兎の完全に目はまってていた。

 神すら怯えるほどの罵声を挙げた。


「そうかい。それは失礼したね。本題の内容は理解してくれていると思うのだが、一応伝えておくね。貴様には向こうの世界で順応してもらうために能力を身につけてもらうよ」

「なんかもう面倒だし、さっさと終わらせて」


 逢兎はすでに疲れ果てていた。感情が変化があまりないけど、変化するときは極端に変化するせいでひどく疲れているのだ。


「貴様にはこれから剣と魔法の世界に行ってもらうんだ。そこで1つ...え? 4つ? えっとー、君には能力が4つ与えられるらしいよ。何か欲しい能力はあるかな?」

「え、マジ? 4つも貰える⁉ じゃあ何がいいかな~」


 逢兎はふざけた振る舞いをしながらまじめに考えている。腕を組み、天を見上げ、悩んでいる。


「これから行く世界って、スキルと魔法って違いがあったりするの?」

「ん? ああ、あるよ。よくわかったね。何でもいいから早く決めとくれ。この後で10人待ってるんだから」


 そんなこと知らないといった表情で逢兎は再度悩みだした。


「何でもいいなら、俺の想像した魔法とスキルが使える能力が欲しいかな?」

「無茶苦茶言い寄るな。ほれ、さっさとあと2つ言いな。もう私は待つのが面倒じゃよ」


 カオスは急かすように言った。

 逢兎は『何でもいい』とか『答えがない』ということが嫌いで、関わらないようにしてきたのだ。それなのに『何でもいい』と言われて非常に困っているのだ。


「じゃあ、向こうの世界で殺されないような肉体にして?」

「それこそ無茶苦茶じゃないか⁈ もう面倒だからそれだけでいいか? あと一つはプレゼント能力のレベルを上げておいてやるから」


 カオスはそれだけ言って逢兎を異世界に飛ばした。逢兎には何も言う暇がなかった。



 逢兎は異世界に飛ばされた。


「どこなんだ此処は? 森の中、ってわけではなさそうだし、定番展開じゃないじゃん!」

「定番? この世界にそんなのも止めたらダメだろ」


 逢兎の目の前には男が一人立っていた。男は逢兎が急に叫びだしたにもかかわらず、驚く素振りすら見ずに冷静に言った。むしろ、叫ぶことに疑問を持っているような表情をしている。


「知るかよ。俺は定番を期待してたんだ! 床に幾何学模様が出てきて、真っ黒の部屋に飛ばされたからな。そっからは定番じゃないことは多かったけど、異世界に行けば定番展開になると思うじゃん! なんで俺の理想は叶わないの? 少しくらい夢持たせてよ。俺の理想は絶対にかなわないの? あとさっきからぬるい水出てきてない? てか、赤いしなんな、の…」


 だんだんと言葉が加速していく逢兎が急に葉を失った。手元に流れてきたほんのりと温かい水は血だったのだ。近くには、美乃、雄二、篠兎がバラバラの死体になって転がっていた。首と体中の関節で千切れていた。逢兎は目の焦点を失い、涙腺が切れ、何も言わないまま、一切動かなくなってしまった。

 男が指を鳴らすと一人の男がやってきた。


「御呼びでしょうか?レイバル様」

「安全なところに摘み出しておけ。外れだったようだ」

「は、御意のままに」


 レイバルと呼ばれた男はそう言って部屋を出た。指示を受けた男は、逢兎を布袋に詰め込み、最低限の装備だけを一緒に詰め込んだ。そのまま男は逢兎の入った袋をもって外に出て行った。

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