業火の亡霊

奥田光治

第一章 蘇る呪念

 東京都杉並区高円寺……巷では『ホテル・ミラージュ』と呼ばれている十階建てビジネスホテルは、その町の一角にひっそりと建っていた。ビジネスホテルと言っても、そのホテルに人が宿泊する事は今となってはもうない。なぜなら、このホテルは三年前に廃業し、そのまま解体される事なく放置されている廃墟ホテルだからである。

 約三年前……すなわち二〇〇八年一月十一日の深夜、このホテルの九階から火災が発生し、九階と十階の最上階二階部分が炎上。最終的に九人の死者を出す大惨事となった。しかも火災後の調査でホテル側のずさんな防火体制の実態が明らかになった事もあり、警察は業務上過失致死容疑で当時の支配人と実質的経営者の二人を逮捕。これに伴い運営会社は事件後に破産を余儀なくされ、火災のあったホテルを含めて関東一帯に十棟存在した系列ホテルは全て廃業。各地の建物は適宜解体されていったが、全ての原因であるこのホテルだけは様々な事情があって放置され続け、約三年もの間廃墟としてこの地に焼け焦げた無残な姿をさらし続けていた。

 そしてそのうち、この不気味な姿といわくを持つ廃墟ホテルはオカルトマニアや廃墟マニアの間で有名となり、いつしかそうした人々が無断で立ち入るようになっていった。無論、行政側としてもこれを放置しておくわけにはいかず、管轄する杉並区がこの土地を買い上げて建物の周囲を柵で囲うなどの管理処置を行っていたが、正直あまり効果がないというのが実情であった。その結果、ホテル内部はわずか二年の間に荒れ果て、噂によれば良からぬ素性の人間も時折出入りしているようである。

 とはいえ、いつまでもこんな状況を許しておくわけにもいかない。地元住民からの苦情があった事もあり、杉並区は事件からもうすぐ三年が経過するのを節目に建物を解体し、跡地に区営の駐車場を設置する事を決定。入札を勝ち取った解体業者がこのホテルを現地視察する事となった。元々ビジネスホテルだけあって最寄り駅からの距離も近く、駐車場としての立地条件は良かったので、この計画は地元住民からもおおむね受け入れられていた。

 だが……このホテルの災厄はまだ終わっていなかった。あの火災から約三年が経ったこの日、『ホテル・ミラージュ』の名前は、再び世間を騒がせる事になってしまうのである……。


 二〇一〇年十二月十五日水曜日正午頃、解体業者『村田組』を率いる村田藤作むらたとうさくは、十数名の部下と一緒に解体予定の廃墟ホテル『ホテル・ミラージュ』の前に到着していた。二日前、杉並区が計画したこのホテルの解体計画の入札を勝ち取り、今日はその下見のためにここを訪れたのだった。ただし、この場には立会人として区の職員の他、最寄りの高円寺署地域課の警察官も控えており、視察にもかかわらずどこか物々しい雰囲気を醸し出していた。

 管理している区役所の役人はともかく警官がいるのは、ここを根城にしているホームレスや良からぬ素性の人間に対処してもらうためである。先に述べたようにこの廃墟は行政の指導にもかかわらず様々な人間が出入りしており、ゆえに今このホテルの中に誰がいるのかはわからない状況だった。もちろん、ホテルを解体する事はすでに新聞などで告知しているのでそうした人間は撤収している可能性の方が高いが、念には念を入れる必要がある。人がいるのに解体作業を始めてしまったでは洒落にならないので、警察がそうした人間の対処を任される事になったのだった。

「では、始めます。青田さん、お願いします」

 村田がそう言うと、青田と呼ばれた若い区役所の職員が柵の扉の南京錠の鍵を開けた。とはいえ、柵自体も所々に隙間があり、そこから入る事もできるのであまり意味を成しているようには見えないのも事実である。何にせよ、久しぶりに張り巡らされた柵の扉が開き、その奥に『ホテル・ミラージュ』の玄関扉が見えた。

 敷地内に足を踏み入れると、玄関扉の周りは所々草が生えていて、空き缶などのゴミや何らかの瓦礫があちこちに散乱している。中に入る前でこれだとすれば、中がどうなっているかは想像もつかなかった。一応、火災があったのは九階と十階だけでその他の階は燃えておらず、従って火災による破損はないはずなのだが、この状況ではそれも怪しいものである。

