第42話 お礼は体で返すそうです。

 モデルのように、ほっそりとした高身長。


 ほとんど無表情なせいか、遠目にはマネキンにも見えそうだ――というかそれくらいスタイルがいい。手脚が長くて、顔立ちも美女というにふさわしい。


 まだ午前中なせいか、いつもよりどことなく顔色が悪い気がした。眠いんだろうか。普段のイメージからも低血圧そうなので、朝は苦手なのかもしれない。


「おはよう、アズキさん」


「おはようございます」


 私とルルの挨拶に、「うん」と元気なさそうに返事する。


「……具合、平気?」


「楽しみで、昨日は寝付けなかった」


 心配になって聞いてみると、可愛らしい理由だった。


 ただ今回はヴァヴァの合宿だ。きたる新規実装ダンジョン攻略イベントに向けて、全力で鍛えるためにもコンディションは万全でいてほしい。


「大丈夫? 少し仮眠……ってもうすぐ時間だし、コーヒーとかいる? チョコかな? あ、栄養ドリンクなら何本か持ってきたからあげようか」


「……ありがとう。ユズ、優しい」


「そうかな? とりあえず、アズキさんは座って休んでて。約束の時間まであとちょっとあるし」


 私がそう言うとアズキは無言で頷いて、一番彼女の手近にあった一人がけようのソファーに腰を下ろした。


 さっきまでのことがあるので、ルルのほうをあまり向けない。今彼女がどんな表情を浮かべているのか。


 背中に気配めいたものを感じるが、また彼女の隣りに座る気にはなれなかった。


 ――反省してくれていればいいんだけど、どうだろうなぁ。


 結局待合スペースの端のほうをうろうろして時間をつぶし、やはり時間通りになってノノが来た。


「ユズーっ、アズキに、ルルっ! 今日はようこそ、アタシの家へ! ってまだマンションの共用スペースだけどねっ」


「こっちまで来てくれなくても、オートロック開けてくれれば部屋まで行ったのに」


「なんかね。カードないと、専用のエレベーター乗れないんだよね。あとここタワマンの中でもセキュリティとか厳しいとこで、受付あるし」


「え? なにそれ、専用のエレベーター……? 受付?」


 よくわからないけれど、そういうものがあるらしい。


 聞けば中二階的な場所には、エントランスがあってマンション専用のコンシェルジュがいるとか。

 基本的に来訪者――宅配物などもそこを一度通らないと、中には入れないそうなのだが、それも面倒なのでノノが迎えに来てくれたそうだ。


 ――すごいな、この前のホテルもすごかったけれど、やっぱり国民的人気アイドルともなるとこういうところに住んでいるんだな。


 と改めて感心しつつ、ノノに連れられるまま部屋に移動した。


 カードキーでエレベーターを呼び、中でまた操作パネルにカードをかざす。


 それから耳がかすかに気圧変化を感じるくらいには上の階へ昇った。


「みんなどうぞーっ、今度こそアタシの家だからねっ、上がって上がって」


 笑顔のノノに歓迎されるまま、フロアの一室へ入る。


 中もやはり豪華だが――ホテルの部屋に比べると、どことなく、物がない。なんていうか生活感もあまりない。


「あははっ、普段使ってる部屋以外はほとんどそのままだから……ちょっと寂しい感じだよね」


「えー、こんな広いのに。……いや、こんな広いからかな? 私もそんなに何部屋も使える気しないかも」


「そうなんだよねー。完全に持て余しちゃって」


 だったらもっと狭い場所に住めばいいのに、と思いもするがいろいろあるのだろう。


 リビングに通されるが、ソファーやテレビ、テーブルなんかがあるのだけれど普段使っている形跡を感じない。


「好きに使っていいからねー。パソコンはそっちの部屋に四台準備してあって、えっと冷蔵庫の中も自由にしていいよ。でもたいした物ないから、お腹すいたらデリバリーとかがいいかも」


