第34話 ひび入る会社(side 英哲グラン隊)
いつも自慢ばかり口にしているのに、まるで満足を知らずイラ立ちばかり募らせている。
比較的創設から間もないが、国内で有名なゲーミングパソコン会社の社長息子として生まれ、存分に甘やかされた結果醜悪な性格に育った。
多少平均よりは上の容姿も、彼をつけあがらせている要因だったろう。
だが今までわめき散らして、好き勝手やってきたことで、彼自身はまだ気づいていないけれど既に崩壊は目前であった。
「あぁ、悪いな親父からの電話だら。鈴見デジタル・ゲーミングの社長のな」
大学で風野と総次郎が所属しているeスポーツサークルの部室でのことだ。
総次郎はこれ見よがしに、着信画面を見せびらかしてから通話にでる。
およそ理解できない感覚だが、有名企業の社長から電話がかかってくる自分というのを誇っていて、他人より自分が優れている証拠の一つと考えているようだった。
親が誰であろうと関係ない――むしろ一々ウザい、とサークルメンバーの大部分は思っていた。
けれどそれでも一部は、特に後輩からは羨望やわずかながらに尊敬の念で見られているのもまた事実だった。
「すげぇよな、あの鈴見デジタル・ゲーミングの社長息子だもんな先輩」
「へぇ、じゃあすっごい金持ち? 顔も悪くないし先輩いいかもぉ」
風野達の後輩にあたる一人は男子で、もう一人は総次郎が目をつけている女子だった。
容姿も悪くない上に、ヴァンダルシア・ヴァファエリスをやっているというので、総次郎の目の色が変わったのだ。
まだ彼女とゲームをすることにあきらめがついていないのか、と風野はあきれたが、口出しはしない。
風野は同性であることを活かして、総次郎よりも先に、後輩の女子と接近して仲良くなっていた。
だから後輩の彼女には悪いけれど、作戦の一部に組み込んでいたのだ。
「鈴見はゲームの腕もあるし、よかったら今度みんなでヴァヴァで遊ぼうよ」
風野はそんな心にもないことを言って笑った。
そんなとき部室の外から、怒声が聞こえてきた。
「親父、どういうことだよっ!? 俺が悪いってのかよ。ふざけんなって、俺が監修まで手伝った最高のキーボードだぞ! 文句つけるやつがどうかしてんだよっ。親父だってわかってんだろ、俺はプロレベルの腕前だぜ。その俺が手伝ったキーボードにクレームなんてっ!!」
感情が高ぶるとすべて口に出してしまう。相変わらず子供みたいなやつだ。
風野は彼と彼の父が話している内容にある程度予想が付いた。
鈴見デジタル・ゲーミングがハイエンドパソコン向けに新しくつくった自社製のキーボードについてのことだろう。
「なあ、ユズってブス覚えてるか? あいつの家さ、クソチンケなキーボード会社でよ。それウチの会社で売ってやってたんだけど、俺が親父にちょっと言って、取り扱い完全停止にしてやったわ」
先日、ヴァヴァで風野と総次郎が参加しているギルド、
ちょうど他のギルドメンバーを待っている間、二人きりになると自慢げに総次郎が語り出した。
「へぇ、そうなんだ」
内心、不快感を覚えながらも風野はいつもように相づちを返す。
「で、その代わりに俺が監修手伝ってよ、最強のゲーミングキーボードをつくっちまってさ! それが鈴見デジタル・ゲーミングの目玉商品ってわけよ」
「……それで、ユズさんの会社は?」
「あ? とっくに潰れたんじゃねぇの。販売サイトでメタクソにこき下ろして、ネガキャンしてやっといたしな! ま、ウチとの契約が終わっただけでもう終わりだろうし、ちょっとした憂さ晴らしだな」
ゲラゲラと笑う総次郎に、さすがに限界が近い。他のギルドメンバーが来たことで会話が終わり、その日はなんとか耐えられだけだった。
風野はその後直ぐに鈴見デジタル・ゲーミングの情報を調べて、総次郎が話していたキーボードを見つけた。
言っていた通り、名前は伏せていたがとあるキーボードの酷評もしていた。
胸に潜めていた敵意が、
風野は直ぐに鈴見デジタル・ゲーミングのキーボードを注文した。ハイエンドパソコン付属用ではあったが、調べれば個別に注文することもできた。