 玄関から一階ロビーの中に入ると、当たり前ながら電気などは通電していないため、昼間にもかかわらず中は真っ暗だった。所々にある隙間や割れた窓ガラスの辺りからわずかながら日光が差し込んでいるだけで、パッと見ただけでは中の様子が全くわからない。村田たちはあらかじめ用意しておいた懐中電灯を取り出してスイッチを入れ、一階ロビーの中を照らす。かつては多くの人が行きかうロビーだったはずだが、今はボロボロになったソファや資材があちこちに置かれ、至る所に瓦礫が散乱し、誰が描いたのか壁や柱に落書きが散見される見る影もない姿と成り果てていた。実際、ホームレスが住み着いていた事でもあるのか、ビール缶や菓子の袋、カップ麺のカップなどまで転がっているのが見えるが、幸いな事に当のホームレスらしき姿はなかった。

「よし、じゃあ、すぐに各階の確認。崩落しかかっている場所があるかもしれないから注意して作業してくれ。それから……」

 一通り確認した後、村田は早速部下たちに指示を出し、自身もその作業に加わろうとした。が、その時だった。部下の一人が不意にロビーの一角に目を向け……そしてその顔が凍り付いてしまった。

「しゃ、社長……」

「ん? どうした?」

「あれ……何ですかね?」

 その言葉に、村田も反射的に彼が指し示す方を見やる。それは、ロビーの一番奥にあるフロントのカウンターの辺りだった。そこはロビーの中でも一番外の光が届かない場所らしく、懐中電灯の光を当てる事でようやくそこにフロントがあるという事がわかるほどだった。

 そして、そこを照らす部下の懐中電灯の光の輪の中に「それ」はあった。

「あ、あれは……」

 それを見た村田の顔も引きつる。


 懐中電灯の光の中にあったもの……それはどう見ても「人間」だった。


 しかも、おそらくは若い女性。その女性は、真っ暗なフロントのカウンターにもたれかかるように両足を前に伸ばして座り込んでおり、顔を俯けたままピクリとも動かなかった。こんな所に若い女性がいるだけでも不審であるし、何より懐中電灯の光を当てているにもかかわらず、その女性が動く気配が一切ない。明らかに異常であった。

「お、お巡りさん!」

 村田の叫びに同行した高円寺署の年配の警察官もその女性に気付き、顔を青ざめさせながらも自身の懐中電灯を当てながら周囲を警戒しつつフロントの方へ近づいていく。さすがに他の作業員たちも騒ぎに気付き、皆が皆フロントの方を固唾を飲んで見守っている。

 やがて警官が真っ暗なフロントに到着した。にもかかわらず女性に動きは一切ない。警官は少し躊躇したが、意を決したように俯いている彼女の顔を覗き込む。一瞬、その場に何とも言えない緊張感が漂った。

 が、次の瞬間、警官は弾けるように二、三歩後ずさり、直後、肩の無線機をひったくるように掴んで叫んだ。

「し、至急、至急! 高円寺7(高円寺署所属パトカー7号車。この場合はこの警官が乗ってきたパトカーの号車数を示す)から高円寺(高円寺警察署)! こちらは『ホテル・ミラージュ』解体視察作業の補佐業務中であるが、ホテル内部にて他殺体と思しき遺体を発見! 至急刑事課署員及び鑑識を応援として要請する! 繰り返す……」

 他殺体……その言葉を聞いて、村田をはじめとする他の作業員たちはパニックとなった。だが、そんな中、村田は気が付いた。

 懐中電灯の光の中にある遺体……その胸にどす黒い乾いたシミのようなものがこびりついており、彼女のすぐそばに同じシミが付着したナイフと思しきものが落ちているのを……。


 それから十五分後、緊急で駆け付けた最寄りの高円寺署の刑事たちがホテルに乗り込み、解体業者たちを追い出した上でホテル内の捜査が始まった。ロビーのカウンターにもたれかかっていた女性はすぐに検視官により死亡が確認され、死後数日は経過している旨が判定された。

