第88話 家の鍵を渡します。
鈴見デジタル・ゲーミングの誰かまではわからないけれど、どうせろくでもない要件なんじゃないかと思ってしまう。
――
事務所から出て行くつもりだったけれど、ドアの前で少し立ち止まる。
そのままだと怪しいと思って、ストレッチっぽく体を伸ばして、両腕を上にあげたり、屈伸したりしてみたが余計に怪しい。
「以前も断らせていただきましたけれど、弊社としましてはこれ以上鈴見デジタル・ゲーミングとの提携は考えていませんので困ります! ちょっと、どういうことですか? 娘? 娘は関係ないじゃないですか!」
母の言葉に聞き耳を立てる――までもなく、同じ部屋なのでよく聞こえるんだけど……どういうこと娘って? 母さんの娘だから、私ってことだよね? え、今私の話してるの? なんで?
どうにか頑張ったら電話の向こう、鈴見デジタル・ゲーミングの人の声も聞こえないだろうか。以前アズキが音声調整していたのを思い出す。――生身であれと同じ事ができれば……って無理!
「とにかく困りますっ! もう話すことなんてありません、これ以上はこちらも然るべき対処を――なっ」
母が受話器を見つめて、固まっている。信じられないという表情だった。おそらく電話を一方的に切られたのだろう。
「……母さん、今の電話って」
「
「ねえ、今のって鈴見デジタル・ゲーミングの……」
「柚羽、あなたには関係ないことだから。……下戻って、
家に友達を呼ぶことは母にも伝えていたが、アズキが来ることまでは言っていたかな。ただ母は細かいことをさておいても、アズキも連れて早く店を離れてほしいようだった。
「え、なんで? ……今日、母さんしか居ないし、小倉さん連れてったら大変じゃない? まだ閉店まで時間あるし」
姫草打鍵工房の店舗閉店時間は、十八時だ。どっち道、アズキが十六時半にあがったら母しかいないんだけど、事務仕事が片付いたあとの店番は母を始めとした社員さん達がやることも多い。
けれど母もまだ忙しそうだし、アズキが早上がりする必要性は感じない。
「……あとのことは、大丈夫だから。ね、柚羽。お願い」
「いやでも」
私は食い下がろうとしたけれど、母の真剣な顔に気圧されて、黙って頷いてしまった。
――ただ母には悪いけれど、私はあんまり良い子じゃない。
◆◇◆◇◆◇
一階へ戻って、アズキと顔を合わせると、私の顔がよほどおかしかったらしい。
「ユズ、なにかあった?」
と心配されてしまった。
電話のこと、アズキにも話すべきか。多分、相談に乗ってくれると思う。協力もしてくれるだろう。
鈴見デジタル・ゲーミングからの電話、母の態度、急に店から離れるように言われたこと。これからここでなにか起きるのは、多分間違いない。だから私は、姫草打鍵工房に残るつもりだった。
だけどアズキは、オンラインゲームの友達で、いろいろあって同じお店で働いていはいるけれどアルバイトだし、会社のことや、家族のことに巻き込んでいいわけじゃない。
「ごめん。……アズキさん。悪いけど、母さんが今日はもう上がってくれって」
「まだ時間じゃないのに、どうして? 理由が知りたい」
「私も聞いてない。教えてくれなかったから。先に家――」
家へ行って待っていてもらおうと思った。ルルとノノにもメッセージで、集合場所が家になったと知らせればいい。ルルは家の場所もわかるはずだし、ノノにも住所を送れば多分大丈夫だろう。
ただ家には今誰もいない。そうなると――。
「鍵、貸すから。先に家で待っててくれる? 私も直ぐ行くから」
「……僕に鍵を渡すなんて、絶対におかしい。ユズは僕のことを多少怪しんでいるはずだから、
「えっ!? いや……そうだけどっ」
――全部その通りだなんだけど、怪しまれている自覚あったら普段からもっとどうにかならないの!?
ストーカー予備軍に家の鍵を渡そうとして、本人から怪しまれたことで私が一人お店に残る作戦は失敗してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます