第13話 ひび入るギルド(side 英哲グラン隊)

 逃した女は惜しいが、自分の選択には後悔しない。


 鈴見総次郎すずみ・そうじろうに取っては毎度のことであったけども、彼はいつも癇癪で交際相手の女性と別れていた。


 一方的に彼から付き合うように押し切って、勝手に怒って別れることにする。


 高慢でわがままな総次郎の性質を端的に表すイベントごとであった。


 それは取り巻き――総次郎は自分の手下くらいに思い。周囲からみてもよく言えば友人、悪く言えばコバンザメというような――の風野かざのには見飽きた光景である。


 風野が総次郎と知り合った場所は、大学のeスポーツサークルだ。


 サークルには多くの部員がいたけれど、一番の人気はFPSファーストパーソン・シューティングゲームだった。

 みんながみんな、銃でドンパチやりながらバトルロワイヤル方式の殺し合いを毎日繰り返している中で、風野と総次郎はRPGを好んでいた。


 風野の場合は、子供のころからずっと大作RPGばかりをプレイしてきていて、その延長にオンラインでもやはりRPGを選んだという経緯いきさつだ。


 だが総次郎は聞く限りでは、いろいろなゲームをやってきていて、FPSも少し前までは熱中していたようだ。


「どうしてやめたの?」


「クソつまんねーからだよ」


 詳しく聞く気にはならなかったけれど、もはやFPSを憎んですらいるようだった。


 彼と付き合いが長くなった今であれば、風野にも推察がつく。


 自分のプレイが上達せず、試合で勝てなくなったことにイラだってやめたのだろう。


 だからRPGをやっているのも、プレイがつたなくてもアイテムに課金すればそれだけで十分強くなれるから、というだけの話なのだ。


 彼は純粋にRPGが好きな同士ではない。


 そうわかった後でも、風野が総次郎との友人関係を続けていたのは、ヴァンダルシア・ヴァファエリスで彼と同じギルドに入っていたからだった。


 ヴァンダルシア・ヴァファエリス――通称ヴァヴァは、風野に取って一番お気に入りのオンラインRPGである。


 二人で入っているギルド英哲えいてつグラン隊は、ヴァヴァの中でもトップギルドと言われるほどで、上級プレイヤーばかりの集まりだった。


 総次郎との友人関係にひびが入れば、ギルド内でのお互いの居場所が気まずくなる。


 そうなって、もしどちらかがギルドを抜けることになったとき、総次郎と自分どちらが追い出されることになるか――風野は考える。


 総次郎は普段からギルド内での声も大きく、申し分ない課金で鍛え上げたキャラは上級プレイヤーの中でもトップクラスだ。

 プレイングはまだ発展途上であるけれど、大学生でありながらあれだけ課金できるような人間はそう多くない。


 一方風野は凡百なオンラインゲーマーの一人に過ぎない。長年のRPG歴で鍛えられた判断力やプレイングはあるものの、ゲームの合間に仕送りでは足りない生活費をバイトで埋めて、そこからわずかな残りを課金して――というプレイスタイルでは総次郎相手に勝ち目はなかった。


 結局、それで今日まで取り巻きという位置に居続けた。


 だが友人付き合いが続けば続くだけ、風野は総次郎への不快な思いを募らせている。


 打算目的の付き合いに切り替えられれば、いくらか気持ちも楽になっただろう。


 実際、サークルの友人たちやギルドメンバーの何人かからは風野は総次郎からのおこぼれ目当てに取り巻きをしていると思われていた。


 けれど総次郎は、狙っている女性以外に対してなにか能動的な利益をもたらすことはない。


 一緒に居ることでRPG勢として孤立しないと多少の恩恵と言えることはあったけれど、それ以上に迷惑や不快感が勝っていた。

 とても割に合うものではない。


 決定的となる事件が起きた。


 ある日突然、総次郎がある女性プレイヤーをギルドに呼んだ。


 総次郎の彼女は、風野が知る大学時代の二年間でも十人近くいたけれど、だいたいが大学の友人か合コンやアプリで知り合った女性だった。一人だけ、ファンだという子もいた。


 総次郎は気まぐれにゲーム配信をすることもあったし、SNSの類は頻繁に更新していた。フォロワーもそれなりの数がいる。その内の一人の女の子と、上手いこと付き合うながれになったそうだ。