 だが……悪夢はこれで終わらなかった。念のため、刑事たちはロビー以外のホテル内部も一斉捜索を行ったのだが、それから十五分と経たずに、刑事たちから次々と衝撃的な報告が立て続けに飛び込んできたのである。


『至急、至急! 五階廊下にて若い男性の他殺体を発見! こちらも死後数日は経過している模様! 至急、鑑識の臨場を求める!』


『こちら九階を捜索中、部屋の一室で若い男性の他殺体を発見! 大至急、鑑識を要請する! 繰り返す……』


『二階捜索班より報告! 二階の客室の一つからホームレスと思しき他殺体を発見! こちらにも応援をよこしてくれ!』


 ……確認できただけで一階のロビー以外に遺体が三体。どう考えても尋常ではない。相次ぐ遺体発見の報告に、報告を受けた一階の刑事たちは何かの間違いではないかと耳を疑った。この報告が正しいとするなら、二年前に世間を揺るがす大事件の舞台と化したこのホテルで、今度は前代未聞の大量殺人が発生した事になってしまうのだ。

「一体……このホテルで何が起きたんだ!」

 初動捜査を担当する高円寺署の刑事課係長が思わず声を荒げる。もはや、解体作業どころの話ではなかった。かつて九人の命を奪ったこのホテルは、今再び『殺し』の牙を世間に突き立てようとしていたのである。


 それから数分も経たないうちに、報告を受けた高円寺署から警視庁通信指令センターに対する無線が鳴り響いた。

『高円寺から警視庁!』

『警視庁、どうぞ』

『えー、先に報告した通り、「ホテル・ミラージュ」内で捜査活動を継続中であるが、捜査中にホテル内部で新たに複数の遺体を発見したとの報告あり! 状況から見て全員他殺の可能性が高い! 現状、所轄刑事課では対応困難! 大至急、本庁捜一(警視庁刑事部捜査一課)の出場を求める!』

『……確認する。複数の遺体を発見したと報告があったが、これは確かな報告か?』

『その通りである!』

『複数とあるが、具体的な発見数はわかるか?』

『えー、これについては現在確認されているだけで三体(背後から訂正を促す声)……訂正、四体との事! 内訳は男三、女一! 現在も捜索は続いており、今後も増える可能性あり!』

『確認する、「ホテル・ミラージュ」内で遺体を四体確認。男三、女一。今後も増える恐れあり。これで間違いないか?』

『その通りである!』

『繰り返し確認するが、他殺体と思しき遺体を四体発見した、これで相違ないか?』

『相違ない!』

『……了解した。直ちに捜一及び本庁鑑識の出動を要請する。所轄署に関しては、現場保存の徹底、及び更なるホテル内の捜索を徹底されたし。以上、警視庁』

『高円寺、了解!』

 その直後、通信指令センターから待機中の警視庁刑事部捜査一課第三係に出場の命令が下り、一時間後には現場のホテルに第三係主任の新庄勉しんじょうつとむ警部補と同僚の竹村竜たけむらりゅう警部補が臨場していた。捜査一課第三係は今年の四月に長年係長をしていた斎藤孝二警部が諸事情により一課を離れ、後任の係長が現状では形だけの存在であまり現場に出てこない事もあってか、主任の新庄が係長代理のような状態になっていた。

「……まさか、またここで事件が起こるとはな」

 新庄はパトカーから降りると、そう言いながら廃墟となった「ホテル・ミラージュ」を見上げた。それは竹村も同じ気持ちだった。

「まさに呪われたホテルだな。思えば……前の『業火の殺人者』事件も、もう三年も前になるんだな」

 「ホテル・ミラージュ」は何度も言うように約三年前の二〇〇八年一月十一日に発生した火災で炎上したホテルであり、その火災で九人の死者が出た事もすでに述べたとおりである。が、後にこの九人のうち何人かは火災中に何者かに殺害されていたという衝撃的すぎる事実が発覚し、火災から約一週間後に「犯人」が逮捕されると世間は別の意味で大騒ぎとなった。火災の真っただ中に殺人を引き起こした事件の真犯人は今となっては「業火の殺人者」と呼ばれており、聞いた話では裁判で死刑判決が下され、現在は東京拘置所に収監されているらしい(この事件の詳細については拙作『業火の殺人者』を参照されたし)。

