忘れられた社

田山 凪

第1話

 橋本はしもと美香みかは何もない田舎風景を走る車の窓越しに眺めていた。コンビニで買った二個のおにぎりの内一個を鞄から取り出す。梅のおにぎりだ。ドリンクホルダーに置いていた水を少し飲み、おにぎりの袋を開ける。

 

「目的の神社ってまだ?」


 何度目かの同じ問いかけに、運転をしている三隈みくまあずさはぶっきらぼうに答えた。


「あと三十分」

「はぁ~。なんでこんな田舎まで来ちゃったかなぁ」

「だってしょうがないでしょ。呼ばれたんだから」

「どうして薫がこっちにいるの?」

「取材って言ってたじゃない」

「だったら普通帰ってくるじゃん。手紙よこしてくるなんておかしいって」


 二人が向かっているのは旅行好きならしっているかなり有名な神社だ。ただ二人ともあまりそういった知識はなく、名前もすらまともに覚えておらず、レンタカーのナビに従いただひたすら走っていた。山を越えて森を抜けて、田園を風景を眺め、朝はまだ都内にいたのに気づけば殺風景な田舎。

 神社に興味ない二人がなぜ行かなければいけなくなったのか。それは、友人である三石みついしかおるからの手紙が一昨日届いたからだ。

 三石薫はネットで記事を書く仕事をしており、そのジャンルの幅は広く、旅行系の記事の中でも旅館や温泉を紹介するものが人気を博している。YouTubeでも活動し、しっかり現地で許可を取ったうえで撮影をしているところはかなりまめだ。

 YouTubeにたくさんある旅行系動画の中には許可を取っていないものも少なくはない。薫はそういった動画らに対し苦言とまでは言わないが、そういう人たちの存在が後々足かせになり後続の趣味を奪うかもしれないと考え、せめて自分は許可を取り正式にとると誓っていた。

 どこかサバサバした部分があり、服装はシンプルで常に愛用のカメラを腰からぶらさげ、現地の物を楽しむため持ち物はカメラ以外にスマホと財布くらいなものだった。

 そんな薫が突如消息を絶った。美香やあずさは薫と定期的に遊ぶ仲で、薫の記事のネタになっている旅館などにも何度か同行している。普段はカフェなどで集まり近況を語りあっている。

 薫の様子はネット記事とYouTubeでなんとなくしっていたが、最後に投稿された動画はどこか奇妙なものとなっていた。今向かっている神社こそが薫が最後に投稿した動画の場所であり、なぜか薫は美香に対しその場所に来てほしいと手紙を送った。

 電波が繋がらないわけでもないのに手紙というのはおかしいと思いつつも、呼ばれたからには行くしかないということで、免許をもっていない美香はあずさに運転してもらい現地に向かっている。


 田園風景から再び山道へ変わり、ほどなくして件の神社へと到着した。ツアーのコースになっているようで観光バス止まっており、周囲には六十代後半から七十代くらいの老人の姿が多く見える。平日ということもあってか参拝客自体はそこまで多くはない。それでも普通の神社に比べれば盛り上がってる方だろう。

 紅葉シーズンが過ぎ落ち葉が目立つ中、巫女が箒で落ち葉を集めている姿は絵になる。


 駐車場へ車が止まる。美香は薄手のコートを羽織り鞄を持ち、あずさはカーディガンを羽織り、ドリンクホルダーに置いていたペットボトルの水を鞄に入れた。

 御社殿にいくにはそれなりに長い階段を昇らなければいけない。。


「結構長いなぁ」

「この程度でばてないでよ」

「あずさは元陸上部だからいいけど私はインドア派なの」

「こういう疲れた体験も小説にしちゃえばいいじゃない」

「それでPV伸ばせるなやってるよ。ただ疲れたエピソードをどう小説にするのさ」

「案外日常もみんな好きだよ。ほら、母親が娘を題材に描いたりしてたじゃん」

「漫画じゃん。しかも告発されたでしょ。娘さんに」

「そっちじゃないって。三姉妹のほう」

「あーそっちか。あれはあの子たちが可愛いからであって……ってそれも漫画じゃん」

「日常を演出するのも小説家の腕の見せ所でしょ。ほら、私小説ってのがあるじゃん」

「どうせ私は日常を上手く書けませんよーだ」


 鳥居をくぐり参道を歩く。一直線に道は続き、社務所や手水舎が見える。授与所には老人たちが集まっておりお守りをもらってそれぞれ見せあっていた。歳をとってもああやって仲間内で楽しめるというのはとても素敵なことだ美香は思いつつ、御社殿はとても大きく、立派で、美しく、神社に興味がない美香でも圧巻の姿に小さく声を漏らす。

 あずさはスマホを見ながら言った。


「記事の写真と一緒だね」

「場所はここで間違いないってことか。でも、映像に載ってた小さい奴はないよ」

「たぶん、境内社だと思うけど。ほら、あっちにあるの」


 あずさは木々に囲まれた先にある小さな建物をゆびさした。


「あれは神様のお社。でも、映像とは違うかも」


 見えている境内社はしっかりと手入れされており、小さいのに御社殿に見劣りしないほど豪華な雰囲気を感じる。しかし、薫が最後に投稿した動画の中に映る境内社らしき建物は、古びており、ボロボロで周りには狐の像がたくさん立っていた。

 あずさはスマホを見ながら言った。


「狐は稲荷神の使いで神社を守る存在だって」

「えっ、でもここって稲荷と関係しているの? 稲荷って京都とかにあるやつでしょ。伏見稲荷大社は私でも知ってる」

「言われてみれば確かに……。どういうことだろう」


 近くのベンチに座り二人で軽くこの神社の歴史を調べてみた。

 この神社に稲荷神に関する記述はなく、薫の撮った映像に映る狐の像があるとは考えにくい。しかし、気になる記述が書かれてあり、あずさはつぶやくように言った。


「戦後に建てられた神社であり、歴史自体は古くはない。以前の神社はすでに老朽化が激しかったために、土地をそのままにして、建物を一新した。神社をより身近な存在にするために様々な取り組みがなされている……」

「前はなんて名前だったの?」

「書かれてない。戦前の記録は残ってないみたい。というか、この神社自体が戦後の成長期から徐々に有名になって、名を広げたみたい。御朱印もいろんなのがあるんだって」

「御朱印ねぇ~。私には何がいいのかさっぱり」

「時期限定の御朱印を作ったのもここで、いわゆる開運グッズみたいなのもここが初めてらしいよ」

「まぁ、賽銭だけじゃやってけないよね。それに偉く綺麗だしお金がかかってるのも当然か」


 改めて見回すとあまりにも綺麗に整備されている神社の姿に違和感すら覚える。

 巫女が箒で落ち葉を集めているが、集まる落ち葉はそこまで多くはない。まるで、最初からそこに置かれていたかのように綺麗に小さな山になっている。

 平日だから人が少ないと思っていたが、次々とツアー客がやってきてはお守りを買いお参りをし、賽銭箱にお金を入れている。時折、札を入れる人もいるくらいだ。

 美香は言った。


「きなくさい」

「どこが?」

「あまりにも綺麗なんだ。伏見稲荷大社は行ったよ。あれだけの鳥居が置かれてるんだから傷ついてるのも多い。だけど、いろんな企業の名前が書いてあって、協力してくれてるんだなってわかる。でも、ここにはそういったものは一切ない。木製の鳥居の塗装は一切剥がれてないし、人が多いわけじゃないのにどこを見ても綺麗。参道も、階段も、駐車場も、どこを切り取っても荒れた部分がない」

「綺麗な神社も多いと思うけど」

「私も綺麗な神社があるのは知ってる。でも、ここは特別綺麗すぎる。お金のにおいがさ。そこら中からしてくる気がするんだよ。あの巫女さん、めちゃくちゃ美人だよ。まるでモデルみたい。……ちょっとあの子見てて」

「どうして」

「いいから。絶対に目を離さないで。」


 美香の視線の先には巫女が老人に対し、自身への写真を丁重に断る姿があった。美香はスマホを取り出し、ズームにして写真を撮る。シャッター音が鳴った瞬間すぐに御社殿へと被写体を変えた。