 だが風野は、その子との経緯を総次郎本人から聞いている内に違和感を覚えた。


 他の友人たちには、


「俺のファンがどうしてもって頼んでくるからよ。で顔も悪くなかったし? まあファンサービスってやつ? それで付き合ってやってるわけ」


 と偉そうにしているが、よくよく聞けばただ軽く連絡をもらった子へ強引にアプローチしたのがわかる。


 貯まりに貯まっていた軽蔑の感情が、より濃くなっていく。きっと今までの彼女達もそうなのだろう。


 そして今回ついに、総次郎は自分の彼女をギルドへ招待したのだ。しかもギルドマスターにも事後連絡だったらしい。


『困るってディレンさん』


 とギルドマスターが、総次郎のハンドルネームであるディレンに対してボイスチャットで苦情を言う。


『大丈夫だって、レベルだってギルドの基準は超えてるし、あとは俺が育てて面倒みるからよ』


『そうじゃなくて事前に知らせてくれないと』


 と揉めているのを横目に、風野は総次郎が連れてきたユズというプレイヤーに興味を持っていた。


 ヴァヴァのプレイヤー内の男女比率は、男が九割だと言われている。女性プレイヤー、特に上級プレイヤー帯になると百人に一人いるかどうかどいう話だ。


 ユズのステータスを見る限り、まだ中級の上位層あたりだろう。英哲グラン隊のどのメンバーよりも低いレベルだったが、それでもこれだけやりこんでいる女子を見ることは珍しい。それも相手は、自分と歳もたいして変わらない女子だ。


 ――ユズは一人でヴァヴァを初めて、今のレベルまで野良のらパーティーで戦ってきたらしい。


 風野はパーティー募集の際に、すぐに立候補した。総次郎とはよくパーティーを組んでいたので、周りから見ても不思議なことではなかった。


「よろしくお願いします」


『……えっと、よろしくお願いします』


 慣れない様子のボイスチャットが返ってきた。女の子の声だ。ネカマと呼ばれるインターネット上で性別を偽って、男性なのに女性のフリをしている人種もいると聞くが、そうではないようだ。


 総次郎の恋人で、リアルにも顔見知りだというのだから本当に女性なのは当たり前のことだが、風野は自分でも無意識に疑っていたようだ。


 普段はボイスチャットを一切しないというユズは、実におっかなびっくりというしゃべり方で、風野ともう一人のギルドメンバー――それから恋人であるはずの総次郎に接していた。


 だが戦闘をいくつかこなしたころには、だいぶ緊張もほぐれてきたのか、彼女が率先して指示を出すようになっていた。


 ユズは後衛職なので、基本的にはパーティーへ指示を出しやすい位置ではある。

 それにしても、一人新しいギルドに放り込まれたばかりの女子が、誰よりも早く的確な指示を飛ばし始めたので、風野は面食らった。


『ポロロッカさん、次、私が補助魔法入れます。』


「あっ、オッケー」


 アタッカー職でない風野に対しての攻撃補助。


 これが意味することは、風野のダメージ管理が追いついていないせいで、このままでは敵からの攻撃が散ってしまうということだ。


 初対面の女子がいる手前、いつもより気合いを入れていたぐらいだった。それなのに自分より正確に流れる数字を計算して、数秒先の的確な行動を指示してくる。


 風野はユズという女子がただものではないことをいち早く察した。


 そしてこれは英哲グラン隊のギルドメンバーである上級プレイヤーであれば、数度パーティーを組めば誰でも気づくことだ。


 一人をのぞいては。


『最初はどうかと思ったけど、ユズはいいな。いいプレイヤーだ。魔操術士まそうじゅつしはマイナージョブでギルド内にもかぶりはいないし、あれだけこなしてくれるなら正式にこのままいてもらおう』


 ギルドメンバー達には、『問題があるようであれば、今度ディレンが何を言ってもあの子には抜けてもらう』と説明していたギルドマスターも、すっかり気に入っている様子だった。


 ディレン、つまり総次郎の横暴な態度に、普段から不満を貯めていた他のメンバーも同様だ。誰もユズに対しての不満はない。


 風野はそんな中、ユズへの好意――もちろんこれは恋愛的なものではなく、ヴァヴァのプレイヤーとしてのものだ――が増すにつれて、彼女と総次郎の関係性を心配するようになっていた。


 彼女のような人間が、果たして総次郎とどうして付き合っているのか。以前のように、総次郎に無理矢理手込めにされているのではないか。


 だがもしそうだとして、風野にできることはなかった。


 そんな矢先のことだ。


「ユズ? あーあいつとは別れた。あいつクソうぜぇし」


「え、なにがあったの?」


「どーでもいいだろ。あーあ、顔はよかったからな、惜しいことはしたけど清々したわ。もうあのクソ女の騒がしい声聞かなくていいし」


 総次郎が女と別れたとにいつも言う台詞だった。


 英哲グラン隊は初期メンバー全員に副リーダー権限が付与されていて、総次郎も風野もその中に含まれている。


 副リーダーの権限を使って、勝手に許可なくユズをギルドへ呼んで、勝手に追放したのだ。


 総次郎はなんでもないことように考えていただろうが、今回の行為は彼の想像以上にギルドメンバーへ波及していた。もちろん、その筆頭が風野である。


 地味であることが理由で、今まで女性として認識されていなかったために友人枠として――取り巻き枠としてある種の安全圏に逃げていた風野怜美れみが、今まで抱いていた不快感を敵意へと変えた瞬間だった。

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