第82話 外面がいいのは仕事柄でしょうか。
家に帰ってきて、自室に戻るとそのままベッドの上に倒れこんだ。
こっそり帰ってくるつもりだったのも忘れて、親に制服姿を見られたし、化粧も落としてないし、制服のまんまだけれど、とにかく疲れた。
なのにノノは、
「あっ、アタシ、九条乃々花でーすっ。ユズの先輩さんなんですよね。よろしくお願いしますっ」
なんてオフ会での初対面ぶりのアイドルスマイルを浮かべていた。――なんで? なんで!? なんでそんな自己主張強いの!?
「お、おおう、よろしく。あたしは
先輩は先輩で、どうすりゃいいのよって私にアイコンタクトしてくるけど、私も正解がわからないからなにも返せない。
本名でそのまま活動している国民的人気アイドルが、そっくりその素顔のままで名乗ったのだから、間違いなく先輩も気づいているだろう。
しかし話題に出していいのかもわからず、どうしていいか困っているのだ。私も困っている。
「大学の先輩なんですねっ。ユズがいつもお世話になってまーす」
「……えっと、私、ゲームやってて、先輩にも前話したと思うんですけど、その友達で」
「へぇ、ゲームね、姫草好きだよね」
「アタシ達、すっごく仲良しなんですよっ! ねっ、ユズ!?」
といった感じで、何故か終始明るいノノとどう触れていいかわからない私と先輩といういたたまれない空気を過ごした。
直ぐに帰るとも言えないし、結局まるで中身のない会話を三十分ほどしてから解散となった。
先輩はもう少しゆっくりするよ、とのことで私とノノが店を出る。
またマスクと伊達眼鏡を付け直したノノに、タクシーで送ると言われた。
遠慮しようと思ったけれど、精神的な疲労と制服姿で電車に乗ることを考えると結局最終的には好意に甘えてしまった。
――いや、お金は自分で出すよ? ともちろん言ったのだけれど、気にしないでと押し切られてしまう。
「えへへ、デートしているところユズの先輩に見られちゃったね」
「えっ、う、うん……?」
タクシーの車内で、ノノが私の耳元で嬉しそうに言った。
制服を着た二人組でもタクシーに乗っても平気なのかとちょっと不安だったけれど、行き先以外のことは聞かれなかった。そりゃそうか。
「大学で噂されちゃうかもね」
私がアイドルと一緒に制服姿でいたというのは、誰かに見られていたら噂になってもおかしくない。ただ先輩はそういう人ではないので、多分大丈夫だろう。
「ユズに、可愛い彼女がいるって……むふっ」
「えっ?」
「ん、なに?」
「……いや、まあ、そう……かもね?」
周囲からどう見えていたかは、私にもわからないので置いておこう。
――置いておくとして、もしかしてノノのあのテンションは、私の彼女として見られているかもって思ってたからなの!?
やたら明るく自己主張強いなと思ったけど、まさか彼女面していたのか。
斉木先輩にどう思われていたのか、多分恋人だとは思われていないだろう。ただアイドルと親しげな私になにか思うところはあるだろうし、今度説明しよう。もちろん制服を着ていたことについても。
などと考えながら、ベッドの上でごそごそと引っ張り出したクレインジングシートで顔を拭いて、そのまま眠ってしまった。
◆◇◆◇◆◇
それからも
アズキがバイトとしてそのまま定着してしまったことは、複雑な気持ちではあるけれど――お互い、いいのかな?
アズキはパソコン関連始め、キーボードにも詳しいからお店としてはありがたいみたいで母も採用に乗り気だった。アズキも喜んでいたけれど、身近な場所にこのまま彼女を置いていていいんだろうか。
正式採用となったことでアズキと私が一緒にお店に立つことも減ったものの、彼女が近くにいることで何らかの警戒にはなるだろうし、なにより私の心の安定剤にはなっていたと思う。
ただアズキへの依存というか、心の支えとして見ているのかは疑問だ。
ギルドメンバーであるアズキを、リアルでまで頼っていいのかとかいう話もあるし、そもそもこの人ストーカー予備軍だよねという話だ。
今はそこまでアズキのことを疑ってないけど、時折母や社員の
――単なる世間話だよね? やたら私のこと細かく聞いていたような気がするけど、なんか探っているわけじゃないよね?
などと懸念も引き続きあったのだけれど、ついにヴァンダルシア・ヴァファエリスのイベントダンジョン攻略のランキング発表の日が来た。
来てしまったと言うべきなのか、やっと来たと言うべきなのか。
私の人生がいろいろ決まってしまう大事な日であることには間違いない。
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