 美香は御社殿へとスマホを向けたまま小声で問いかける。


「シャッター音が鳴った時、あの子こっち向かなかった?」

「うん。向いたよ。でも、どうして?」

「推測はできる。だけど、すべての仮説が一本の線で繋がらないと意味がない。それでもあの子の行動は可能性を見せてくれた」

「さすが小説家。すでにストーリーができあがってるんだ」

「もしだよ。私の想像していることがすべてあっていたとしても、薫の失踪に繋がるか意味が分からない。……薫。そうだ! 薫の記事を見せて!」

「見てなかったの?」

「インドアの私には縁のない記事だったから。ほら、早く!」


 あずさは急かされるの少し嫌いつつも薫の記事を見せようとサイトを開いたが、この神社のことについて書かれてる記事がすでに消えていた。


「あれ、おかしいな」


 すると、バックグラウンドで開いていた別のブラウザに記事を開いた時のページが残っていた。


「このまま開いたら更新されて消えるよね?」

「見える範囲だけどだと読みにくいけど、前見た時となんか違う気がする」


 あずさが見た時にはただ単に神社のことが書かれてあったが、見切れている部分には「立て直されたこの神社は以前とは違う神を祭り――」と続いている。その文章を周りに聞こえない声であずさが読むと、美香はやっぱりと答える。


「やっぱりってどういう意味?」

「まだすべて憶測の域は出ない。だけど、このきな臭さの正体。それは少しずつ近づいている。あずさここで待ってて!」


 そういうと美香は駐車場の方へと向かった。階段の最上段からスマホのカメラを開き、止まっているツアー用の大型バスをカメラのズームで拡大し見てみる。そこには有名なツアー会社の名前が張られてあった。

 美香はその場で会社の名前を検索し調べてみると、戦後間もないころに作られており、最初は地域の復興団体だった所が観光業を営み始めたことがわかる。先見の明というやつだろう。ボロボロの日本が復活し、近い将来また活気が戻ると考えていたのだ。

 美香はあずさの下に戻り再び隣に座った。


「なにかわかった?」

「この神社のきなくささは解けてきたかもしれない。だけど、薫の失踪がわからない」


 すると、あずさは何かを発見し、ゆっくりと指をさした。


「ね、ねぇ……。あれって……もしかして……」


 その方向には境内社に似た建物が見えていた。木々や草が多くさっきまで見えていなかったのか。いや、むしろ見せるために木々が避けたように思える。ボロボロの境内社が確かにそこにあったのだ。

 見ているだけで不穏な感覚になり、じっと見ていられない。だが、突如美香のスマホに通知が入る。そこには薫からのメッセージが入っていた。


「古い方の境内社に来て」


 二人は見合わせ、境内社のほうに視線を戻す。

 周りの老人たちは古びた境内社のほうを一切見ずに素通りしていく。その姿がまた異様に映った。

 美香は立ち上がって言った。


「行くしかないよね」

「えっ、でも……」


 心霊やオカルトが苦手なあずさは完全に弱気な震えた声を出している。

 美香は真剣なまなざしで境内社見ていた。


「何があったかわからない。私は心霊とかオカルトとかをネタとしてしか見ていないけど、あそこから伝わる異様な雰囲気はさっきから伝わってくる。何にしても薫があそこにいるならいかなきゃ」

 

 あずさは美香の手を握り立ち上がる。


「絶対に離さないでね。一人で逃げないでね」

「インドアの私じゃむしろ何かあったら逃げ遅れるよ。あずさこそ離さないでね」


 怖がるあずさとは対照的に美香はどこか冷静さを保っていた。決して怖くないわけではない。できることならばあの場所には行きたくない気持ちはあずさと同じだった。しかし、薫が呼んでいる。一切音沙汰のなかった薫が呼んでいるのだから、友人として行かなければいけない。

 二人はゆっくりと向かっていく。やはりというべきか、周りの人たちはその古びた境内社に見向きもしない。見ようとしないのではなく、見えていないというほうが適切だ。

 先ほどまでのしっかりと整えられた道から小石が散らばる道とは言えない場所を歩く。一歩進む度に太陽が沈んでいくが如く暗くなっていくのを感じる。秋にしては冷たすぎる冷気が辺りを支配し、二人の頬を撫でた。

