第66話 怪しいフォルダを見つけました。

 私が離れると、アズキは口惜しそうな顔を浮かべるが、そんな顔をされても。


「あのさ、アズキさん。助けてもらってすごく嬉しいし、感謝しているんだけど……えっと……私のこと見張ってたってことだよね? え? 私が外にいるときは、いつもってこと!?」


「ユズはほとんど外出しない。お店の手伝い以外では皆無に等しい」


「いや、私が引きこもりなのは置いといてねっ!? ……あのさ、ダメだよね? そういうことしちゃ……」


 当たり前のことを言っているはずなのに、何故か不思議そうな顔をするアズキ。なんだろう、私がおかしなこと言っているのかな?


「ユズのことが心配だった。今回の鈴見総次郎のことも、想定できる範疇。相手が通話に出なかったら直接会って話そうとする。会っても話を聞こうとしないなら手を出そうとしてくる。そういう人間がいる」


「う、うん……」


 なんだろう、言葉に妙な説得力がある。


 なにかあったとき、アズキが手を出してこないことを祈るばかりだ。


「あのさ、鈴見さんのことが想定の範疇って、ヴァヴァで負けそうだからってこと? ……まあ私もあの人のことそこまでよく知らないし、ゲームで負けそうだからって、直接相手に手を上げる人間だとしても別に不思議とは思わないけど……」


 不思議ではないけれど、さすがにゲームの賭けで負けそうだからってそんなことをする人間があまりにも多いと、世の中生き難すぎるんじゃないだろうか。

 怖い、完全に世紀末じゃないのかそれ。


「ヴァヴァだけじゃない。鈴見総次郎の父親の会社、鈴見デジタル・ゲーミングについても問題が発生している」


「え? 鈴見デジタル・ゲーミングが? ……ごめん、意図して見ないようにしてたせいかも、全然知らないや」


「パソコン関連のまとめサイトや、一部のネットニュースでも話題になっている。これ」


 そう言ってアズキは私にスマホを手渡してきた。


 受け取ると、『鈴見デジタル・ゲーミングまさかの初の自社製キーボードが大不評!! パソコン売り上げ全体も大幅下落予想か!?』という見出しの記事が表示されている。


 見ればあの盛大に過大広告で売られている自社製キーボードは、私の評価通り世間一般からもたいしたことないキーボードとして不評を買っていたようだ。


 ゲーミングパソコンそのものの売り上げも落ち込んでいて、会社全体の評判と利益が下がっているのではにか――とまとめられていた。


 鈴見デジタル・ゲーミング側も、実は自社製のキーボードが起因の一つとして業績に問題を抱えていた。

 だから向こうとしても、姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうとの提携を再開してまた売りたいって思っていたということだろう。


 その橋渡し役に、あのバカ息子の鈴見総次郎を送り込んでくるのはどうかと思うが――いや、私が知らないだけで企業間のやり取りもあるのかも知れない。


 もしきっちりと鈴見デジタル・ゲーミングから正式にまた提携を再開したいと申し出られたら、ウチはどうするんだろうか。


 どうなんだろう、母に聞けば教えてもらえるのかな。あまり口出しはしたくないけれど、本心を言えばもうあんな会社と関わってほしくない。でもやっぱり会社のことを考えるなら――。


「いくつか記事をまとめてあるから、戻るボタンを押せば他のもの見られる」


 アズキは室外機の上に置いていたカメラを回収しながら言った。撮れていた動画を確認しているようだ。


「……ユズ、止めに入るのが遅くなってごめん。鈴見総次郎の弱みをできる限り集めたかったけれど、まさかあんなに直ぐ手を出すと思わなかった」


「ううん、手って、肩触られただけだし。……それに、アズキさんの言うとおり、これくらいの脅しがないとまたいつ同じ事してきたかわかんないし、賭けのこともしらばっくれられたと思うから」


「でも、ユズを怖がらせたくなかった」


「ありがとう」


 やっていることはストーカーだったけれど、アズキは私のことを心配してくれていて、守ってくれたのだ。


 ――そうだよね、ストーカーって言っても、鈴見総次郎を警戒していただけだもんね。下心っていうか、そういう変な意味のストーカーじゃないってことだよね。


 そう考え直すと、さっそうと現れて鈴見総次郎から私を守ってくれたアズキは、やっぱりとてもかっこよかった。


 外見からしても、女性だってわかっていてもドキッとするような中性的な美女なのもあるが、あの暴漢相手に少しも退いた態度を見せないのがやはり勇ましく惚れそうになる。


 ――いや、そのままの意味で惚れそうってわけじゃないんだけど。……うん、変なこと考えてないで、他の記事でも見てみるか。


 アズキが、鈴見デジタル・ゲーミングの記事がいくつかまとめてあると言っていた。


 あんまり下卑た感情で、鈴見デジタル・ゲーミングの悪評を喜ぶわけじゃない。

 ――嘘。内心、ざまぁみろ! って思ってます。すみません。


 ともかく、情報としてもっと知っておくべきだろう。


 一つ画面を戻して、『15.鈴見デジタル・ゲーミング関連』と名付けられたフォルダ内の記事を読み流していく。


 キーボードの性能調査したものなんかもあって中々のできだった。鈴見デジタル・ゲーミングのキーボードがいかに誇大宣伝であり、たいしたことがないものかがきっちりと数値でまとめれている。


 匿名掲示板のコメントをまとめたものもあって、『キーボードのオマケに買ってたパソコンが、まさかキーボードの販売をやめた件』とか『ゴミにゴミをつけて売る会社があるらしい』とか『鈴見デジタル・ゲーミングのキーボード買ってない情弱いる? お前、正解だよ。俺は騙された』みたいなことが書かれていた。


 ――ほら見たことか! 姫草打鍵工房のキーボードに対して無礼を働いた報いだっ!! と、はしたないけれど気分が高揚してしまう。


 そのせいで、思わず戻るボタンを二回押してしまって、スマホの画面には『15.鈴見デジタル・ゲーミング関連』フォルダの一つ前のフォルダが表示されてしまう。


 おそらくデスクトップ的なフォルダなのだろう、『メイン』と名付けられていて、いろいろなフォルダが番号つきで振られている。そういえば鈴見デジタル・ゲーミングのフォルダにも十五という数字が先頭にあった。


 私は鈴見デジタル・ゲーミングのフォルダを見つけて、戻ろうとしたのだが。


「え? これは……」


 フォルダの中に、『13.ユズ』というものがあった。


「……えっと?」


 アズキはまだ動画を確認しているようで、私はこっそりと『13.ユズ』のフォルダをタップした。


 他人のスマホを勝手にいじるなんて、悪いことなのだけれど――。

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