第49話 夜が更けても眠れません。

 二本の時計の針がてっぺんについて、日付が変わる。


 カレンダー上では、打鍵音だけんおんシンフォニアムのゲーム合宿一日目が無事に終わったわけだ。


 だがオンラインゲームをたしなむものからすれば、ここからが本番のようなものである。


 ――ただまあ、ここで強力栄養剤やエナジードリンクの類いを配って飲ませると、またみんなに退かれかねない。


 あと数時間やったら今日はもうやめるべきか。いや仕事もしていたノノのことも考えれば、もうそろそろ終わってもいいくらいかも。

 そのあとで私は一人残ればよい。


 よし、軽量版の練習メニューはほとんどこなし終わっているし、やっぱりみんなには無理しないでもらおう。


「……みんなそろそろ休もっか?」


 ちょうどダンジョンからも帰還していて、三人に声をかけた。


 うーんと背を伸ばしているノノに、またノートを開いてメモしているルルと、――え? アズキはなにをしているんだ?


「アズキさん……?」


「休むなら、異論はない。一日の睡眠時間は最低限確保したほうが効率的」


「そうなんだけど……そうじゃなくて、今なにか持ってなかった?」


 目が合いそうになった瞬間、するりと机の下の黒いリュックへ消えていったが、なにかメカメカしいものを持っていたのが見えた。


「適度な休憩は大事。イベント直前に体調を崩すと元も子もない」


「……う、うん。そうなんだけど、えっと」


「どったのユズー? 眠るんだったらみんなでベッド行くー?」


「わ、わたしも普段ならそろそろ眠っている時間ですけど……でもユズさんがまだヴァヴァをやるなら頑張ります」


 アズキはまるで意に介さないし、ノノとルルが会話に入ってきた。


「えっと、うん。まだ初日だし今日はしっかり眠ってもらおうかなって。……ベッド借りちゃっていいの?」


「お客さん用のやつもあるからね。使って使って! ……しかもお客さん来たの初めてだから、まだ新品だよ。てへっ」


 無駄に笑顔を振りまくノノだったが、どこかもの悲しさがあった。


 薄々感じているけれど、オンラインゲームにどはまりしていることもあって、以外と陰キャよりな気がしている。


 ――芸能人の友達とかいないのかな? まあ、私もあんまり大学に友達とかいないし、そっとしておこう。


「あっ、でもお客さん用は二つしかないから」


 一人暮らしのマンションに、二つもあるのはすごいんだけど――また面倒な流れだ。


「ユズ、またアタシと一緒に寝る?」


「……私、ソファーでいいんだけど。なんだったらこの椅子でも全然眠れるし、リクライニングあるから」


「そんな! ユズさん、それならわたしと一緒に眠りましょう」


「僕もユズとなら一緒がいい」


 思った通りまた二人が主張してきた。


 しかしこの二人と横で眠るのは危険だ。意識のない間になにをされるか。――いや、意識があってもなにをされるかわからないけど。


「いやほらどっち道、私はまだヴァヴァやるから眠るつもりないんだよね。……だから三人は先に休んでてよ」


 こんなことを言うと、三人からなにかまた反論されると思ったのだけど。


「それだったらアタシもまだヴァヴァやるよ! だって合宿だもんねっ。もっとガッツリ鍛えたいし」


「わ、わたしは最初からユズさんに付き合うつもりでしたよっ」


「イベントは短期決戦。多少無理しても突破する精神力はあったほうがいい」


 驚いたことに、三人ともまだまだ私のヴァヴァに付き合ってくれると言う。


「ほ、本当? ……無理、しないでほしいんだけど」


「明日は仕事休みだし余裕っ!」


「……イベント、絶対勝ちたいですから」


「四人での練習が一番効率的。ユズだけ強くなっても勝てない」


 私がそんなこと言っても、きっと三人は少なからず無理して頑張っていてくれているんだろう。


 それでも――その気持ちが嬉しかったし、なにより。


「ユズさんとヴァヴァやるの、楽しいですから。今日くらい、もっとやりたいです」


「うんうん、イベント負けられないからね! 恋バナもしたかったけどね」


「ユズが寝落ちしたらベッドに運ぶ」


 私も四人で、打鍵音シンフォニアムのメンバーとヴァヴァをするのが楽しかった。


 結局そのまま、朝方までゲームして、気づいたら四人で一番近いベッドの上で倒れ込むように眠っていた。


 次の日の昼過ぎに起きて、グロッキーなままヴァヴァを再開して――そんなこんなで過酷なオンラインゲームの合宿としてあるべき姿の三日間があっという間に過ぎていく。


 そして合宿が終われば、イベントの開催がもうすぐそこである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る