 古びた境内社の前には二体の狐の像が建てられてある。苔がついておりこれもまたかなり古びた様子に見える。なにか供えるための台もあるが、それもひどく汚れている。

 その時、美香のスマホに再び通知が入る。


「供えて」


 薫からのメッセージだ。

 いつの間にか霧が発生していた。紫色の毒々しい霧だ。寒気が全身を支配する。すぐにこの場を立ち去りたいのに、恐怖で足がすくみ自由が利かない。

 美香は後ろを向いた。元の場所に戻るのに時間はかからない。外の人に異常を伝えればさすがに気付くだろうと見てみると、さっきまであった道が消え、後ろは木々で塞がれ森が続いていた。さらに、狐の像が大量に、そこら中に置かれている。


「ど、どうして……」


 美香は心霊やオカルトを漫画のネタになるな程度にしか思っていなかった。スピリチュアルや占いも一切興味がないし信じていない。だが、この時ばかりは自身と友人に降りかかる異常な状況を現実と捉えるほかになかった。

 汚れている上に欠けた不気味な狐の像たちは瞬きした間にじわじわと近づいていた。

 

「汝らの敬意を示せ」


 どこからともなく聞こえる声に二人の恐怖はさらに高まる。

 だが、美香はその言葉の意図を想像した。


「あずさ、何か供えるものない?」

「そんなのもってないよ! スマホと財布と、あと水とメイク道具くらいしか」

「私は……ほぼおなじかな。あとおにぎりがあるくらい。……これを供えればいいのかな」

「こんなので大丈夫なの?」

「だって、私たちにはそれしかできないでしょ。何もやらないよりやることやらないと。薫のメッセージにはなにか意味があるはず」


 二人はゆっくりと台のほうへと近づく。

 水とおにぎりをお供えし、さっき立ってた場所まで足早に戻った。

 気づけば狐の像はまったく動かなくなっていた。

 徐々に霧が晴れていくと同時に目の前がゆがんでいく。

 だが、さっきまで体を支配していた恐怖は弱くなっている。優しい風が後ろから吹いてきたので後ろを見てみると、木々や草が避けていき、道ができあがり座っていたベンチが見える。

 美香はあずさの手を握り必死に走った。大した距離じゃないのに途方もなく長く感じる。ただただ必死だった。気づけば森を抜けてベンチの前で二人とも呆然とした表情で立ち尽くしている。


「……薫はどこにいたんだろう」


 あずさの言葉にハッとし美香は古びた境内社のほうを振り返るがすでにそこに何もなかった。


 結局、薫の姿はどこにもなかった。

 電話をしても現在使われていませんと録音された無機質な音声が流れるだけ。

 すぐにでも帰宅したかった二人は車に乗ってその神社から離れた。

 壮絶な出来事で疲れ果て恐怖した二人。その日はあずさの家で止まることにした。二人いれば少しでも恐怖が和らぐ。寝る時も真っ暗にはできなかった。フラッシュバックのように昼間の光景が瞼の裏に見えてしまう。

 明々と電気がついた部屋で、時間だけが過ぎ、ようやくあずさはねむりについた。

 美香はスマホで掲示板に今日のことを書きこんでみた。異常な恐怖体験だったが、それと同時に解明したいというよくも同時に沸いていた。Twitterよりも掲示板のほうがオカルト関係は何か見つかりやすいと考えたからだ。

 以前にも、きさらぎ駅という都市伝説が掲示板で生まれた。それ以外にもいろんなオカルト話が掲示板で有名になっている。知識をもった人間が調べたり教えてくれるのを祈り、ほかサイトを調べつつひたすらまった。


 何度かコメントを打ちつつやり取りしていると、オカルトサイトのURLが張られそれを開いてみた。記事のタイトルは「謎多き神社の消えた記録」だ。

 かなり長文であったが、普段から小説を読む美香にとってそこまで苦労するものではなかった。七分ほどで記事を見終わりある程度のことに納得した。

 その後、再び掲示板を見てみるとこんなコメントがあった。


「昔、うちの実家がその神社の近くだったんだけど、なんかやけに高級車とか通ってたんだよね。ベンツとかロールスロイスとか。で、ばあちゃんが高級車を見るたびに『邪気が来た』って漫画みたいなことをつぶやいていた。んでさ、興味本位で神社のことに聞いてみたんだ。そしたら『この話を聞いた後、絶対に神社には行っちゃいけない。わかったか? もし行く時はお供え物を忘れるなって』」

