第8話 杞憂

 震える手で3Dプリンターに彼女の番号000003を入力し、数秒ためらった後でスタートボタンを押す…。


 いつもならすぐに出力が始まるのだが…予想に反して、プリンターはうんともすんともいわなかった。


 自分で出力操作をしておいてなんだが、僕は残念に思う一方で内心ほっとしている事に気が付いた。


 確かに誰かと話したいという欲望は大きい。しかし一方で他の人間が加わることで、今の生活が崩れる事への不安も決して小さくはなかったのだ。やろうと思ってもできないことであればあきらめもつく。


 しかし次の瞬間、背後に気配を感じて振り返った。

…最初に自分が寝ていたカプセルの中が光っている。

そう、少し考えれば分かることだ、こちらのプリンターでは人間をプリンアウトするには小さすぎる。


…あのカプセル状のものも3Dプリンターだったのだ。


 驚きの余り使い慣れたプリンターの前から一歩も動けず、カプセルの蓋にある透明部分を通してカプセル内に少しずつ形成される人体を遠目に見ながら、僕は先ほどまで諦めていた欲望が実現に向かいそうなことへの興奮と、これから始まるであろう生活への恐怖を同時に感じていた。


 しかし程なくしてその感情は杞憂であったことに、僕は気が付くことになる。


 驚きで身動きが取れないのかと思えばそれは違っていた。段々と自分の視線が下に下がっていくのを感じて足元を見ると、自分の足が液体状になった床に吸い込まれていくのが見えた。


<了>

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