第90話 勘違い親子と戦います。

 高級車から降りた鈴見総次郎すずみ・そうじろうとその父親の柳太郎りゅうたろうが現れた。


 運転手を横につれているが、秘書か何かの兼任なのだろうかそのまま車を止めて二人に着いてくる。――ってそこお店の前で駐車禁止なんですけど!?


 お店の出入り口に鍵はかけていなかった。


 アズキが母にそう言われたそうなのだが――鈴見総次郎達は勝手に店の中へ入っていく。

 ビルの造りとして、社員用の出入り口みたいなものがあるわけじゃない。だから仕方ないんだけれど、勝手にあいつらに入られるのは気分がよくない。


 近くのビルの二階にあるメイド喫茶から、紅茶を片手にその光景を見下ろしている。


 店内に流れるファンシーな音楽とは裏腹に、心持ちはまるで穏やかじゃなかった。


 ――鈴見総次郎の顔を見たら、一発引っぱたいてやりたくなってきた。一発と言わず二発でもいい。


 彼らが店内へ入り、しばらくして私のスマホに声が聞こえてきた。


『本当にいらしたんですね……』


 少し遠い場所から、母の呆れ声だ。


『出迎えもないなんて、ずいぶんじゃありませんか』


『けっ、やっぱり中もチンケな会社だな。なんで俺がこんな場所にわざわざ……』


『総次郎、余計な口を叩くな。すみませんね、中々正直な息子でして。まだ社会経験も浅く。……それでそちら様の娘さんはいかがで? 子供同士の話があるとお伝えしたともりですが』


 鈴見親子の声が聞こえる。

 予想より敵対的で、応接用のパーティションまで移動せずに言い合いが始まってしまう。ただアズキのそれようの設定のおかげか、会話の内容はなんとか聞き取れた。


『あの子は……娘は関係ありません。会社同士の問題に娘を巻き込まないでください』


『その言葉が本当なら私も構いませんよ。まあ、ゆっくり商談に移らせていただきましょうか? まさかこのまま立ち話でもないでしょうね?』


『……そうですね。このままでは、あきらめてもくれないようですから』


 ――水でもかけて追い払えばいいのに! と思うが、大人同士のやり取りではそうもいかないのだろう。


 鈴見親子が応接テーブルにつく。


 姫草打鍵工房では、来客には小さいペットボトルのお茶を出していた。多分母はそれを取ってきているのだろう。鈴見親子の会話は、母に聞こえないようにと少し潜めたものだった。


『親父、俺の聞いてた話と違わないか? ……向こうは俺が謝れば、交渉に応じるって言ってたろ』


『ああ、それが向こうの本心なのは間違いない。お前はまだ人間というものがわかっていないな。関係ない、巻き込みたくないってのは娘に対しての負い目そのものだろう。だからお前が謝って負い目がなくなれば、理知的な交渉が再開できる。あいつらに取っても鈴見デジタル・ゲーミングとの契約が生命線なのは間違いないんだ』


『なるほど。さすが親父、経営者の考え方だな』


『ふん、本来社長というのはこうあるべきなんだよ。それを親の情だか知らんが、子供同士が揉めたからと言って損得を考えられなくなる。愚かな経営者だが……この会社がつくる物には価値がある。私達で利用してやろうじゃないか』


 自分勝手なことを言っているのが非常にイラ立たしかった。

 アズキが正面に座っていなかったら、立ち上がって「うがーっ!」とか叫んでいたかもしれない。


 ――でも私のことがなければ、たしかに母がどうしていたのかはわからない。


 鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引きも、言われるがままってことはなくても、会社の利益を考えて普通に再開していた可能性はある。


 それならもし、もしも私と鈴見総次郎がまだ仲良く付き合っていたら。


「ユズ」


「え? ……どうしたの、アズキさん?」


「ユズの顔が暗かったから」


「ごめん。考え事してた」


 もしもなんて考えても仕方がない。もしも鈴見総次郎と私が上手くいっていれば、鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引きだって変わらず続いていただろう。だけど、そんな未来はもうない。私には、今私にできることを考えるべきだ。


 ――なんて思いつきや感情でいろいろ失敗しているあたり、もうちょっと先々のことは考えたほうがいいんなろうな。過去はともかく未来は……。


 未来のこと。これからの姫草打鍵工房のために私ができることだ。


「ユズと鈴見総次郎のことがなくても、鈴見デジタル・ゲーミングとの取り引きに将来性はなかった。だからユズこそ、もう負い目に感じないほうがいい。……それに、ユズは巻き込まれただけ。悪いのは全部鈴見総次郎」


 アズキは、私を励ましてくれているのだろう。


 いつもそうだ。言葉は端的で、声色もあまり変化ない。でも私が落ち込んでいるとき、アズキはいつも私に優しい言葉をかけてくれた。


「……ありがとう」


「あと鈴見総次郎と上手くいっていたら、ユズはまだ英哲えいてつグラン隊のメンバーだった。そしたら僕とも知り合っていない。これに関しては鈴見総次郎の唯一の功績」


 そもそも鈴見総次郎がいなかったら英哲グラン隊に入っていないから、私は野良でヴァヴァを続けていただろう。


 でも姫プレはさすがにしなかったな。


 だからアズキや、ノノみたいなちょっとわけありなプレイヤーとも仲良くはならなかったかも?

 ルルはまあゲーム内だと普通の初心者って感じだったんだけど……うーん、あんまり考えられないな。

 どこか適当な中堅ギルドですぐ身を固めていたかもしれないし。


 でも今のみんなと楽しくヴァヴァができているのは、多分鈴見総次郎がいたからなんだ。

 いなかったら、このメンバーが揃うことはありえない。


 だからといって、鈴見総次郎に感謝するわけじゃなくて――やっぱあんなクズと別れたのは間違いじゃなかった!! 鈴見デジタル・ゲーミングもあんなゴミキーボードつくるような会社だしろくなもんじゃないっ!! 反省するのは姫プレイして貢がれてたこととか、あとは鈴見総次郎との賭けに勢いで乗っちゃったこととか……えっと他にもまだありそうだけど、ともかくやっぱりだいたいは鈴見総次郎が悪い!! 私じゃない!!


 アズキのおかげで自己肯定感を高められた私は、強い気持ちで盗聴活動を再開した。


 ――もしかして、親の会話を盗み聞きしていることこそ悪いし、反省したほうがいい!?


 とりあえず、深く考えないことにする。これも鈴見総次郎が悪い。あの人がいなかったら私、盗聴とかしないし。

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