ある朝
秋丘光
朝
社会に出たくない。働きたくない。そんな思いで大学への進学を決めた。
もちろんバイトなんかせず、サークルにも入らず、ただ自堕落な生活を過ごした。
今ではそんな生活に懐かしさを感じ始めている。地元を離れて、ネクタイをしめて、社会人として働くようになって1年も経っていないのに。
今の会社に特別な不満はない。残業が多いわけでもないし、嫌な上司がいるわけでもない。給料も大卒の1年目の平均的な給料を貰っている。
しかし今の生活に幸せを感じない。不幸だとは決して思わないが、笑顔で幸せと言えるほど満たされているわけでもない。
いつも霧のような不安と温かい寂しさと柔らかい希死念慮が傍にある。
社会人になったからこういう状態というわけではないが、社会人になってから、以前よりこいつらを近くに感じることが増えた気がする。
自堕落な時間が大半だったが、それでも二十数年間も生きてきた。そのなかでこいつらとの過ごし方も学んできた。だから増えたところで何か変わるわけでもない。
そのはず。そのはずなのに。
今日も夜明け前に目が覚める。以前に比べて睡眠時間が減っている。それでも3,4時間の睡眠はとれている。そう言い聞かせながら顔を洗い歯を磨く。
始業時間にはかなり、始発電車が出るまでは少し時間がある。
仕事に行きたくない。あと少しだけ寝ようか。という言葉が頭で聞こえる。
そんな聞き慣れた雑音に混ざって、小さいけど確かに聞こえる。死にたいという声。
久しぶりに聞く。こいつとの付き合いも長い。
聞こえないふり。見えないふり。そんなものは存在しないと無視をする。
雑音をかき消すために、イヤホンして音楽を流す。雑音が少し遠くなる。
スラックスを履いてワイシャツを着る。ボタンを下から上までひとつひとつ止める。
黄色のネクタイ。強く、ほどけないように強くしめる。
こんな日こそ、丁寧に丁寧に生きるのだ。この日で本当に終わってしまっても問題ないように。
ある朝 秋丘光 @akinokisetu
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