第38話 本当に合宿するんですか。

 オンラインゲームで合宿。――そんな……と一瞬思いそうになるが、実際プロゲーマーのチームであれば合宿してのトレーニングはよくあることだと聞く。


 オンラインゲームなのだから基本的に各々の環境からでも集合できるが、やはり実際に集まってリアルで話し合い、一緒に並んでゲームすることでより高密度な練習やミーティングができるとか。


 確かにもし合宿を実施できれば、ギルドメンバーの戦力を短期間で増強できるかもしれない。


 でも合宿ってことは、


『みんなでお泊まりしてヴァヴァやるってことー? 絶対楽しいじゃんっ! ユズ合宿やろうよー』


 楽しそうにノノが声を弾ませるけれど、まさしく私が悩むポイントがそこだ。


「……泊まりでやるメリットをあんまり感じないんだよね。対面でやったほうが集中してパーティー連携とか鍛えられそうだと思うけど、レンタルオフィスとかで集まれるときだけ集まって、その後は解散すればよくない? どっかにないのかな、ゲーミングパソコン借りられるレンタルオフィスとか」


『なにそれっ!! 業務じゃんっ! 全然合宿じゃないよ。楽しそうじゃない!』


「だってゲームに関係ない時間まで一緒にいる必要はないし、非効率的じゃない? ヴァヴァ以外の時間は各々自由にできたほうが都合いいし」


 そういった理由で、対面でゲームすることには賛成だったが、合宿自体は面倒としか感じていなかった。


 楽しいとか楽しくないとか関係ないし、そもそもヴァヴァはそれだけで楽しいのだ。

 別にわざわざ泊まらなくてもよい。


 なのでノノには悪いが、もしやるにしても事務的な強化集会オフのようなものに――。


『そ、そんなことないと思いますよ!』


「え?」


 予想外のところから声が上がる。合宿を提案したアズキでもなく、ノノとはそりが合わなそうなルルだ。


『みんなで一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、布団並べたりで深まるパーティーの仲があると思います!』


「ええぇ……そうかな? うーん……」


 同じ釜の飯を食う、みたいなのは聞いたことがあるし、ないわけではないんだろう。

 だけどそういう会社の人と飲み会に行って交流を深めて、仕事の関係性を円滑にするみたいの、あんまり好きじゃない。


 とはいえ、ギルドメンバーの仲が深まると言われると反対もしにくい。


『アタシも賛成! ユズと一緒に夜遅くまでお話とかして夜更かししたいなー』


「いや、そんな時間あったらヴァヴァするから。ヴァヴァしないなら直ぐ眠って明日に備えるし」


『なんで!? お泊まりだったらトランプとか恋バナじゃないの!?』


「修学旅行とかじゃないし……もしやるにしても強豪運動部の合宿くらいに考えてくれると」


 決して遊びに行くわけではない。

 俗世から離れて、二十四時間をヴァヴァとパーティーのために捧げる。合宿をするならそういう感じになるだろう。


『僕は、お風呂好き』


『お風呂って、みんなで入るものなの? ……アタシ、あんまり人と入ったことないから、ちょっと緊張するって言うか』


『わたしも人とは基本入らないですが、ユズさんのお背中を流します。体も洗わせていただきます』


「いやルルさん、そういうの大丈夫だから。私、体柔らかいから背中も自分でごしごしできるし……」


 お風呂トークで盛り上がる三人を傍目に、もしやるなら――ともう少し考えてみる。


 ヴァヴァも中々要求スペックの高いゲームだ。


 グレードは問わないにしても最低限グラフィックボードはほしい。そうなると基本的にはゲーミングパソコンということになってくる。


 宿泊のことを考えると、設備のいいレンタルオフィスがあってもダメだし、インターネット喫茶もダメになってくる。


 ――いや、インターネット喫茶なら泊まれるんだっけ? ありかな? でもそもそもあんまり複数人で話せる環境じゃないから難しいか。


 そうだ、姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうの二階事務所とかはどうだろう。

 業務内容がキーボードというだけあって、四台くらいならそこそこのスペックのパソコンもある。

 それに業務時間外なら許可を取れば使えないこともない――だろうか?