 このホテルがオカルトマニアなどに有名なのは、もちろん火災そのもののインパクトが大きかったという事もあるが(ちなみに火災そのものは事件とは関係ない純粋な失火によるものであり、火勢が拡大したのも先述したようにホテル側の不備によるところが大きい)、それ以上にその火災と同時進行で発生した殺人事件の舞台となったという点が非常に大きい。ゆえに、無念のままに亡くなったこの火災や事件の被害者の幽霊が出るという噂がまことしやかに流れており、皮肉にもそれがこのホテルの悪名に拍車をかける結果になってしまっていた。

 そして今回、この悪名高いホテルは、再び大量殺人事件の舞台と化してしまった。これでは呪われていると言いたくなるのも当然である。

「行くぞ」

「おう」

 二人が荒れ果てた玄関から中に入ると、多くの捜査員が行きかう一階ロビーはすでに鑑識の照明で明るく照らされており、久方ぶりにロビー全体が人工的な明かりで照らされる事となっていた。そんな中、すでに鑑識の検視作業が終わったのか、ホテル内で見つかった四体の遺体は担架に乗せられて入口近くに並んで安置されていた。新庄たちはそちらに近づくと神妙な顔で合掌し、鑑識作業をしていた警視庁刑事部鑑識課係長の圷守あくつまもる警部に尋ねた。

「どうですか?」

「全員、死んでから三日から四日……つまり、死亡推定時刻は十二月十一日土曜日から十二日日曜日の辺りと言ったところか。比較的最近だな」

 もう四十歳を超えているにもかかわらずどう見ても二十代後半の外見で、それでいながら髪は白髪という何とも奇抜というか特徴的な外見の圷は苦々しげにそう答えた。

「同じ頃ですか?」

「詳しくは解剖してみないと何とも言えないが、全員同じ頃に殺害されたのは間違いなさそうだ。少なくとも死亡推定時刻が一日以上違う人間はこの中にはいない」

「死因は?」

「見た限りだと全員刺殺だが、これも正確な所は解剖してみないとわからん」

 圷はあくまで慎重だった。新庄は質問の切り口を変えてみる。

「身元はわかりますか?」

「二階で見つかったホームレス風の男については身元を示すような物は持っていなかったが、他の三人はそれぞれ財布を持っていて、その中に身分証明書があった」

 そう言って、圷はビニールに入った学生証と思しきカードを提示する。そこにはそれぞれの顔写真の下にこう書かれていた。


『早応大学法学部政治学科三年  二階堂亮馬にかいどうりょうま

『早応大学医学部薬学科三年   椎木好次郎しいぎこうじろう

『早応大学文学部日本文学科三年 竹倉未可子たけくらみかこ


「三人とも早応大学の学生ですか」

「年齢は全員二十一歳。顔写真と遺体の顔は一致しているから本人と見て間違いないだろう。二階堂が九階、椎木が五階、竹倉が一階フロント前で見つかっている」

 早応大学は都内でも有数の有名私立大学で、同時に学生の数もかなり多いマンモス大学としても知られていた。いずれにせよ、同一大学である以上、この三人については何らかのつながりがあったと考えるべきである。

「大学で身元確認をする必要があるな」

「もう一人のホームレスの男性についてはこっちで指紋の確認をするつもりだ。データベースにヒットするかどうかは半々だが……他に方法がないのも事実だな」

 と、そう言ってから圷はぼやくように言った。

「ったく、三年前の事件の時もここの鑑識作業で相当苦労した覚えがあるが、まさか今になってまた同じ場所を鑑識作業する事になるとは思わなかったぞ。一体このホテルはどうなっているんだ」

 三年前の事件の際、実際の捜査を担当したのは第三係とは別の捜査班だったので新庄たちは直接絡んだわけではない。が、圷の方は鑑識という形で事件の捜査に関わっており、それゆえに今回の事件は何とも複雑な気持ちがあるようだった。

