第89話 プロがいるから頼もしいですけど。
私は結局、事務所で聞いた電話の話をアズキにも伝えてしまった。
「いくら僕のことを信頼してくれているとしても、鍵を渡すのはよくない。特にこのタイプなら合鍵をつくるのも三十分程度」
アズキの言葉に、自分が冷静さを欠いていたとわかる。――本当に、そうだよ私。アズキに家の鍵渡すなんて……盗撮用のカメラとか盗聴器仕込まれてもおかしくないし。……いや、さすがにそんなことはしないって信じているけど。うん、これくらいは信頼があるよ。明確な犯罪行為には手を出していないって。……信じていいんだよね?
「それで鈴見デジタル・ゲーミングの人間がこれからここに来るみたいなんだけど、私達はもう帰れって……でも母さん一人にしたくないし……」
「僕は
「そ、そうなんだけど! でもなんか、電話越しに私の話題も出てみたいで……向こうも私に用があるみたいだから……」
子供が口出ししていいことじゃない。
わかっているけれど、でも自分が発端で、向こうからも私に要件があると言うならこれ以上見て見ぬ振りなんてできない。
口を挟むつもりは基本ない。だからせめて会話を横で会話を聞かせてもらえないだろうか。――そしたら難しそうな大人同士の話は邪魔せずに、私の関係がありそうなときだけ顔を出せるんだけどな。……それこそ盗み聞きとかできれば。
「……アズキさん、盗聴器とか持ってないよね? どこかお店から離れた場所で、鈴見デジタル・ゲーミングの人と母さんの会話聞けたらって思ったんだけど」
「残念だけど、持ち歩いてはいない。盗聴器は所持していることが見つかるだけで怪しまれるし、場合によっては警察沙汰になりかねない」
「そうだよね。ごめん……」
私の思いつきは上手くいかなかったのだが――え、持ち歩いていないってことは、自宅とかにはあるわけ? 盗聴器あるの?
「ただ盗聴器がなくても、スマホを通話状態で置いておけばいい。ここなら後で取りに来られるから」
「なるほど。……えっと、それって今までアズキさんやったことあったりするの?」
「話すとしたら事務所だと思う。楓さんに仕事上がりの挨拶をするタイミングで、スマホを置いてくる。ユズは僕のスマホに通話をかけておいて」
「え? あっ、うん。わかった」
アズキに築かれていた小さな信頼が、あっさり崩れそうになっていたところだけれど今はそれどころじゃなかった。
お店のドアに『閉店』の札をかけて、レジに鍵をかける。商品は棚に出しっぱなしだけれど、母に言われたとおり退店を優先した。
アズキが二階へ上がって、母へ挨拶しているのを下で待っている間に、私はルルとノノへ連絡を入れる。
――十五時半か。今日は十六時にお店集合の約束だったからけっこうギリギリで申し訳ない。……特にルルはいつも早いから、もう近くまで来ていてもおかしくないし。
謝罪を入れて、緊急の事情で集合場所をお店ではなく家に変えてほしいと伝える。十六時に家へ行くのは難しいかもしれないし、本当に申し訳ないんだけれど……と家近くのファミレスで待っていてほしいというのと、時間も遅くなるかも知れないことをメッセージで送った。
ルルからは手短に『わかりました』と返事をもらい、ノノからは『ごめん! アタシの方も前の仕事が押しててさっき終わったところだから遅くなるかもっ!!』と知らされる。
せっかくイベント結果の公式発表をみんなで見ようとしていたのに――申し訳なさと、鈴見デジタル・ゲーミングの……
「ユズ、お待たせ。しっかりと応接用のテーブル近くにスマホを置いてきた」
「ありがとう、アズキさん」
二階の事務所にはパーティションで仕切った応接用の一角が用意されている。ちょっといいテーブルと椅子があるだけだけれど、たまに来る取引先の社員さんなんかとはそこで話しているらしい。
「あとは一旦ここを出て、どこか近くで待機してればいいかな。……企業同士大人な会話だったら、それはそれでよしってことで見過ごすし……もし変な話になったら……すぐ乗り込むっ!! だからいい感じの場所があるといいんだけど」
路地とかで張り込みするのは怪しまれるだろうし、どこかお店にでも入って待てるとありがたい。
「斜め向かいのビル、二階にある喫茶店の窓際の席からここがよく見えるからそこがいい」
「え、本当? ……さすがアズキさん、詳しいね」
簡易的な盗聴の準備も
頼もしい。頼もしいけれど、あんまり頼っていいんだろうか。
アズキに教わった喫茶店へ向かうが――喫茶店なんてあったけ? と思っていたけれど――、普通の喫茶店ではなくてメイド喫茶だった。
あまり賑わっている感じではない。
こじんまりとしたお店でタイミングのせいか、お客さんもあまりいない。いや、ここらへん立地があんまりよくないんだよね!! 不人気お店仲間としてよくわかるよ!?
空いていて窓際の席を確保して、二人で座る。
たしかに窓から店舗の内の様子がうかがえて、角度的にもギリギリレジが見える。私も手伝っているときはあそこに立っているのか、と思うとアズキに隠し撮りされていた写真を思い出してまたもやもやしてくる。
「……アズキさん、ここから私のこと盗撮してたんだね?」
「事務所もブラインドカーテン越しだけど、人影くらいならわかる」
「え? ああ、うん、あの動いている影が母さんかな?」
今はそれどころじゃない、ともう一度自分に言い聞かせて、私はスマホと接続したワイヤレスイヤホンを片耳につける。
イヤホンのもう一つはアズキに渡した。
「けっこう音拾うね」
「そういう設定がある」
「そういう設定……?」
そんな盗聴向けの設定があるのか。――さっきからアズキが過去の罪を、まるで隠そうとしていない気がする。私が今ツッコミを万全でできないと、わかった上でじゃないよね?
やっぱり恩人だけどはっきりと怒ったほうがいいんだろうか。そんなことを考えている間に時間がたって、姫草打鍵工房の前に高級車が止まった。車のことをよく知らない私でもわかる。多分外国車とかだ、黒光りしている。
最初に運転手が降りてきて後部座席のドアを開けると、壮齢な男性が出てくる。
「あの人……」
「鈴見デジタル・ゲーミングの社長、鈴見
「鈴見さんの父親の……顔、似てる。……社長自ら来るってやっぱただ事じゃないよね」
整った顔立ちだけれど、性格の悪さがにじみ出ている。
会社のホームページで見たときは、もう少し明るく見えたけれどやっぱり加工でごまかしていたのだろう。
ここからだと距離もあるから、近くで見たら印象もまた違うかも知れない。でも現段階の印象は悪徳政治家だ。
その次に、反対側のドアから鈴見総次郎が降りてきた。
――アポイントなしとほとんど変わらない急な来訪、ただ事ではないはずなのに……なんであのバカ息子もいるの!?
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