「ありがと。ちゃんとお礼言ってなかった気がするけど、本当に至れり尽くせりでなんて感謝していいか……」


「そんなー、もうユズったら気にしないで! お礼はちゃんと体で返してもらうからっ」


「えっ!? ちょっと体って」


「ふふ、冗談冗談」


 ノノはそう言って笑うが、彼女はいつも私になにかしてくれるときは必ず見返りを要求してきた。

 今回は事前になにも聞いていなかったので油断していた。


 ――マズい、このタワマンに私達三人を招待して、結構な額がするだろうゲーミングパソコンまで用意してもらい、他にもいろいろと歓迎してもらって。


 私、いったいなにを要求されるんだ。


 それと同時に。


「ユズさん、体でお返しって……なにをされるんですか?」


「……いや、私に聞かれても」


 さっきからずっと、視線を合わさないようにしているルルの声が怖い。


「これよかったら好きなの飲んでね。ペットボトルだけど」


 ノノからビニール袋に入ったままの大量の五百ミリペットボトルを出される。


 お茶に、コーヒー、炭酸飲料から、ジュースまでラインナップも豊富だ。


「ありがと。本当にいろいろ準備してくれて。……お礼も後でできる限りのことはするから」


「わーいっ! でもさっきのは冗談だよっ。合宿はユズのためにやるわけじゃなくて、ギルドメンバーみんなのために開いたんでしょ?」


「えっ、でも……」


 提案したのはアズキだったけれど、合宿することになった根本的要因は私だった。


 それに、ギルドメンバー全員のためとはいっても、これだけ用意してもらってなにもお返ししないというわけにもいかない。


 ――だけどノノ相手だと、レアアイテムをお返しに渡すのも難しいし、そうなると……いやいや、自分から『お返しにキスするね』とかは絶対無理。


 できないし、言えないし、間違っている。


 お礼の件は後で考えることにして、


「どうしよっか、少しお茶してからヴァヴァやる?」


 と提案すると、三人は意外そうな顔を浮かべた。


「え? どうしたの」


「……ユズのことだからてっきり直ぐヴァヴァやるかと思ってた」


「ユズのスケジュールに休憩があるのは予想外」


「わたしも、少し驚いちゃいました……すみません」


 どうやら三人は私がここへヴァヴァをやるためだけに来ていると思っているらしい。


 三人にただただ過酷なトレーニングをさせる合宿だと思っているらしい。


 ――もちろん、本心で言えば私だって一分一秒を惜しんでヴァヴァをしたいけどっ!!


 でも、みんなに無理してハードな練習を強いるつもりはなかった。


 今日までの雰囲気からも、遊び半分なんてことはないだろうけれど、楽しい合宿が求められているのはわかっている。


「あんまり根詰めすぎても仕方ないかなって。あのさ、これ私からのプレゼントで! って言っても、みんなでやるようの合宿メニュー考えてきただけなんだけど」


 私は肩にかけていたボストンバッグから、クリアファイルを引っ張り出す。

 ファイルは三つあって、それぞれギルドメンバー三人の名前が書いてある。


「とりあえずつくってきただけで、無理してやるつもりはないから」


「ユズ! アタシ、合宿は楽しみにしてたけど、全力でやるつもりだよ! そんな始まる前から弱気にならないでよ」


「僕も全力で参加する」


「私もです。上手くなって、みんなでイベントを頑張りたいですから」


 三人はやる気に満ちた声で、私からファイルを受け取る。


 ノノが仕事で抜けている時間以外は基本的にはパーティーでの練習を想定しているものの、個々の課題に対してのメニューも考慮して、三人それぞれコピー用紙に三日間のスケジュールをつくってきた。


 ――みんなが、こんなにやる気を出してくれていたなんて。


 嬉しい、正直にすごく嬉しい。


「ユズ、こんなのつくってくれたんだぁ。ありがとー、アタシのスケジュールもちゃんと考慮してくれてて助かるよ。……ちょっと想像より練習時間多いけど」


「え? それ一応は軽量版で、本気メニューも別にあるよ? ……もし、みんながやる気ならこっちでも」


 もう三つ別のファイルを取り出す。


 戸惑いながら受け取る三人。書かれた予定を見るや否や、


「……ゆ、ユズ! こっちだとアタシ睡眠時間が三時間なんだけど」


「ノノさんは移動時間で眠れるでしょ。マネージャーさんが車出してくれるって言ってたし」


 私は平然と言ってのけるが、さっきまでやる気に見ていた三人の表情が一気に曇る。


「そ、それにしてたってもう少し寝かせてよ!?」


「食事と入浴が合わせて十五分しかない」


「昼間も普通に十五時間一回も休憩ないですよね……」


 どうやらちょっとこちらのメニューは熱が入りすぎていたらしい。


 ――みんなのやる気に、こっちでもいけるんじゃないか? とつい調子に乗ってしまったようで、三人からの若干距離を感じる。


 ……ごめんね? やっぱり、お風呂入りながら食事とかさせようとしたのがダメだったのかな?


 とりあえず本気メニューはしまって、しばらくは軽量版をみんなで頑張ることになった。

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