 

 一旦、コメントはそこで途切れた。美香は気になって返信してみると、十分後に返信があった。


「悪い、風呂入ってた。さっきの続きだけど、ばあちゃんが幼いころにあそこは別の神社だったらしい。だけど、戦後復興の最中、すでにボロボロだった神社を全く違うようにして立て直し、祭る神も変わった。戦前のあの場所を知っている人は誰もあそこに近づかない。神様の罰が下るって。なんでかってばあちゃんに聞いたら、対立する派閥の子孫が神の居場所を壊した上、金のなる木にしてしまったからだっていうんだ。でも、神は完全にはなくなってない。弱った力で過去の神社に興味を抱いた人間を連れ去り、魂を集めて再起を待ってるって。そのためには、千の魂を狐の像に変えるらしい。もし、あの神社で狐の像を見ても絶対近づかない方が良い」


 一連の出来事の原因は、過去の宗教的な派閥の問題があったからだった。しかし、最終的に一番恐ろしいのは、いわゆるオカルトだと思われた超常現象が、実際に身に降りかかったこと。

 その時、もう薫はこの世にいない。いや、こっちには戻ってこれないものだと悟った。

 美香は薫のサイトを開いてみることにした。だが、検索してもなぜか出てこない。以前送られてきたURLをコピーし検索をしてみると、映し出されたのは”404 not found”存在しないページだ。すぐに動画を確認してみると、すべて削除されていた。

 悲しみが胸の奥から押し寄せてくる。

 眠ったらもう、薫のことを忘れるんじゃないかと思えてしまう。必死に眠らないようにしていた。ベッドに背を預け座って眠らないようにしていたのに、重たい瞼は無慈悲に閉じていく。



 けたたましいアラームの音が聞こえる。あずさのスマホからだ。昨日のアラームが毎日設定になっていのだろう。二人はほぼ同時に目が覚める。


「おはよう。座ったまま寝てたの? 体に悪いよ」

「おはよ。……なんで座ってたんだろう」

「もしかして遅くまでスマホゲームでもしてた? 近々イベンドだから石貯めないとって言ってたもんね」

「うん……」


 何か重要なことを忘れている気がする。 

 パズルのピースが欠けているような嫌な感覚。だけど、欠けた部分はいずれ代用された以前とは違うピースが埋め込まれ、元々そうだったのだと疑わなくなっていく。

 

「なんであずさの家に泊ってたんだっけ」

「友達なんだから泊まることに理由がいる?」

「いや、いらないとは思うけど。泊まってた理由がとても大事な気がして」

「変なの。変ついでに今日変な夢見たんだよね。美香と一緒に旅行に行く夢だったんだけどさ、三人目がいたんだよね」

「三人目……誰?」

「乃明か唯かと思ったけど全然違くてさ。カメラを腰にぶら下げてあとは財布とスマホくらいしか持ってないの。不思議な子だったなぁ。もしかして、これから会う子だったりして」

「正夢ってやつ?」

「だったら面白いよね」


 美香は頭の中がぐるぐるとかき回されるような感覚に陥った。痛いとも違う。だけど、どんどん何かが曖昧になっていく。ほどなくして、美香は返事をした。


「いつか会えるかもね」


 その後、美香は自身の作品の一部に、無意識でこんな文章を足した。


 ”現実と異世界とのか細いつながりが、人を介して私に接触してきた。友は私を巻き込みたくて連れてきたのではない。きっと、その繋がりを切るために最大限できることをしたんだ。なんの確証もない。なんの証拠もない。すべてが憶測の中で作り上げられた妄想とも言えるものだ。消えていく記憶はどこへ行くのだろうか。自然と涙が流れる。この涙が止まった時、私はまた元気よく明日を迎える。いつも通りの挨拶をしたなら、私は事のすべてを忘れたということだろう”


 ぽっかりと空いた虚無感は、数日のうちに美香の中から自然と消えた。


 

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