「それは我々もそう思いますが、文句を言っても始まらないでしょう」

「言われんでもわかってる。あぁ、あっちがこの竹倉という女の子が見つかった場所だから行ってみるといい」

「どうも」

 圷に言われて二人は、一階ロビーのフロント前で亡くなっていた竹倉未可子の遺体発見現場に向かった。遺体のあった場所にはおなじみの人型のテープが張られていて、今も鑑識が作業を行っている。

「あ、お疲れ様です」

 そこには、今年から第三係に配属された新米刑事の杉山典子すぎやまのりこ巡査部長がいた。どうやら、先着して捜査を始めていたようである。

「ご苦労さん。状況は?」

「詳しい事はまだ。そっちが被害者の所持品や現場の遺留品です」

 典子が示した先には、ビニールシートの上に遺留品が並べられていた。その一番隅にはどす黒い血痕が付着したナイフと思しき刃物がビニール袋に入れられて置かれている。

「あれが凶器か?」

「おそらく。詳しくはこれからの検査待ちだそうですが、圷さんの話では見た限り遺体の傷口と一致しているそうです。ただ、指紋は付着していないとか」

「で、こっちは被害者……竹倉未可子の所持品か」

 ブランド物と思しき少し大き目のトートバックに、ハンカチや化粧品、財布など女性の所持品としてありふれたものが並んでいる。おそらく、この財布の中から先程の学生証が見つかったのだろう。

「財布の中に現金が二万円ほど。少し多いですが、大学生としてはおかしな金額ではありません。他の被害者については、ホームレスの被害者は別として、大学生二人の財布からも同じくらいの現金が見つかっています」

「金銭目的の犯行ではなさそうだな。一応聞いておくが、性的暴行の痕跡は?」

 女性の被害者である以上はどうしても考慮しなければならない可能性であるが、竹村の問いに典子は首を振った。

「圷さんの話では、遺体を見た限りではその痕跡はないそうです」

「暴行目的でもない、という事か」

 新庄が考え込む。だが、そうなれば動機はある程度絞られてくる。さらに所持品を調べてみると、携帯電話が確認できた。

「それだけは被害者の着ているコートのポケットに入っていました」

「履歴は?」

「今、鑑識が確認しているそうです。詳細はラボに持ち帰ってからと言っていました」

「そっちは解析待ちだな。他には……」

 目を引いたのは、所持品の中に小型の金属製懐中電灯が確認できたことだった。典子の話ではトートバッグの中に入っており、被害者の竹倉未可子の指紋が確認されたらしい。

「懐中電灯を持っていたという事は……被害者は自分からここにやって来たという事か?」

「状況から考えて肝試し目的だった可能性も高いな。あまり褒められた話ではないし、そういう肝試しには危険が付き物なわけだが」

 竹村の呟きに新庄が苦々しい表情で応じる。実際、こうして殺人事件が発生してしまっている以上、それは皮肉以外でも何物でもなかった。

「しかし、バッグの中に入っていたというのが解せないな。持ってきたのなら普通は使うものじゃないのか?」

「何か事情があったのかもしれない。事件の鍵になる可能性があるぞ」

「詳しく調べる必要ありか。他には……ん?」

 新庄はその他の所持品を見回していたが、その視線があるもので止まった。

「これは……ハンディカメラか」

 そこには、手持ちサイズのハンディカメラがあった。女性の持ち物としてはいささか不釣り合いなものであり、典子の話ではこれもバッグの中に入っていたという。

「仮に肝試し目的だったとすれば……もしかしたら事件当時の何かが映っているかもしれないな」

 新庄が呟き、竹村が典子に確認する。

「このカメラ、中の確認は?」

「まだです。バッテリーが切れているみたいで、後で鑑識が確認すると言っていました。ただ、カメラからは被害者の指紋が検出されています」

「気になるな。最優先で復旧するように言ってくれ」

「わかりました」

 そう言って残る遺留品を確認するが、他には元々この場に転がっていたのであろう古びて潰れた空き缶だのマッチ箱だの鉄パイプだのといったものばかりで、他に気になりそうなものは特になかった。

「ここはもういい。他の現場を見に行くか」

「あぁ」

 そう言って二人は、次の現場へ向かうべく、その場を後にしたのだった……。


 この時、二人はまだ知らなかった。このハンディカメラがこの事件の捜査に大きな影響を与え、そして同時に世間を大きく騒がせる事になるなど……。

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