第25話 乙女の貞操が危機みたいです。

 自室で、私はルルと向かい合っている。


 半身でキーボードカバーに手をかけていたのだが、ルルが私の体を触り始めて、――わけもわからず手を離してしまった。


「待って待って、ルルさん。ちょっと待ってよ」


「もう待てないですよ。ずっと……マカロン食べているときからずっと我慢してたんですよ。ユズさんと二人きりになったら、やっぱり耐えられませんでした」


「お願いだからストップして、ブラウスのボタン外さないでって! ……いや、違うからスカートのホックを外していいって意味じゃないからっ」


「ごっ、ごめんなさい! 少しせっつきすぎましたよね……もっとゆっくりと優しく」


 違う。完全に違う。


 こわばった指先が、おっかなびっくりながらもそっと私の体を触り続けていた。だが、次第にその手は動き方を学んでいくように滑らかなものへと変わっていく。


 さっきまで手こずっていたはずのボタンが一つ、また一つと外されていった。


「って、だからダメだって! やめて、一回落ち着こうよ!」


 顔を赤く染め、荒々しい息のルル。私は彼女の肩をつかんで、正気に戻るよう訴えかけた。けれど、


「なに言っているんですかユズさん。さっきまであんなに積極的だったのに……いつも一人でなんて、わたしがいるんだから二人で……」


「違うんだって、それ勘違いしてただけで! 一人でってなに!? なにもしてないし、二人でもなにもしないからね!?」


「ユズさん、わたしユズさんのこと……」


 ルルの瞳がまっすぐ私を見つめている。芯からはっきりした強さを感じさせ、どうしてかそらせそうにない。


 そのままゆっくりと、私に近づいてくる。いや、私の腕と腰に軽く手を当てて、そのまま少しずつ後ろへ誘われているようだった。ぐっと、腰を引き寄せられて、体がぐらりと揺らいだ。


 そのまま、気づけば私はベッドの上で仰向けに倒されている。


 ――ルルの体をなんとか引き離そうとしていたのに、どうして!?


「る、ルルさん。お願いだから……その、一旦やめてって。話しよう」


「そんなこと言って、アズキさんとも倉庫で」


「し、してないって! いや、その……キスだけ……だから、だからその、服を脱がさないでっ!!」


 ブラウスのボタンがほとんど外されて、はだけた服から下着がすっかり出てしまっていた。なんでこんなことに。


「キスだけ、ですか。本当に?」


「う、うん! 本当にそれだけだから! ルルさんが思っているようなことは絶対してなくて――」


「でも、キスしたんですよね?」


「し、したけどなんかそれは誤解というか、私もよくわかってなくて」


 このままではマズい。なにか取り返しの付かないことが起きてしまう。


 ルルを少しでも納得させようと正直に話すが、彼女の飢えた瞳は変化しない。


「それも軽いやつだから! ルルさんとした濃厚なのと違うこう軽い感じのっ!!」


「こういう感じの、ですか?」


 吐息の漏れる唇が、そっと私の口に当てられる。しっとりと柔らかい。


 数秒して、ルルが離れて、ふふと微笑む。


「……そ、そう。そういうの」


「よかったです。わたし、てっきり二人でこういうことしてたんじゃないかって」


「えっ、ちょっとルルさんっ」


 抵抗する間もなく、またルルの顔が私に食らいつくよう迫ってきた。今度は私の唇を覆うように、ルルは小さい口を開いてくわえ込んできた。口をそのまますっぽり塞がれてしまって、口の内側も外側も生暖かいものが這い回ってくる。


「んんっ、ちょっ、なっ」


 しかも同時に、腹や胸をルルの白い手がなでたりさすったり揉んだりと暴れ回っている。


 下着の上からではあるが、胸を人に揉まれたことなんてない。

 背中にぞわりと不思議な感覚が走った。くすぐったさと、反射的な拒否感と、なにか溶けるような感情が交じっている。


 ――ダメだ。このまま身を任せちゃ、でもなんか思考がはっきりとしないっ!


 舌でかき混ぜられているからだろうか、全然どうすればいいのかわからない。頭がまるで回っていない。


「ユズさん、可愛いです。ユズさん」


 必死に、息継ぎのようにルルが私の名前を呼ぶ。その隙をついて、私はなんとか体をひねって逃げた。


 酸素と自由を探して、私はベッドの上を転がる。デスクの上に置きっぱなしのスマホが見えた。手を伸ばそうとするが、遠い。


「ユズさん、どうしたんですか。ほら、逃げないでくださいね」


 ルルに背中を押さえられて、またベッドの上に引き戻されそうになる。スマホは無理だ。私はあきらめて、もう少し近くにあったキーボードへ手を――。


 パソコンの電源はついていない。キーボードだけでなにができるわけじゃない。


 けれど。


 ――キーボードに触れた瞬間、私の思考回路がクリアになった。


「ルルさんっ! こういうの無料ただじゃないからね!?」


 おもむろに、そんな言葉が出てきた。

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