 昼間は使えないとしても、夜中ならずっと使えるはず。


「もしやるとして、場所は私の親の会社……姫草打鍵工房の事務所はどうかな? パソコンはあるし、布団くらいなら用意できると思うから」


『あーっ! ユズの親御さんがやってるキーボードのお店なんだよねっ! アタシこの前行けなかったし行きたいー』


「お店のサンプルキーボード貸してあげるとかもできるし、環境としては悪くないと思うんだけど」


 悪くない気がしてきた。

 ルルのキーボードも、操作が慣れてきたからこそ新しいカスタマイズを試したくなっているかもしれない。


 ノノの環境は知らないけれど、姫草打鍵工房のキーボードを布教してより良いヴァヴァ環境を提供できるんじゃないだろうか。


 あとは親に許可を取るだけ――と思ったのだが、また待ったの声が入った。


『……ユズ、僕は事務所も三階の倉庫も見たけど、あそこに人間の生活空間はなかった。本当に合宿できる?』


 アズキだ。アズキはこの前お店に来たとき、私と一緒にすべてのフロアを見ていた。


「まあ、お手洗いと小さい給湯室があるくらいかな? 倉庫だったらスペースそこそこあるから、そこで四人くらい眠れると思うし」


『あの……すみません、ユズさんのお店は、基本的に昼間はいつも開店していたと思うのですが』


「そうだね。だから業務時間外の夜中に事務所借りてみんなでゲームして、昼間は倉庫の邪魔にならないところで眠るって感じかな」


 ルルの質問に私は考えていた予定を説明すると、


『待って待って、ユズなんでナチュラルにハード夜勤の合宿しようとしてるの!?』


『お風呂、ない』


『……わたしも申し訳ないのですが、ちょっと昼間に倉庫で眠る合宿は」


「な、なんでっ!? ゲームに集中してあとはただ眠るだけでしょ!! お風呂なんて一日くらい入らなくても大丈夫だしっ!!」


 もちろんどうしてもと言うなら、徒歩数分先にある私の実家でお風呂くらい貸すつもりだった。


 ただ私の一言に三人から猛反対されて、あっさりと姫草打鍵工房での合宿案は却下されてしまう。


 ――むぅ、いいと思ったのに。


『んー、ならアタシの家はどうかな? 人数分のパソコンならすぐ買って用意できるし、空いてるベッドもあるよ』


 とノノが提案してきた。


 さすがは人気アイドルだ。お金に困っていないからこそ言える発言ではあるけれど。


「え、でもそれを用意してもらうわけには……まず実家? 一人暮らし?」


『一人暮らしだから気遣いとかいらないよ! あとパソコンも元々何台かあるし、全然気にしなくていいよ。普段ヴァヴァに課金してる額と比べたらたいした費用もかからないでしょ』


「うーん……それはいいんだか悪いんだか」


『それにね、アタシ、時間のほうが問題なんだよね。連日で休み取るの中々難しいから、それだったらアタシの家にみんなが来てくれたほうが助かるくらい。仕事でちょっと抜けるかもだけど、その後直ぐに戻って来やすいし』


 やはりそこは人気アイドルだ。


 本当だったら、これだけゲームやれる時間もないはずだろう。そこをいろいろやりくりして、ギルドで集まってヴァヴァをしてくれている。


「ノノさんがそう言ってくれるなら、私はありがたいけど」


『お風呂があるなら、僕も賛成』


『……私も、お邪魔していいんでしょうか?』


『ふへっ、これでも結構アタシ売れてるからね。家も期待してていいよー。すごいタワマンだし! みんな、おいでおいで』


 そんなこんなで、多少揉めたり紆余曲折あったけれど、ギルド打鍵音だけんおんシンフォニアムの第一回ゲーム合宿が開かれることになった。

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