総次郎の関わったキーボードを買うのはしゃくだったが、必要なことだ。
それから始めたのはサイト開設だ。
風野には、確信めいたものがあった。
総次郎が監修したキーボードが本当にいいものなわけない。そしてあのユズというゲーマーの子、彼女の親の会社がつくっているキーボードはいいものに違いない。
冷静になれば、単なる思い込みや盲信に近いのだが、風野はそれを細かく検証して、そのデータを自作サイトに公開したのだ。
結果は、風野の想像通りだった。
鈴見デジタル・ゲーミングが出している表は明らかにでまかせだった。
総次郎のキーボードは平均的なキーボードを多少上回っているかどうかで、むしろ変にこだわってつくられた部分が異様に使いにくいくらいだ。
一方で、ユズの親のキーボードはまごうことないハイスペックキーボードであった。まずもって使い心地がはっきりと違う。
しかも、このキーボード会社はオーダーメイドが売りなようで、以前まで鈴見デジタル・ゲーミングのパソコンに付随していたものは、それ専用に既製品化した品番だというのだが。
――それと同じものを手に入れるのにだいぶ苦労とお金を要していた。
少し調べればわかったことだが、ユズの親が経営する会社、
そしてその中でも鈴見デジタル・ゲーミングのパソコンに付属していたものは、既製品であるが広く流通していたこともあって、多くの人間から高評価なキーボードとして知れ渡っていた。
これもまた調べてすぐわかった。
以前の姫草打鍵工房による既製品版のキーボードは単品販売しておらず、鈴見デジタル・ゲーミングのハイエンドパソコンを購入しないと手に入らないことから、一部には『高いパソコンがオマケでついてくるが、それでも買ったほうがいいレベルの名キーボード』などとまで言われていた。
結果としてキーボードを手にい入れるのに、かなりのバイト代を費やすことになったが少しも後悔はなかった。
得られたデータを公表し、世間に鈴見デジタル・ゲーミングの虚偽情報を告発できたことで、ヴァヴァに課金する以上の満足感を得られていたからだ。
もっとも、風野が想像していた以上に差は歴然で、彼女がつくった告発用の検証サイトがなくても以前のキーボードを知る人間からは明らかなスケールダウンであった。
だが風野のサイトは確実に、その真実を暴く追い風である。
サイトを見た人間や、以前からのキーボードのファン達からの苦情が日に日に鈴見デジタル・ゲーミングへと押し寄せられていった。
「なんでだよ、あんなキーボードもうウチが扱う必要ないだろっ! 俺のキーボードのが間違いなく上なんだよっ!!」
イラだった総次郎の声に、部室にいる面々は表情を曇らせていた。
風野はこのままではまずいと柔和な笑みを浮かべて、
「鈴見は会社の経営にも手を貸しているんだよ。だからあんな風にちょっと熱の入った言い合いもあるけど、すごいよな。学生なのに」
とフォローを口にした。もちろん心にもない。
「そうですよね。たしかに、大人の世界の一員ってことですもんね。そりゃ言葉尻も上がっちゃいますよ」
後輩の女子が損得勘定のソロバンを弾いて、ギリギリ社長息子というネームバリューが上回ったことに、風野は安心する。
そこで総次郎が部室に戻ってきた。露骨に機嫌が悪くなっている。
「ったく、あーなんか楽しいことねぇのかよ」
「そうだ。それなら今日の夜、みんなでヴァヴァやらない?」
「あ? ……
「そうですね。風野先輩と、鈴見先輩と一緒なら」
後輩の女子、
けれどこれは、風野が用意した彼を破滅させるためのピースである。
――その夜、英哲グラン隊に無許可で芦屋を連れ込んで我が物顔になる総次郎。
すべて風野の想像通りだ。
――超下手な彼女をパーティーにいれてどうなるか、実に見物である。
そして、その少し前に総次郎は、
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