第67話 恩人の余罪が見つかりました。

 人のスマホを勝手に盗み見るのは、いけないことだろう。


 私はスマホでたいしたことはしていないし、見られて困るようなこともない。

 だから誰かに見られたところで特に怒ることはないけれど、それでも道徳的に間違っているのはわかる。


 ただ――私の名前がついたフォルダがあれば話は別だ。


 当然ながら、これが普通の友人相手だったらそんなことはしない。

 偶然フォルダ名を見てしまったことを言って率直に、『これってなにかな?』と聞くぐらいはするかもしれないけれど、黙って中身を確認するなんてしないはずだ。


 だけど相手がことアズキなので――。


 このストーカー予備軍が、いったい私の名前のフォルダになにを保存しているのか。私がこの目で検閲しなくてはいけない。


 場合によっては、法的処置も辞さない覚悟である。


 さっきの話だとここ数日、私を見張っていたらしいからその写真なんだろうか?


 でも鈴見総次郎すずみ・そうじろうから私を守るのが目的だったのなら、私一人のときまで写真を撮る必要はない。


 こんなフォルダができるはずはない。


 アズキは、まだちょっと離れた場所にいる。鞄なんかも近くに放って置いていたようで、肩にかけ直していた。


 まだ時間はありそうだ。私はそっとフォルダを開く。


「え……ちょっと、これ」


 ――正直、薄々勘づいているところもあって身構えていた。


 だってアズキの普段の言動からして、やってそうだったし。フォルダを見つけたときも、「あーやっぱり、いつかやると思ってた」くらいの気持ちだったんだけど。


 それでも実際に、フォルダいっぱいの自分の写真や動画を目の当たりにすると、恐怖を感じてしまった。


 鈴見総次郎と対面したときとは、全く別種のなにか底知れないものだ。


 ――どうしよう、見なかったことにしたほうがいいのかな。


 想像通り、ただ見守っていてくれただけでなく、明らかに不要な私一人だけの写真を大量に撮っていたようだ。


 上のほうに新しく保存されたもの表示されているようで、着ている服などからもさっき姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうで店番していたときの写真だろうものが何枚か並んでいる。


 ――まあ、でも、アズキが見張っててくれたおかげで私は助かったわけだし、ただストーカーしてたわけじゃないからな。


 ここ数日は、鈴見総次郎がいつ来るかわからないから、常にカメラを構えていたということかもしれない。それでたまたま私の写真が――いや、たまたまの量じゃないけど。


 スクロールしながら、ぎょっとする枚数の写真を流し見していく。


 ――ていうかこれ、合宿のときの写真じゃない? え、あれこれとかもっと前の、アズキがお店に来たときの写真だし、こっちはオフ会のときの?


「ユズ、記事は必要なら後で送るけど」


 いつの間にか戻っていたアズキは、私がまだ鈴見デジタル・ゲーミングの記事を読んでいると思ったようだ。


「え? あのさ、この写真……」


 私はスマホの画面をアズキに見せる。フォルダに並ぶたくさんの写真を突きつける。


 アズキの表情は特に変化が見えなかった。


「見たの?」


「ご、ごめん、勝手に……でもこれは……」


「ユズも、写真いる? ユズと僕の思い出の写真」


「いや、思い出って……私しか写ってないし。……ていうか、どれもこれも撮るなんて聞いてないのばっかりだよね!? これって盗撮だよ!?」


 思わぬ余罪が出てきたことで、私もやっぱりもっと注意したほうがいいのか悩む。


 特に写真が見つかっても、アズキに悪びれる素振りが全くないことが気になる。


 共感能力とか社会性の欠如ってやつなんじゃないのか。ダメなことはダメって誰かが教えないと。


 けれどアズキに助けてもらった事実は変わらない。


 ――そういえば合宿のときはアズキがカメラっぽいもの持ってたときあったなあ。直ぐ隠してたから、見間違いかなって気にしなかったけど。


「と、とりあえず、これから家でお昼ご飯食べるつもりだったんだけど……よかったらアズキさんも一緒に食べる?」


「食べる。とても空腹」


 結局、足し引きしてもアズキに助けてもらったことへの感謝のほうが大きかった。


 だからあまり追求しても悪いし話題を変える意味でも、と思わず口から出た提案だった。


 ただ家でと言ってしまったが、母が用意してくれている作り置きは一人前だ。


 今から私が作るにしても、できるのはオムライスくらい。

 

 アズキは人の手料理だからって言うより、純粋に味で点数とかつけてきそうなタイプな気もして満足してもらえるか不安になる。


「あのさ、お店どっか入る? 助けてもらったお礼に……心ばかりだけど、ご馳走させてよ」


「ユズの家で食べたい」


「なにか適当にテイクアウトする?」


「可能なら手料理がいい」


 ――なんでだ? ルルもそうだったけど、何かしらお礼と言えば、手料理を要求するのが世間的な常識として存在するのだろうか。


「……私、オムライスしか作れないよ?」


「オムライス、好き」


「ならいいんだけど……あんまり期待してないでもらえると」


 アズキからの希望ならそれでもいいか。お礼はまた別になにかしよう。そう思って軽いつもりで家に招いてしまったのだけれど――。

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